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実はヤンデレが苦手だったりする

「それよりジャン。いつまで黙ってるつもりだい? レディに失礼じゃないか」


 私とナターリヤのやり取りと見ていたレオが目の前の男に視線を移す。

 そうだった。すっかり舞い上がっていたけれど、私にやたらちょっかいをかけてくる男も一緒に居るんだった。

 レオやナターリヤにつられて、私も隣に座るジャンへ顔を向けた。


(どうせ似合ってないとか言って来るんだろうな)


 なんて考えながら、笑顔を貼り付けて衝撃に備える。


「いや……まぁ……」


 なぜか返ってきたのは歯切れの悪い言葉のみ。視線もフラフラとさ迷っているし、挙動不審に見える。

 首をかしげていると、不機嫌そうな顔で言う。


「ま、馬子にも衣裳なんじゃ、ねーの?」

「ま、そっすね」


 心配して損した。ちょっと勢いが無いものの、いつも通りの言葉を頂戴する。

 自分でも似合っているとは思っていないので、色眼鏡の無い感想をもらえて少し安心した。


 普段通りと安堵をしていたのだが、向かい側の二人はそうではなかった。


「ジャン、貴方もしかして……」

「あれは多分無自覚だよ、ナターリヤ」


 なぜかナターリヤはジャンを見て目を丸くしていた。隣ではレオが同調している。どさくさに紛れて肩に手を回しているあたりがポイント高い。ありがとう公式。

 なんだかよくわからないけれど、理解しあっているレオナタが見られて満足です。


「そういえばアメリアとルーチェは? まだ到着していないのでしょうか?」

「ああ。ドミニクさんはさっきまで居たんだけど、急に用事が出来たらしくて」

「クロウリー様と外出されたわ」

「そ!? そ、そうなんですね。残念だな~」


 不意打ちのクロウリーの名前に心臓が跳ねた。けれど、すぐにクロルチェ案件とわかって胸を撫で下ろした。


(ああ、やっぱりね)


 私がでしゃばらなかったらクロルチェも進展するんだ。

 ナターリヤから聞かされても、胸はちくりとも痛まなかった。あんなに悩まされていたはずなのにね。むしろ腑に落ちたような感覚で、安堵さえある。

 少しだけ残念だなと思ったけれど、もう充分顔のいい男に迫られると言うSSR級の体験をさせてもらえたので悔いはない。


 なにせ、闇落ちについてはトップシークレットである。本来はルーチェと関わりがあることも他言無用のはず。なのにレオナタ+ジャンの前で堂々と迎えに行くあたり、隠すつもりがないのだろう。見せびらかすことによって自分の女だっていう牽制だったら最高っすね。


「アメリアは一族の行事があるから来られないとあらかじめ返信があったわ」


 そう言ってナターリヤは残念そうに眉を下げた。


 クリスマスパーティーの一件からナターリヤとアメリアは仲良くなったらしい。元々ナターリヤは遠巻きにされることが多かったので、二人一組の授業などで自然と一緒に居ることが増えたんだと思う。


 恐れ多くも私は二人とも知り合いだが、未だに三人で席を設けて話をしたことが無い。

 ついでにルーチェとアメリアは面識が無いし、ナターリヤは紹介するきっかけが欲しかったのかもしれない。


「ああ、学年末の頃は長期で出かけるとかなんとか」

「そう! それですわ!」


 会うのを楽しみにしていたのに。

 ナターリヤがぷいと顔をそらして拗ねた。


(なんだそれ可愛いな!?)


