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気になる子にツンケンする属性はある

 しばらくは何事も無かったようにお茶会を楽しんでいた。

 他愛ない世間話をしていたところ、何処からやってきたのかおじさまが姿を現した。レオに耳打ちをすると、おじさまはまたどこかに消えて行った。

 おじさまを見送っていた青い瞳が、私を捉えた。相変わらず笑顔ではあるが、その真意はわからない。のんきにクッキーを頬張っていてよかったんだろうか。


「ところでアップルシェードさん、この屋敷の中って見たことあるかい?」

「いいえ。下級貴族なのでお城にも入ったことがないです」

「じゃあ、中を見て行くかい?」

「え!? い、いいんですか!?」


 思いがけないお誘いに、予想よりも大きな声を出してしまった。慌てて無礼を謝罪するが、三人は全く気に留めてもいなかった。


「もちろん。食べ終えたら早速案内するよ」

「ありがとうございます!」

「このお屋敷、広いからはぐれないようにね」


 そう言ってナターリヤが茶菓子を口にふくんだ。忠告はとても嬉しいのだけれど、ナターリヤは私をペットだと思っているのだろうか。


(そういえばレオナタにも「おもしれー女」認定されてお友達になっていただいたんだったな……。私のこと珍獣だと思っているのかもしれない)


 そう考えるとペットはあながち間違いではないと思う。どこまでもレオナタについていくワン。




 それからと言えば、語彙力を失う旅だった。

 同じ「お屋敷」と言うジャンルの家に住んでいるはずなのに、全く違う世界が広がっていた。学院の応接室ような部屋が何十部屋も連なっていた。あの応接室でもキラキラすぎてまぶしいと思っていたはずなのに、それ以上のものを見た。

 一言で言うと目が肥える。このまま家に帰れば、散々豪華だとか似合わないだとか言っていた天蓋付きのベッドすら大したものに見えないだろう。


 お茶会をしていた庭の一角に戻る道中、始終興奮しっぱなしだった私へ、前を歩いていたレオが横目で尋ねる。


「どうだった? ちょっとは気分も晴れたかな?」

「ちょっとどころかテンションあがりました。本当に悩んでたことがちっぽけすぎると思いました。家に帰ったら絶対、絶対に家族に自慢させてもらいます! ありがとうございます」


 まるで小学生の作文のような感想を述べると、レオが吹きだした。

 前へ向き直った肩がくつくつと何度も小刻みに動いている。顔が見えていなくても笑いをこらえているのが想像できた。興奮のあまり言葉遣いが緩んでいる。貴族としてよろしくない、反省。


 ちなみに私の隣にはジャンが居る。ちらちらと視線を感じるものの、相変わらず何も言わない。からかってくるわけでもちょっかいを出してくるわけでもなく、ただ見ているだけのようなので、気にしないことにした。


「ははは、やっぱりアップルシェードさんは面白いね」

「レオ様、取らないでくださいね?」


 ナターリヤは繋いでいた手を離すと、レオの腕に自身のそれを絡ませた。後ろからしか見られないのは残念だが、時折横顔が見える。片方が笑顔で話しかけると、もう片方が笑顔で答える。お互い柔らかい表情で見つめ合っているのをこんな間近で! 特等席で! 見ることができて感激です。心の中でずっと合掌している。


「やきもちかい?」

「レオ様にね」


 レオの腕に顔を寄せ、微笑み合う二人の背中を無表情で見つめる。奇声を発しなかったのも、ニヤけなかったのも褒めてほしい。


「……」


 間男・エリン、爆誕しました。

 レオナタの邪魔をする者はたとえ私でも許せない。解釈違いすぎる。

 でも私をダシに二人が目の前でイチャイチャしているのはハッピーとしか言いようがないので、今は私自身にGJと言ってやりたい。生きてるだけでえらいぞ、よくやった。


(てか! 腕! 組んでるんだけど!?)


