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こうして私の平凡は終わりを告げた

 現在、レオルート最大のイベントであるクリスマスパーティーの真っ只中である。

 きらびやかな会場でドレスアップした学生たちが会話に花を咲かせたり、ビュッフェに舌鼓をうったり、各々ひと時を楽しんでいるようだ。

 しかし、今のナターリヤには闇落ちする理由がない。ルーチェと楽しそうに会話をしているナターリヤを見て、私は胸を撫でおろしていた。平和にクリスマスを終えて、心穏やかに冬休みを迎えられそう!


「ん? あれってアメリアよね?」


 遠巻きに推しカプ観察をしていると、足元のふらついている友人が視界に入った。せっかく着飾っているのに、前のめりで歩いていてなんだか様子がおかしい。さながらゾンビだ。私は手に持っていたグラスを置き、彼女の元へと急いだ。


 アメリアは名前こそなかったけれど、「UTS」でナターリヤの取り巻きの一人としてスチルに登場している立派な登場人物の一人だ。燃えるような赤い髪をツインテールに結い上げていることから、ファンの間ではツインドリルと呼ばれていた。


 私は去年、彼女とクラスメイトだった。「ナターリヤの取り巻きじゃん!」と不純な理由で近づいたものの、馬が合ったのか、気がつけばいつも一緒に居た気がする。なんなら今でも廊下ですれ違うと会話が途切れないような仲だ。


 背中を追いかけ、後ろからアメリアの腕を掴んだ。


「アメリア!」


 振り返ったアメリアが目だけで人を殺せそうな鋭い目で私を睨んだ。びっくりして掴んでいた手を離すと、ゆらゆらと左右に揺れながら歩きだす。正気ではなさそうな姿に、周囲も距離を置いていた。

 確かにアメリアは少し目じりがつりあがっているが、あんなに鬼気迫るような目つきじゃない。

 

(そういえばあんな目のスチルなかったっけ……)


 私は瞼を閉じて前世の記憶を振り返ってみた。

 基本甘いストーリーだったのでシリアスなスチルは枚数が限られているが、遠い過去になりつつある記憶から絞り出すには時間がかかった。


「あ……」


 気づくのが遅かった。どうりで見覚えがあると思った。

 アメリアのあの目つき、あれは……。


「闇落ちだ」


 闇落ち。その名の通り、ほの暗い感情に取り込まれてしまった魔法使いを指す言葉だ。

 レオルートではナターリヤが闇落ちし、ルーチェを攻撃。それを庇ったレオが瀕死の状態になる。

 しかし特殊な魔法を持つルーチェが真実の口づけをすることでレオが息を吹き返し、ハッピーエンドを迎える……はずだった。

 誰も傷つくことなく冬休みを迎えられると思ったが、そうは問屋が卸してくれないようだ。


「どこに行った!?」


 会場をぐるりと見わたし、アメリアを探す。片手間で今日は必要ないだろうと思っていた杖を、指を鳴らして呼び出した。素手では闇落ちの力に対抗できないのはレオルートで学習済みだ。

 慣れないヒールで早歩きをするのは苦労する。やわらかい絨毯だからなおさらだった。杖を片手にドレスの裾を少しだけつまむ。優雅な時間が流れる会場で小走りで動き回るのは野暮だろう。しかし、そんなこと気にしている余裕はなかった。


(アメリアが誰かを襲ったりしたら……)


 もし無差別に人を襲うようなことがあったら闇落ちしていたとは言え、今後のアメリアの立場が悪くなるかもしれない。

 人混みをかきわけ、やっとアメリアを見つけた。アメリアの背中越しにナターリヤたちが見える。

 レオとナターリヤ、ルーチェは話をしていて、まだアメリアの異変に気づいていない。このままでは三人がケガしてしまう。


「そこの三人、逃げて!」


 私はそう叫ぶと、アメリアに後ろから抱き着き、動きを止める。去年はよくしていたスキンシップも、今は全く意味が異なっていた。

 様子がおかしいと気付いたレオがナターリヤとルーチェを自身の後ろに匿う。

 レオが何かを叫んでいる。目の前の事に必死でよく聞き取れないけれど、先生とか大人を呼んでいるんだろう。

 異変に気付いて逃げ出す人、倒れるテーブル、音を立てて床に落ちる食器や食べ物。耳から得られる情報はまさに阿鼻叫喚だった。


 その間も私の腕から逃れようと、アメリアは喉がつぶれそうな声をあげて身じろぐ。なんでアメリアが闇落ちしたのかわからないけど、とにかく彼女を失いたくない一心で腰にしがみついていた。