 そう思っていたの私だけではないらしく、斜め前に座っているレオも満足げな表情をしていた。僕の嫁カワイイって顔してますね、わかります。


 脳内でレオに完全同意していると、隣からの視線が気になった。

 さっきから気にしないでおこうと思っていたのだが、座ってからずっと見られている。そろそろ気のせいではなさそうなので、勇気を振り絞って声をかけた。


「あ、あの、ジャン様? 私の服装が似合わないのは重々理解しているんですが、他に何か気になるところでもあります?」


 おそるおそる横を向くと、私を凝視するジャンと目が合う。目がマジすぎて怖いんだけど。

 何か怒らせてしまっただろうか? 首をかしげていると、ジャンがぐいっと顔を近づけてきた。


「ジャ……さ……!?」

「お前、なんかやつれてねーか?」

「え?」


 なんでバレた。

 少し高い位置にあるジャンの顔を見上げたまま、私はぴしりと動けなくなった。

 オレンジ色の澄んだ目が、瞳孔の奥の更に奥まで覗き込んでくるような錯覚を覚える。まるで私の心すら見透かしているような気さえする。

 口角をひくひくとさせている間も、ジャンはじっと見下ろしていた。


 ジャンの言葉に、ナターリヤもテーブル越しに目を細める。


「あらやだ、確かによく見ると隈を隠してるわね?」


 ナターリヤがトントンと自身の下まぶたを叩く。厚めに塗られたコンシーラーもバレてしまった。色々マリアたちが頑張ってくれたものの、五日では寝不足を完全に消し去ることは出来なかった。


「二週間ちょっとでそんなやつれるもんか?」

「あー、いや……あの……」


 いつものような軽口で「ちんちくりんの癖に悩むなんて十年はえーよ!」ぐらい言われるのを覚悟していたので、こんなにジャンから心配されるとは思わなかった。

 じりじりと近づいてくる顔を避けようと、上体をのけ反る。傍から見たら今の私の体勢は海老反っているに違いない。これじゃあ挙動不審はどっちだよと言う話である。


「春休み、なんかあったのか?」


 両肩を掴まれ、端正な顔が私を覗き込んでくる。驚くぐらい真剣な表情を、ただただ見つめ返すことしか出来なかった。


(こんな顔、スチルでしか見たことないや)


 ルーチェが貴族に追いつこうと基本魔法を練習しているシーンを思い出す。

 魔法が暴発しそうになり、たまたま通りかかったジャンが庇う。幼い頃から魔法を学ぶ貴族たちに追いつこうとする努力を理解しつつ、けれど無茶をするなと怒る時は怒る。彼の優しさを表す超・最高の発生イベントである。


(真面目だよなあ……)


 普段はちんちくりんと言ってバカにしてくるくせに、こういう時はちゃんと気にかけてくれるなんてさ。

 同級生より少し仲がいい程度の私に対しても顔を歪ませて自分のことのように心配してくれるなんて、いい男だと思う。ちょっと空気は読めないけれど。


 ぼーっとして何も言わない私に、ジャンは眉をしかめる。


「おい、ちんちくりん。俺の話、ちゃんと聞いてるのか!?」

「ジャン」


 肩を揺さぶられそうになったところで、見ているだけだったレオが静かな声でたしなめる。ハッと我に返ったジャンはすぐに手を離した。ついでに言うと私もレオの声で我に返りました、すみません。


「わ、わりぃ」

「いえ。ご心配いただきありがとうございます」


 小さく首を横に振って三人を見渡すと、三者三様で私を気にかけてくれていた。

 たかが下流貴族に王族と上流貴族二人が気を揉むなんて、贅沢というか身分不相応はなはだしいシチュエーションが完成してしまった。面目ない。


「ジャンも心配しているのよ」

「もちろん、僕らもね」


 居心地が悪くなってうつむく。眠れていないのも、悩んでいたのも全て自己都合である。私情にジャンたちを巻き込んでいいのかわからない。

 黙り込んでいると、目の前のナターリヤが口を開く。


「わたくしたちじゃ、心もとないかしら?」

「い、い、いえ! そうではなくて、あの……」

「お友達でしょう? 悩みがあるならば話してほしいのよ」


 ナターリヤにそこまで言わせて、口を割らないと言う選択肢があるだろうか? いや、ない。


「……めちゃくちゃわたくし事なんですけど、いいですか?」

「もちろんよ」


 ナターリヤが首を縦に振ったのを確認してから一呼吸つく。観念して私は終業式のことをかいつまんで話し始めた。どこまで話していいかわからなくて何度もしどろもどろになったけれど、三人は黙って聞いてくれていた。


