卒業のことを考えると胸が痛い(供給的な意味で)
新学期初日から一週間が経ち、新しいクラスにも随分慣れた。
一つのクラスに王子と婚約者と騎士と白魔法使いが全員そろっているので、最初はぎこちない感じもあったが、少しずつ打ち解け始めた……と思う。
特にジャンは持ち前の人たらしスキルで近くの席の生徒と話している姿をよく見る。気まずそうだったジャンとルーチェの間に座っていたあの男子も、今ではジャンと毎日挨拶を交わしている。
ルーチェも元来の穏やかな性格と、アメリアと仲良くなっていたこともあって、下流貴族や平民の子たちとはそれなりに上手くやっているように見える。上流貴族についても、一部を除いては挨拶をしているところを見かける。
が、今のところはナターリヤ以外とは花を咲かせるほどの会話は見当たらない。ナターリヤと一部の上流貴族が対立したこともあって、みんな様子を見ているのかもしれない。
そのナターリヤについては、数日間だけおこぼれにあずかろうとしていた腰ぎんちゃくのような連中が居た。
そいつらとナターリヤが対立をしたわけなのだが、その自称・取り巻きたちはルーチェの存在を疎ましく思っている派閥だったらしい。彼女たちは目の前でルーチェの悪口を言っただけでなく、あたかも賛同を促すような物言いをしたためナターリヤが大激怒。世界の中心で愛は叫ばないが、教室の中心で悪は成敗された。
静まりかえった教室の空気の重さと言ったら思い出すだけでも遠い目をしてしまう。水戸黄門も遠山の金さんもびっくりな勧善懲悪だった。
(まぁ、あれは私でもキレそうだったしな~。まだあんな過激派居るんだ、って驚いたもん)
友達の陰口を言われるのも腹が立つし、ルーチェを陥れるためにナターリヤを良いように利用しただけと言うのも腹が立つ。ナターリヤに完全同意だったので「ざまぁ!」と思ったのは内緒である。
あれ以来、元のさやに戻ってしまったと言えば聞こえがいいが、レオやジャン、それにルーチェやアメリアと私ぐらいとしかナターリヤが話しているところを見かけなくなった。
とはいえ、決してナターリヤが恐れられているというわけではない。むしろ一目おかれているというべきだろう。あの一件で我々民草には高嶺の花だと改めて評価されたのだ。さすが未来の王妃。すでにカリスマスキル持ちだった。
闇落ちと言う歴史があったダズヌール王国の人々は、なぜルーチェや白魔法が必要とされているか理解している。彼女の存在によって、民は平穏に暮らせていることを。だからこそ、王族と恋仲がウワサされても「仕方ない」で済ますことができる。
それでも特別な人間を嫌がる層は一定数居る。よく前世でもSNSにあふれていた「否定意見だけは一丁前に言うけれど、改善点が無い叩きたいだけのヤツ」を思い出す。なぜ自分たちが少数派なのか、今一度考えてほしいものだ。
ちなみに自称・取り巻きたちは未だにグチグチと文句を言っているらしいが、クラス全員が証人ということもあって、ほとんど見向きもされていないようだ。まだ数日しか経っていないはずなのに彼らの思惑はひしゃげ、煙はすぐに鎮火した。ナターリヤの完全勝利Sで一件は幕を下ろしたと言うわけである。
「はぁ……。王子とナターリヤ様の劇、楽しみすぎる」
今日も得意な魔法薬学の授業は早く終わったので、同じ班だったアメリア・ルーチェ、そしてナヴィと先に教室へ帰っていた。
廊下を歩きながら「お腹減ったね~」なんて話していたと思えば、苦手な授業の話、はたまた来月行われる学院祭についてまで、教室までの道のりに話題はつきない。忙しないけれど女子の話題はコロコロと変わるものである。箸が転んでも笑いが止まらないお年頃なのだ、仕方ない。
「アンタそれ何回目のため息よ」
「いやいやいや~? 嬉しすぎるでしょ!? 楽しみすぎるでしょ!?」
左隣を歩くアメリアがジト目で私を睨みつける。全く臆することなく私は興奮気味に答えた。
「エリンは本当、あのお二人ことが好きだよね」
「えへへ、大好き!」
「キモッ」
「酷ッ!」
デレデレと鼻の下を伸ばしていると、アメリアに虫けらでも見るような目を向けられた。
たまに「仲悪いの?」って聞かれることもあるぐらい、鋭いツッコミが多いのだが、関係はいたって良好なのであしからず。
アメリアは前世で言うツッコミ属性なのだ。スチルに描かれていたツインドリルと同一人物を思えないぐらいノリがいい。おそらく関西人もびっくりな反応速度でボケを潰してくる。
「そういえばルーチェは劇に出なくてよかったの?」
胸に手を当ててショックを受けるフリをした私をよそに、アメリアは私の右隣で歩くルーチェへ視線を向けた。
ちなみに今は四人で広がって廊下を歩いているけれど、普段はちゃんと二列になったりと邪魔にならないようにしている。今は授業中で他に誰も歩いていないからなので、お目こぼしをいただきたい。
