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新学期、これまでのあらすじ的なやつ

 そして迎えた新学期。クラス表を確認し、教室へ向かう。名前を確認していたのでウキウキで扉を開けると、すでに見知った顔が何人か登校していた。


「おはよー! アメリアー!」


 ツインドリルことアメリア・グレンの姿を見つけ、後ろから抱き着く。私の勢いがありすぎてトレードマークのツインテールが上下に大きく揺れていた。


「ちょっとエリン! いきなり飛びつかないでよ!」

「おんなじクラスだもん! 嬉しいに決まってるじゃん~!」


 去年はクラスが離れてしまったので廊下で話すぐらいしかなかったんだから、嬉しいに決まっている。

 ぎゅっと力を込めると、頭を叩かれた。思ったより痛かった。


「痛っ!」

「苦しいのよ!」

「……さーせん」


 アメリアを開放すると、とぼとぼと肩を落としつつ、黒板に貼られた席へ向かう。真ん中の後ろから二番目の席だった。


(また居眠りしたらバレちゃう席じゃん)


 逆に前列だった方が気づかれにくいのになあ。

 ちなみにアメリアは窓側の前から三番目だった。あれはあれですぐ眠くなる席だし困る。つまりどの席でも文句は言う。

 すると突然、前の席の女子がピンク色をなびかせて振り返った。


「おはよう、エリン」

「ルーチェ! おはよう!」


 顔を上げると、我らが「UTS」のヒロイン、ルーチェ・ドミニクが居た。ルーチェは「また席近いね」とにっこりほほ笑んだ。天使が降臨したのかと思った。


「うれしい~! 今年もよろしくね!」

「よろしくね、エリン!」

「あら、わたくしは?」


 前のめりになってルーチェに話しかけていると、左側から声がした。声が……声が……。

 誰かなんてわかっているけれど、驚きの気持ちが強い。錆びた鉄の蛇口を無理矢理ひねるように、ぎぎぎぎとゆっくり顔を横に向ける。想像通り、長い黒髪を携えた女神が私を見下ろしていた。


「は、はわ……」

「ごきげんよう。エリン、ルーチェ」

「おはようございます、ナターリヤ様」


 ナターリヤ・エルマジェフは上流貴族しか着ることを許されない赤い裏地のついたローブと黒髪、そして陶器のような白い肌のコントラストがまぶしい。それでなくても朝日が逆光になって後光のようになっていて、神々しさが増しているというのに。


 私が鞄を置いたナターリヤを見上げたまま動かずにいると、二人は気にすることなく挨拶を交わしていた。

 固まったままの私を、ルーチェは微笑ましそうに見つめていた。助けて……。


「エリン?」

「あ、わ、わわわわ! ナターリヤ様、おは……おはよう、ございます……」


 尻すぼみになる私を見て、「ええ、おはよう」と女神が口角をあげる。イスに座る素振りはなく、腰をかがめると私に顔を寄せた。


「わたくしが隣はお嫌かしら?」

「め、め、めっそうもない!」


 ぶんぶんと顔を左右に振り、いつぞやのお友達になっていただいた時と同じく、勢いよく答えた。


「よよよよよよよろこんでェ!」


 あまりの大きな声に、教室中の話し声がぴたりと止んだ。


(新学期早々やらかした!)


 目立ちたくないのにすっかりクラス中の的である。なにせあのナターリヤと喋っているのだ。下級貴族の私が。

 満足げにほほ笑むナターリヤから視線を外せずにいると、ひょっこりと金髪が顔を覗かせた。


「あまりからかわないであげなよ」


 隣に居るのはもはや当たり前。我らがダズヌール王国の王子にして最推しカプの片割れ、レオナルド・デュイスメールが眉根を下げて笑っていた。


(勢いのあまり、久しぶりにレオのことフルネームで呼んだわ)


 さりげないボディタッチに思わず「そういうところだぞ~!」と指をさして叫びそうになった。危ない。


(ストーリー内でレオナルドと呼ばれることがほとんどないこともあって、ファンの間でもフルネームがあまり浸透していなかったなあ……)


 なんて、興奮から一転、前世のオタク事情が頭をよぎった。

 かれこれ記憶を取り戻して一年ほど経つが、未だにファン心理のせいか友達をさせてもらっている事実を受け入れられない瞬間がある。染みついたオタク思考が抜けないからか、それとも乙女ゲームに転生なんていう非現実のせいなのかはわからないけれど。


「おはようございます、レオ様」

「おはよう、アップルシェードさん」

「ジャン様も。おはようございます」

「お、おー」


 レオに挨拶をすると、奥に顔を覗かせて彼の側近兼親友のジャン・アレク・ミズリェムにも声をかける。

 ジャンはこちらに顔を向けるが、私だと気づいたと同時にどぎまぎと視線をさ迷わせた。歯切れの悪さはお茶会の日同様、今日も健在のようだ。なんでよそよそしくなったのか本当にわからん。嫌われているならばそっとしておくのがよいのだろうか。


(まぁ、今後のことは未来の私が考えるか!)