「からかわれていると言うには随分凝りすぎているというか。とにかく、そんなこんなで悩んでるうちに春休みが終わりかけていました」


 最後に「ご清聴ありがとうございました」とお辞儀する。

 顔を上げるとナターリヤは眉間に皺を寄せて腕を組んでいた。せっかくのお顔とお洋服が台無しだ。重い空気に耐えられなくなり、我慢できず本音を吐きだす。


「ほ、ほら~、こういう雰囲気になっちゃったじゃないですか! だから言いたくなかったんですよ!」


 こうなることがわかっていたから嫌だったんだ!

 同情とも憐れみともとれる視線を振り払うように明るく振舞う。


「や、ほんと、なんであんなにくよくよしてたのか今となってはわからないんで! もう気にしてませんので!」


 自分で言うのもなんだけど、本当にその通りである。三人に一通り話して、あまりのしょうもない悩みになんでこんな頭を抱えていたのかわからなくなった。多分、引きこもりすぎてネガティブになっていたんだと思う。そうに違いない。


 話を逸らそらすべく、ジャンに話題をすり替えた。


「それに、手の甲にキスされたのはジャン様にされた時の方がドキッとしましたよ!」

「はぁ!? クロード様にいつされたんだよ!?」


 ジャンが声を荒げて立ち上がる。

 大きな音にビクッと肩が震わせると、顔をしかめた。


(そこにそんな反応する!?)


 視界の端に見えていたナターリヤも同じような表情をしていた。この人の態度がさっきからおかしいと思ってるのは私だけじゃないよね? ね?


 いつって、貴方に会うよりも先ですが?

 開き直ってそう言おうとしたが、ナターリヤが先に口を開いた。


「お黙りなさい、ジャン」


 ナターリヤは無言の圧でジャンを押し黙らせた。女は強い。いずれ皇后になる女となれば、腕っぷしの強い従者でも笑顔で黙らせることができるのか。エリン、覚えた。


「さ、エリン。続けて?」

「あっ、はい。なんというかいつものジャン様と雰囲気が違っていて、ドキッとしました。改めてレオ王子の側近なんだなって」


 本当はもう少し「普段から小馬鹿にしてくる態度と違ってギャップ萌えがありました」と皮肉を混ぜたかったのだが、さっきからジャンの様子がおかしいので下手なことは口に出さないようにしようと思った。


「いつもの元気なジャン様とは違って、お優しい目をしていらしたのも印象に残ってます」

「お、おう……そうか……」


 案の定、ジャンは一瞬だけ目を見開いて動かなくなった。そしてなぜか照れ笑いをして頬をかきはじめた。まじでなんなの? 照れるところあった?


(ジャンの照れ笑いなんてルーチェに褒められた時ぐらいでしょーが)


 さっきまでのおどおどした態度はすでになく、鼻を鳴らして意気揚々と腕を組んでいる。ヤンデレだけに、情緒不安定なんだろうか?

 とは言え、さっきまでのおどおどしていたジャンより、今の自信ありげな彼の方が見ていて安心する。


(ああいう気弱な一面? がヤンデレルートに発展する理由なのかも)


 ゲームの場合はルーチェが大ケガをした時、自分が傍に居なかったことを悔いて執着をし始める。

 ジャンは昔、仲の良かった貴族の子をうっかりケガをさせてしまい、立つ鳥跡を濁すような別れ方をした過去を持つ。彼にとって知人のケガはトラウマスイッチの一つだった。

 「今度こそは自分が守る」という思いが強すぎる結果、ルーチェへの感情がこじれていったのだが、今のところ誰かに固執しているような雰囲気はないから大丈夫だと思う。


(ルーチェとひっつかないままヤンデレになったジャンがどうなるのか未知数だし、何よりヤンデレになるとレオも巻き込んじゃうから困るのよ)


 推しカプに不穏な要素は持ち込みたくないオタクの本音はこれに限る。

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