 今更? と思われるかもしれないが、今やっと気づいた。さっきから目から入って来る情報量が多すぎるのよ。

 恋人繋ぎをしている二人を見守るだけでも心のシャッター切りすぎて脳内容量オーバーしている気がするのに、こんどは寄り添う二人だぞ!? ストレージが何個あっても足りない。

 記憶を取り戻してからの日常でも、同人誌でも見たことないぐらい甘々な二人を浴びて、正気を保っていられると思うか? いや、思えない。オタクだもの。エリを。


 さっきテンションが上がりすぎて言葉遣いが汚くなって反省していた私はまだかわいげがあった。取り繕おうとしていたからね。

 今の私はすっかり「もっと二人を見ていたいオタク心VS恋人同士の邪魔をするな今すぐ退散しろ」で脳内リオのカーニバルである。もう素数を数えても感情を無に戻せない。


 緩みそうになる口角をぷるぷると震わせながら、隣のジャンの袖を引っぱった。


「ジャン様。もしかして私たち、お二人のお邪魔をしてませんか?」

「お、おい! 近ぇぞ!」


 結局、「恋人同士の邪魔をするな今すぐ退散しろ」が勝ち、私はお暇することを選択した。

 それを伝えるべく、背伸びをしてジャンの耳もとで話しかけたのだが、なぜか掴んでいた袖を振りほどかれた。


「え? そうですか?」

「淑女らしくしろ、バーカ!」


 今までと大差ない距離感だと思うのだが、何が彼の琴線に触れてしまったのだろうか。大きな手で顔を隠しながら後ずさるジャンを見て、首をかしげた。

 気がつくとレオナタも立ち止まって振り返っていた。そりゃああんなに大きな声を出された気になるよね。


 話の主はそこではないので、再度ジャンに近寄る。


「バカで結構です~! ほら! あとは若いお二人の邪魔にならないよう、そろそろ我々はお暇しましょう」

「たまに意味わかんねーこと言い出すな、オマエ!」


 だから近ェんだよ!

 ジャンの腕を掴みそびれた私の手が宙をさ迷っている中、後ずさりながらも声を荒げたジャンは言葉を続ける。


「てか俺、アイツの護衛だが!? 離れるわけにはいかねーよ!」

「あ、そういえばそうでしたね」


 じゃあ二人がイチャイチャしているのを見られないのは私だけか。てか、考えてみたら部外者なのって私だけだった。

 マリアに魔法で連絡をして、間男は帰ろう。

 帰る旨を伝えようと口を開いたが、レオの言葉によって遮られた。


「いいよ、アップルシェードさんを送ってあげて。今日は護衛としてじゃなくて友としてキミを呼んだからね」

「はぁ!?」


 またしてもジャンが大きな声を上げる。そんなに私と居るのがイヤなのか。そうなのか。

 私はジャンの意図をくみ取り、一人で帰ると主張した。


「だ、大丈夫ですよ? ジャン様のお手を煩わせるわけにもいきませんので、従者に魔法で連絡を……」

「エリン、レオ様の言葉に甘えておきなさい」


 食いぎみにナターリヤが案を却下する。私へ言い聞かせるような言い方に、言葉を詰まらせた。これ以上ジャンのフォローが出来そうにない。

 すがるようにジャンの方を見上げると、ばっちりと目が合ったが、すぐに逸らされた。


(え、いつの間に私そんなに嫌われてたんですか!?)


 つい最近まで頭をぐしゃぐしゃにされるぐらい距離感バグってた男に拒絶されると、少なからず傷つくんですが。オタクの心は豆腐よりも柔らかいんだぞ!

 ショック半分、怒り半分でジャンを見つめていると、逸れていた視線がまたぶつかりあった。

 居心地の悪そうな表情をしながらジャンが小さな声で言う。


「……仕方ねーから家まで送ってやるよ」

「お手数おかけします」


 嫌いな女のために時間を割いてもらって申し訳ない。深くお辞儀をすると慌てた声で否定される。


「別に、そんな手間とか思ってねえから!」


 安っぽいツンデレみたいな発言だな、おい。

 とは口に出せなかったので、私は笑ってごまかした。

 ……ところで、ジャンにツンデレ要素なんてあったっけ?