「ア゛ァアア゛ァア゛アアア゛!」


 叫び声を共にアメリアが天を仰ぐ。すると彼女の身体から黒いオーラが勢いよくあふれ出た。


「逃げ……!」

「あ、やばっ……」


 レオが私に声をかけるのと、私の脳内で警鐘が鳴るのはほぼ同時だった。一瞬、何が起きたかわからなかった。視界がぶれたかと思えば、ほうきも無いのに宙に放り出されていた。


 あ、やばい。このままだと柱に頭ぶつけて死んでしまいそう。

 かろうじて横目でとらえた壁には、いくつもの装飾された柱が並んでいる。コリント式だかドーリス式だかわからないが、あの凹凸のある柱にこの勢いのままぶつかれば流石に死ぬ。

 今生は前世よりも更に短い人生になってしまうか。もはや他人のことのように思える。


(気がかりなのはアメリアなんだよなあ……)


 私は人生一回終えてるし、今更後悔とかないけどさ。やっぱり友人を置いて先立つのはちょっと……。いつ来てもおかしくない衝撃に備えて目をきつく閉じた。

 しかし、衝撃はいつまでもやってこなかった。むしろふわっと何かに包まれたような気がする。片目をおそるおそる開くと、黒い外套が視界の端ではためいていた。両肩に添えられた手つきは優しく、私の頬を一つに結われた銀色の髪がくすぐった。

 この作品の中で黒い外套に銀色の髪なんて一人しか居ない。何度も画面越しに聞いた低い声が耳元で囁く。


「大丈夫か」

「ひゃ、ひゃい……」


 覗きこんできた顔面があまりにキレイすぎて変な声出た。助けてくれた男は恥ずかしさで硬直した私を見て、金色の目を三日月のように細めた。

 私に「降りるぞ」と声をかけると、男はゆっくりと地面に降り立つ。絨毯に足を取られてふらつく私を、男が片手で支えてくれる。

 ……まさかこんなタイミングでこのキャラと遭遇するとは思わなかった。


「助けていただいてありがとうございました!」


 顔を上げ、一瞬だけイケメンと真正面から顔を突き合わせる。間違いない、攻略対象の彼だ。

 男へ礼を述べると、私はすぐさま走りにくいヒールを脱ぎ捨てて駆けだした。この時、男がじっと私の背中を見ていたなど知る由もない。


 男に私が助けられていた数分で、彼女の暴走は止まるどころか黒いオーラは澱みを増していた。会場はいつの間にかほとんど人が残っていなかったが、未だに応援が来る気配もない。

 アメリアがレオたちににじり寄ると、杖を持つ右手を振りあげる。


「アメリアアアアアアアアア!!!!」


 叫びながら駆け寄る私にアメリアが気付く。杖の先端が私に向き、お互い呪文を唱え始めた。先に魔法を仕掛けた方が勝つ。まさに一瞬の賭けだった。


「あっ!」


 寸でのところで私の杖が手から弾かれる。彼女が二発目の呪文を唱える前に、私はもう一度強く地面を蹴った。

 アメリアもろともフロアに倒れこむと、暴れる彼女に振り落とされないよう右手にしがみつく。押し倒していたはずがいつの間にか押し倒され、拘束を振り払うべく首を噛みつかれそうになる。ギリギリで避け、どうにかマウントを取り直すと、彼女の右腕だけを天井に向かって伸ばした。


「誰か! 杖を奪って!」


 私の言葉が先か、それとも魔法が先だったのか。叫ぶと同時にアメリアの手から杖が離れた。誰の魔法だったのだろうか。寸分違わず細い杖を狙っただけでなく、一撃でカタをつけてくれた優秀な魔法使いが会場内に居たことに感謝した。