「わたしは人前で話すのは苦手だから……」
「そっか。じゃ、アタシと衣装係頑張ろーね!」
「うん!」
ルーチェの表情が少しだけ陰ったが、特に深入りすることなくアメリアはルーチェへガッツポーズを向ける。
二人が微笑み合う間に挟まれ、私は心の中で合掌した。
(あのスチルでは意地悪そうな顔をしていたツインドリルとルーチェが仲良くしているところを間近で見られる喜び……)
新学期になって何度も事象で拝んでるのは内緒である。友達同士が仲良くなっていく姿を見ているのはほほえましい。近くで見られる環境に居ることに感謝してもしきれない。
あわよくばナターリヤとアメリアが少しずつ仲良くなっていくところももっと間近で見たかった……。隣のクラスェ……。
「エリンとナヴィリーヌは小道具係だっけ?」
「そう! ナヴィと一緒!」
「ナヴィリーヌ、エリンはうるさいと思うからイヤな時ははっきり言いなさいよ」
私とアメリアがコントをしながら同時にナヴィを見る。廊下の外を見ていたナヴィは「え、えっと……?」と突然のことで目を丸くしていたけれど、目が合うとはにかんでくれた。
「エリンさんはいつも明るいので、わたしも置いて行かれないよう、が、頑張ります!」
「真面目すぎて心配になっちゃうわ……」
こめかみに指をあてるアメリアを見て、ルーチェも乾いた笑いをこぼしていた。
学院祭にやる気満々な私を、二人は呆れているのだ。
「そんな気負いせず楽しんでいこうよ~! せっかくの学院祭なんだし!」
今日の一時間目にホームルームで学院祭の役決めがあった。
学院祭とは、新しいクラスになって初めての行事で、文化祭のようなものである。いきなり文化祭ってどうなの? と思うが、秋はクリスマスパーティーの準備とかがあるので春しかなかったんだろう。
新学期から約一か月後に行われるあたり、クラスの団結をはかる意図もあるんだろう。生徒からすると大人の陰謀があけすけで、ありがた迷惑な話だが。なにせ新しいクラスになって早々、放課後まで残ったりしなければいけない。毎年憂鬱でしかたなかった。
しかし、今年は違う。
(なんと! うちのクラスは! レオナタが主人公の劇をすることになったのだ!)
ロミオとジュリエットのような悲劇なのだが、主人公の二人はクラス内での投票で決まった。
圧倒的投票数でヒーローがレオ、ヒロインにナターリヤが選ばれた。ウワサによると八割ほど彼女に票が入っていたらしい。もはや満場一致と言っても過言ではないよね。
姫と言えばナターリヤ。
自称・取り巻きたちの一件もあってか、クラスではそう認識されていた。
(二人の悲劇なんてゲームというトラウマを思い出すからイヤといえばイヤだけど、それはそれとして推しカプの舞台は見たい!)
ゲームのシナリオの方がロミオとジュリエットよりはつらくないが、そもそも本来の二人が心を通じ合わせることがない。どちらがしんどいかなんて、同じ土俵で考えるものではない。演技とは言え、ナターリヤがレオの後を追って自害するシーンはきっと涙なしには見られないだろう。
(でもさ、悲劇だろうがバットエンドだろうが目に焼き付けておかないと後悔するよねぇ? 学院を卒業したら今みたいに会えなくなるしなぁ……推しカプ供給も無くなる……)
ナターリヤ登場シーンのラストで、闇落ちに責任を押し付けず国を脅かしたことで自ら追放を選ぶ高貴なところが私の心を揺さぶった。その一方でレオのことが大好きで大好きで仕方ないことをほのめかして、笑顔で立ち去るところがけなげで可愛いと思った。
なんて、良い子なんだ。
そう思った瞬間には、声優さんの神オブ神な演技とレオルートでしか見られない立ち絵差分が相まって、気づくとポロリと泣いていた。私がレオナタに落ちた瞬間である。
(……思い出しただけで泣けてきた)
ゲームの世界が現実となった今、あれは作り話ではなくノンフィクションとなってしまう。一側面からしか見ることのない物語とは違う。
あの最後があってこそ、私はレオナタにハマった。とはいえ、できれば現実世界では起きないでほしいイベントである。
そのうえ、卒業してしまえば私のような下流貴族は今後王族に関わることなんて無くなってしまう。いわば今年は推しカプを間近で見るラストチャンスなのだ。
(う~ん、推しカプの悲劇……。演技とは言え推しの死……やだ……でも推しカプの演技は見たい……。しかし今後無くなるであろう供給のために推しカプが並ぶ姿は沢山保存したい……。葛藤……)
うつむきながら推しカプのバッドエンドと供給を天秤にかけていると、アメリアが隣で「前!」と叫んだ。
顔を上げると、目の前は真っ黒な壁。マジで当たる一秒前じゃん。
来月の更新についてお知らせがありますので、活動報告をご確認ください。
よろしくお願いいたします。