 嫌いって言われたらその時はその時。それよりも今は他に気になるものがあるのだ。


(ナターリヤの隣がレオで、レオの前の席がジャンね。わかった)


 そう、席順である。

 窓際から順に、レオ、ナターリヤ、私。その前列はジャン、間を一席開けてルーチェである。ついでにジャンの斜め前がアメリアの席だ。さっき彼女の席を確認した時よりも近く感じるのは知り合いが多いせいだろうか。


(ジャンとルーチェの間に居る彼、めちゃくちゃ気まずそうで不憫だな……)


 自分の斜め前に居る男子が萎縮しているのが嫌でも視界に入った。

 なにせ両隣が王子の側近と白魔法使い、後ろの席が王子の婚約者である。もし私がその席だったとしても気まずい。顔を上げることもできないだろう。

 斜め前の彼に乾いた笑いを向けつつ同情していると、右耳にひそひそとアメリアが話しかけた。


「アンタ、いつの間にこんな仲良くなってたのよ」

「い、いやぁ……わからない……」


 こんなにと言うのは誰に対してなのか。主語がなくてもわかる。この場の全員に対して、である。

 ナターリヤとは面識があることや、放課後にクロウリーが来た時のことは知っているはずだが、まさかこんなに親しくなっているとは思ってもいなかったのだろう。私だって自分のことなのに未だに信じられない。


「ナターリヤ様はともかく、レオ王子や白魔法使いも? 何やからしたのよ、アンタ」


 やらかした前提で話してくるあたり、私のことをわかっていらっしゃる。

 私は「ははは……」と乾いた声と共に曖昧に笑った。


「やらかしはたくさんしたんですけどねぇ……」

「わかった。今度詳しく聞かせなさい」

「ウッス」


 含みのある言い方でやからしが一つや二つではないと察したのか、アメリアは早々に話を切り上げた。

 別に隠すつもりもないし、アメリアなら大丈夫だろう。


(結構ウワサになっていたつもりだったけど、隣のクラスって案外知られてないものなんだな)


 安心したような、してないような。一から話さなきゃいけないと言う点ではかなり面倒だけど。この際、アメリアには全部笑って吹きとばしてほしいものだ。


 いつの間にか少数同士でのおしゃべりになっていたが、ふとレオがこっちをみて笑った。


「そういえば、今日はいつものアップルシェードさんだね」


 同じ輪で談話をしていたナターリヤとジャン、それにルーチェが私へと顔を向けた。


「この前のエリンも可愛かったですけどね」

「この前?」


 アメリアが首をかしげると、ナターリヤが得意げに答える。


「前にお誘いしたお茶会の日ですわ」


 ナターリヤがあの日の服装を語る。私の私服を知っているアメリアはとても驚いていたが、ルーチェは「イメージ通りですね」とのたまっていた。おいおい、ルーチェの中の私ってどんなんなの。


「あ、あれは! メイドたちの趣味だと! 申しておりますが!?」


 立ち上がって自分が選んだわけではないことを主張する。なんかこれ、当日と同じことをしている気がする。デジャヴかな?


「ごめんね、アップルシェードさん。あの時のキミのこと、ナターリヤがとても気に入っているみたいなんだ」


 私が目くじらを立てたところで柳に風。

 くすくすと口元に指をあててレオは上品に笑う。いくら顔が良くてもほだされないからな。


 あとさりげなく惚気けないでください! 惚気けるならちゃんと惚気けて! スルーしそうになるから! 画面録画機能欲しい!


「でも似合ってたと思わないかい? ジャン」

「は、はぁ!? なんで俺に振るんだよ!」


 突然話を振られたせいか、ジャンは大きく肩を震わせた。

 すぐさま反論すべく、私はジャンの前へ顔を勢いよくむける。


「馬子にも衣裳なんで大丈夫ですよ! ね! ジャン様!」

「いや、別に似合ってなかったワケじゃねーけど……」


 いや、馬子にも衣裳って言ったのジャンでしょ。

 てっきり同調してもらえると思ったのに、あっさりと裏切られた。

 恨みがましく視線を向けるが、ジャンは明後日の方向を見たまま頭を掻いている。私なんかをフォローしたばかりに居心地が悪そうである。嫌いな女を庇って気まずくなるなら思ったことをはっきり言っておけばいいのに。


 味方が居らず肩を落としていると、ひょっこりと後ろからアメリアが顔を出した。


「えー、何それ! 見たかったんだけど」

「ではまたお茶会を開きますわ。今度はアメリアもルーチェも絶対参加でしてよ!」

「わぁ! 楽しみです」


 私以外の女子たちはきゃっきゃうふふと次のお茶会の話を進めている。見ていて眼福だけど、あの会話のど真ん中に私のあの服装があるかと思うと、遠い目をしたくなる。次は絶対、服装に口出してやるんだから。


 抗議する元気も無くなったので気づかれないようにすっと席に座った。

 いつの間にか話題が変わったらしく、ルーチェとアメリアが「噂はかねがね」と言いながら挨拶をしていた。そういえば共通の知り合い同士がようやく出会ったんだっけか。しばらく二人の会話を下から見守っていると、視界の端できらりと光るものが見えた。


(ん? レオの耳元、光った?)