 次第に黒いオーラが消えていき、暴走が収まる。彼女は気を失うと、私の上に倒れこんだ。


「皆さん、大丈夫ですか!?」


 紫がかった青い髪を下方でお団子ヘアーにまとめた男の人――担任のオーウェン先生を率先に、先生たちが私たちの元へ向かって来る。生徒の誘導やら安全確保やら諸々を終え、息も整わないまま来てくれたようだ。「遅くなってすみません」とオーウェン先生が私たちに声をかける。


「あ、私より先に彼女を!」


 数人かの先生が私たちを囲む。

 アメリアを私から引き離すと、私を起き上がらせようとする。しかし、私よりもアメリアを優先してほしかった。


「私はちょっと疲れてるだけです。それよりアメリアの方が心配なので……」


 闇落ちは体に負担がかかる。これは教科書にも載っていることだし、先生たちもわかっている。年配の先生によっては闇落ちが日常的に頻発していた時代を知っている人もいるから、対応も完璧だとは思うけれど……。

 申し訳なさそうな表情をしつつ、先生たちはアメリアを抱えて医務室へと消えていった。床に倒れこんでいた私は、運ばれていく彼女を横目で見つめることしかできなかった。


「はぁ……」


 力んでいた肩から力が抜ける。今更ながら体が震えてきた。

 アメリアはどうなるんだろう、てかみんな無事なのかな。自問自答していると、頭上に陰りができた。


「大丈夫かい?」

 

 レオが私の顔を心配そうにのぞきこんでいた。癖のある金色の髪がシャンデリアの光で透けている。細いしっぽのように垂れ下がる襟足がゆらゆらと空中で揺れている。


「れ、レオ王子!」


 起き上がろうとしたら片手で止められる。

 しっぽに気を取られていたけれど、レオの隣には八の字に眉を寄せたナターリヤが居た。しかもナターリヤの肩にはレオの手が回っているではないか。ご馳走様です。


「そのままで大丈夫だよ」

「ありがとうございます」


 仰向けのままレオから視線を移す。隣のナターリヤだけでなく、後ろの居るルーチェにも目くばせした。


「皆さんもお怪我はないですか?」


 にっこりと笑ったつもりだが、なぜか二人は眉をしかめた。


「無事です」

「それはこちらのセリフよ! 貴女が一番ケガしてるじゃない」


 はははと乾いた笑みと共に頭を掻いていると、ナターリヤが食い気味に言う。


「いくら友とは言え無鉄砲すぎますわ!」

「え、えっと……?」

「自覚ないんですの!?」

「……ナターリヤ、落ち着いて」


 私が首をかしげていると、レオがナターリヤを諫める。

 するとナターリヤははっと表情を変え、いじらしい声で謝罪した。

 いや待って、ナターリヤに強く言えちゃうレオとしおらしくなるナターリヤ目の前で見せられてどうしろと? 死ぬのか? それとも死にかけたご褒美?


「とは言え、闇落ちなんて教科書の中でしか見たことが無いものに考えなしでつっこむのは僕も良くないと思うよ」


 ああ、なるほど。目の前の三人が少しだけ怒っているのをようやく理解した。

 私は作中で教科書以上の情報を得ているので、闇落ちの対処法について知っている。だから臆することなく突っ込んでいったけど、傍から見たら友人のために方法もわからないまま突っ込んだ単細胞に見えたのだろう。


「そ、そうですね。反省します」


 闇落ちの犠牲者が友人だったし、頭に血がのぼっていたのはその通りだと思う。無鉄砲と言われても仕方ないかもしれない。


(……てか、もしかしてナターリヤは私を心配してくれてた!? やばいな! あと優しさがわかりにくくてツンデレ最高! そういうところめちゃくちゃ推せる!)