 一度お茶会をしていた場所に戻り、少ない荷物をまとめる。レオとナターリヤも玄関まで送ってくれるそうで、四人で車寄せまで歩いていた。

 なんだかんだで昼前から夕方までお邪魔してしまった。しかも私の話を聞いてもらってばっかりだったし。

 日が暮れ始めた庭は先ほどまでの生気溢れる姿とは違い、陰りを帯びて哀愁を感じる。まるで私の心のようだ、とポエムをつぶやきたくなる。いくつになっても友達とバイバイするのは寂しいものだ。


 ふと目についた花を見て立ち止まった。私につられて隣を歩いていたジャンもそれに目を向けた。


「あ、この花……」


 玄関のすぐ隣に植えられた花は、部屋の窓際に置かれた花と同じものだった。あのプリザーブドフラワーは今も部屋に彩りを添えてくれている。

 とはいえ、生花で見たのは初めてだ。魔法で育てているわけではないらしい。比較的寒い時期に咲く品種なのだろう。実験の参考にはならないが、せっかくなので近くで見たい。


(なるほど、こうやって植わっているのか)


 しゃがんで茎や葉のつき方を見ていると、前を歩いていたレオが振り返った。


「ん? ああ。庭師が叔父上から言われて初春に咲く花を植えたって言ってたよ。何の花か知らないんだけど」

「エリンの髪と同じ色ね」

「え?」


 声のする方へ顔を上げると、中腰でレオとナターリヤも花を見下ろしていた。

 私が驚いているのなんて全く気にしていない二人は、私の髪と花を見比べていた。


「そうだね、キレイなあんず色だ」


 ほほ笑んだレオの顔が、クロウリーと重なった。

 私はレオを見上げたまま、しばらく動けなかった。

 ようやく治りかけた傷のかさぶたをうっかり破ってしまった時のような後悔が広がる。

 レオにとって笑顔はデフォルトだし、この王子スマイルが腹黒か腹黒じゃないかで二次創作者たちは散々無意味な戦いを続けてきた。


(……じゃあ、クロウリーは?)


 思考がうまくまとまらない。

 なんでこんなところに植えたんだろうとか、私の髪色と同じってどういうことなんだろうとか、自意識過剰かもしれないけれどいろんなことが頭に浮かんでは消えていく。


「お、おい。ちんちくりん!」


 思考の海から沈みかけていた私を、ジャンが引き上げる。後ろから手を掴まれてようやく我に返ることができた。


「うぇ、あ、はい!」

「置いてくぞ!」

「すすすすみません!」


 無理矢理方向転換をさせられ、引きずられるように車寄せまで歩く。

 急なことでレオナタの方へ顔だけ振り返るが、二人は並んで穏やかに手を振っていた。空いた手が恋人繋ぎをしていたのだが、私じゃなきゃ見逃してたね! なんて冗談を思っているうちにどんどんレオナタが遠ざかった。


 前に向き直るとすでに玄関には馬車が止まっていた。さすが王族の従者と言ったところか。手回しが早い。

 大股で歩くジャンを追いかけるのに精一杯であまり周りが見えていなかったけれど、玄関横の窓に黒い外套が見えた気がした。

 横目で窓を見たが、レースのカーテンが揺れているだけだった。


(見間違いだよね? きっとまだルーチェと一緒に居るだろうし)


 私はそれほど気に掛けることなく、ジャンの手を取って馬車へと乗り込んだ。

 屋敷までの道中、なぜかジャンに「レオはダメだからな!」と口すっぱく言われたのだが、なんの話をしているのか全くわからなかった。

 あまりに何度も言われたので「レオナタ推しなのにレオに惚れるわけないだろうが!」と罵倒したくなったけど我慢した。えらいぞ、エリン。




 人の噂も七十五日、クリスマスパーティーでの闇落ちの噂はうやむやになっていた。

 春休みが終わるまで残り数日。

 この時、平和ボケしていた私は失念していた。クロウリーとルーチェが会って居るということは、黒魔法の何かがうごめいているということを。その原因を、私は見つけられなかったことを。


 春の嵐は、すぐそこまで来ている。

パソコンが壊れてしまったので来週の更新はお休みするかもしれません。申し訳ございません。

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