 楽しそうなナターリヤを一歩下がったところで見守るレオに目を向ける。


(ままままままままま待って!? ナターリヤと、お、お、お、同じピアスしてない!?)


 私は思わず二人の耳元を交互に見やった。急な供給に動悸が止まらない。

 胸に手をあて、気づかれないように息を吐きだす。もう一度顔を上げてみたが、レオの耳元にもナターリヤと同じ形のピアスが揺れていた。


 ナターリヤは作中でもずっとピアスをしていたが、レオは耳元が髪で隠れているのもあってピアスは描かれていなかったはず。いや、そんな設定無かった。断言しよう。

 前世を思い出して三六〇度くまなく見られるようになったけれど、去年だってつけていなかったはず。

 ある日突然、今までつけていなかったロングピアスをつけてきたら気づくはず。ましてや推しカプでお揃いである。オタクは目ざといので、気づかないわけがないだろう。一応、同じ教室で毎日顔を合わせていたんだから。


 じーっとレオの耳元を見ていると、本人と目が合った。

 視線に気づいたらしいレオは、ピアスを一度揺らしてほほ笑んだ。アメリアと話すナターリヤを一瞥してから、気づかれないように小さく「しー」と人差し指を口元に寄せる。


(ファー! 内緒!? このピアスに一体どんな意味が隠されているの!?)


 これがゲームの中だったら、途中で立ち絵が変わっているんだろうか。物語中盤から立ち絵変更なんてそんな仕掛けあったら画面の前でむせび泣いていたと思う。今、この場で泣いていないだけでもえらいぞ、エリン。


 手厚すぎる公式……と言うかレオの態度に興奮が高まる。乾燥するのも忘れ、衝撃が強すぎて私は未だに目をかっぴらいたまま動けずにいた。まじで宇宙猫。

 爆弾を投下した本人は素知らぬ様子でナターリヤたちの会話に入っていた。オタクの寿命を縮めるだけ縮めておいて、言い逃げなんてひどいじゃないか。


 レオナタに思いを馳せながら、教室をぐるりと見わたした。天でも仰がなければ気持ちが落ち着かないのだ。

 廊下側へ目を向けた時、見知った顔が教室に入って来るのが見えた。


「あ、ナヴィ!」


 ナヴィことナヴィリーヌ・ラーガはうつむいていた顔を上げた。しかし誰が声をかけたのかわからないようで。扉の前でオリーブ色の長い髪を揺らして辺りを見わたしていた。

 井戸端会議の中心からひょっこりと顔を覗かせ、手を上げる。声の主が私だと気づいてくれたようで、向こうも小さく手を振り返してくれた。


「ナヴィリーヌ?」

「ああ、アメリアは去年同じクラスだったよね」


 ぶんぶんと手を振っていると、ルーチェと話していたアメリアが私の視線の先に気づく。


「ええ。あの子と知り合いなの?」

「そんなところ? かな?」

「なんでそんな曖昧なのよ」


 釈然としない私の言葉に、アメリアの顔が険しくなる。


「廊下でぶつかってちょっと話したぐらいなんですよねぇ……」

「もしかして本の下敷きになってぶっ倒れたヤツ?」

「……それです」


 そんなどうでもいい話、よく覚えてたな。

 アメリアに感心していると、ナヴィの方へ目を向けたままのルーチェも「あの時は驚いたよ~」と眉尻を下げて笑った。

 いつぞやの昼休み、委員会で教室を出たのに氷嚢を持って帰ってきたことを覚えていたらしい。

 アメリアとルーチェはたった数十分で打ち解けたようで、昇降口での一件や、次の日に白い目を向けられたことなどを蒸し返し……話していた。

 いや、本当によく覚えているね? 二人とも。


「貴女、きっと今後も苦労するわよ……」


 それを聞いていたナターリヤから、なぜか心配されてしまった。

 クロウリーと関わるようになってからすでに苦労が絶えないんですけど、そういう意味なんだろうか? ナヴィと出会った時もウワサの的になっていた時だったし。

 また何か誤解されている気もするが、クロルチェが引っ付くまではいつでも私は隠れ蓑になりますので大丈夫です。


(ていうか、新学期早々こんな供給過多でいいのかな……。ピアスの件もだけど、どさくさに紛れてナターリヤに心配してもらったよね? これが日常になったら私尊死しないかな……。死ぬ前にちゃんと公式にお金を払っておきたい……。どこにお金を払えばいいんだ……。口座を教えてくれ……)


 推しカプと同じクラスってだけでもハッピーだったのに、席も隣なんて運を使い果たしたのではなかろうか。

 こっそり推しカプを見守りたい生活とは随分かけ離れた気がするけれど、もう気にしたら負けだと察しています。


 ゲンドウポーズで脳内会議をしていると予鈴が鳴った。

 レオとルーチェが一緒の段階でなんとなく察していたが、教室に入ってきたのはオーウェン・ウィリアムズ先生だった。今年も担任と側近の二足の草鞋、お疲れ様です。今日も隈がひどいですね。


 イケボの「起立」を聞きながら、私の最高学年としての一年が幕を開けた。

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