 ワンテンポ遅れてナターリヤの優しさに気づいてハッとする。

 だらしなく口もとがゆるむのを懸命にこらえる。ちょっとでも力を抜くとにやにやしてしまうそうだ。不審がられないうちに立ち上がろうとしたが、力が入らなくて体がふらつく。


「あ、」


 地べたに逆戻りしそうになる中、黒い影が視界の端に入った。 

 流れるように片手をかすめ取られ、黒革の手袋をはめた大きな手が包み込む。目の前が黒一色になったと思った次の瞬間には腰に手を添えられ、私は誰かの手を借りて立ち上がっていた。


「叔父上」


 レオの声に弾かれて見上げると金色の目と視線が交わる。


「おじ……おじうえ!?」


 わざとらしくなってないか心配だが、驚かないと不自然だろう。私の様子を見て、にやりと人の悪い笑みを浮かべた男は、先ほどと私を助けてくれた「UTS」の攻略キャラだ。


 彼は現皇帝の末弟で、影から国を支える人物・クロウリー。

 クロウリーは通称だが、カラスのような黒衣をまとっているのが由来だ。

 ルーチェたちと十近く離れているため、一部界隈ではロリコンとも言われている。

 二週目からしか彼の登場は無く、攻略は全員攻略後にしか出来ない。いわゆる隠しキャラである。

 ルーチェと出会ったのは街で事件に巻き込まれて……とかだったはず。何故彼が学院に居るのかはわからない。

 陰りを隠しつつも不敵な笑みを絶やさない、大人の余裕? みたいなのが売りの人気キャラである。


「と言うか、叔父上ならもっと早く対処できましたよね?」

「そうなんですか?」

「ハハハ!」


 レオが不服そうな目をクロウリーに向ける。本人はどこ吹く風を言った具合に全く気にしていない。

 確かにこの人なら一人でアメリアを助けてくれそうだけど。

 知らないフリをして首をかしげていると、腰に添えられた手が引き寄せられる。


「向こう見ずにも友の為に奔走する姿、悪くなかったぞ」


 抱き寄せられたと言った方が語弊が無いだろう。抱き寄せられているのがルーチェであれば一番好きなルートだったのに……。肝心の彼女は遠巻きに私を見つめているだけだった。


 バタバタと会場に向かってくる足音が聞こえる。

 音がする方を向くと、保健室から戻ってきた先生たち以外にも王族の護衛などかなりの人数が入口に集まっていた。


 顎に手をそえられ、強制的にクロウリーと向かい合う。愉快と言わんばかりにゆがめられた口元から、含みのある言葉が紡ぎ出される。


「押し倒すなど淑女らしからぬ所作だが、良い判断だった」


 ようやく杖を弾いた魔法使いが彼だと気付く。あの時は無我夢中で気付かなかったけれど、天才と言われているレオでも、あの状況で一発で仕留めるのはまだ不可能だろう。

 神がかったコントロールと、強力な魔法。この男が孤独であった所以を私は前世で読んで、そして泣いた。


「名は?」


 クロウリーの唐突な質問に目を丸くする。半端に口を開いたまま動かない私に、もう一度同じ質問が飛んでくる。


「……え、エリン・アップルシェード」

「気にいったぞ、エリン」


 手の甲に唇を寄せると、クロウリーの目が私を射貫く。「UTS」のテキストでも表現されていた通りの「猛禽類のような瞳」から、視線を外すことが出来なかった。


 なんだこの一昔前の夢小説みたいな展開……。


 静かだった会場にどよめきがおこったのも一瞬だけ。クロウリーから「おもしれー女」判定されると、何故か周囲の大人たちのまなざしは生暖かいものとなっていた。


(彼、王弟だけど? 「こんなちんちくりんに迫ってるなんて!」とか妬みの視線とか混ざっててもおかしくないのに何故!?)


 居心地が悪くてきょろきょろと周りを見渡すも、すぐに顔を掴まれる。結局、見上げた先には三日月のようにゆがめられた瞳。腰に手は回ったままだし、何処にも逃げる場所が無い。


 戸惑う私の視界の端では、レオナタがルーチェに見守られつつハッピーエンドを迎えようとしている。


 ちょっと待って!? 勝手に終わらないで!? 推しカプの新規作画、私にも見せてもらえませんかね!?

 画面共有……いやせめてスクショ下さい……。

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