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万国共通認識・女の子は恋バナがお好き

「や、やっと昼休みだ~!」


 チャイムが鳴り終わり、オーウェン先生が教室を出て行くと同時に、私は机に突っ伏した。


「エリン、ずっと上の空だったね」

「うぇ……。ま、まあ……」


 ルーチェの曇りのないまなざしが気まずくなって視線を逸らす。眉をしかめる私をルーチェが不思議そうに見ていた。


「そんなにお腹空いてたの?」

「そ、そうそう! お腹ね! 鳴りそうでさ! 古代呪文学で習ったわけわかんない呪文を心の中で唱えながらやり過ごしてた!」


 慌てふためく私を疑いもせず「なぁにそれ」とルーチェは笑う。その笑顔で満腹になりました。ごちそうさまです。


(まさか途中から空腹よりも「ルーチェが誰と引っ付くの~!?」とか「クロルチェのスチル目の前で見れるのかな~!?」とか、邪念を持っていたなんて知られるわけにはいかないのよ!)


 教科書を鞄に入れ、代わりにお弁当を取り出す。なんで貴族制のある学校でお弁当があるかなんて考えたら負けなのでそっとしておくように。上流貴族はお抱えの料理人を呼び寄せたりしてるみたいだけど、正直見かけたことはない。たいていの生徒は学食かお弁当だ。現に隣のルーチェだって私と同じようにお弁当の入った袋を取り出している最中である。


「やっと二人でお昼食べられるね」

「本当に! あ、どこで食べる? 教室でいい?」


 私の言葉に、ルーチェは「んー」と人差し指を口もとに添えて悩みだした。うわ! そのポーズ、今年の誕生日イラストと同じでは!? え、てっきり攻略キャラの誰を選ぶのか的なポーズだと思ってました。まさかのファンサだったんですね、ありがとうございます!


 相変わらず脳内ではしゃいでいる私をよそに、ルーチェが閃いたと言わんばかりに手を叩いた。


「そうだ! エリンの花壇の近くは? あそこなら、ベンチがあったよね?」

「あ、あるけど。あんなところでいいの? 寒くない?」

「大丈夫だよ! それに……」

「それに?」

「エリンの花壇の様子も見たいなぁ、なんて」


 えへへ、と小さく舌を出していたずらっ子のように笑うルーチェに、一瞬気絶するかと思った。一万いいね押したい。

 そんなかわいらしくおねだりされたら「オッケー!」としか答えられるわけがないだろうに。

 時間も限られているので、私たちは早々に花壇の方へと向かった。


 春が近づいているとはいえ、学期末テスト前の外は寒い。日本で言う二月末ぐらいだと思う。

 ほとんどの生徒は校舎の中で食べているのだろう。人っ子一人も居ない。食べてから花壇を案内すると言ってよかった。

 厚めのタイツをはいていようがマフラーぐるぐる巻きだろうが何も食べずにこの寒さを耐えるのは厳しい。制服の防御力の限界を感じる。


 ベンチに腰掛けてお弁当包みをほどく姿はまるで前世の学生そのもの。違うのは景色が日本っぽくないことぐらいだろうか。


「いただきます」

「いただきまーす!」


 合掌すると、どちらからともなく声をあわせて一礼する。

 ちらりと横目でみたルーチェのお弁当に、なつかしさを覚えた。


(作り置きを詰めただけの私の前世のお弁当みたいだ……)


 ルーチェのお弁当が一般人の考えるお弁当だとしたら、私のお弁当はさながら正月の重箱だろう。さすがにお弁当の中身は身分差が出るというべきか。私のお弁当にはうちの料理人が朝早くから仕込みをして作ってくれた豪勢な料理が入っている。最初の頃は見た目だけでお腹いっぱいになっていたけれど、さすがに慣れてきた。


(何から食べようかな~)


 お下品ではあるが、フォークをさ迷わせていると、隣から爆弾が落ちた。


「そういえばエリン。クロウリー様と何かあった?」

「え!? ゴホッ! げふぉッッッ」


 プチトマトのような野菜を頬張ったルーチェがぎょっとしてこちらを見ていた。

 むせる私の背中をさすりながら、自分の水筒から水をくれた。好意、ありがたく頂戴いたします。


「うぇ……。ありがと……」


 何もないのにむせたせいか、喉がイガイガする。首元をおさえつつ、私はもらった水を一気に飲みほした。

「ぷはあ」と行儀の悪い声をあげる私の顔をルーチェが心配そうにのぞき込んでいた。


「だ、大丈夫?」

「だいじょうぶ。びっくりしただけ」


 目尻にたまった涙をすくい、食い気味でルーチェに尋ねる。


「え、てかなんでクロウリー様?」

「なんだか親しそうだったから?」

「え、全然」


 親しいのは貴女の方でしょうが。

 脊髄反射で言い返しそうになったけれどぐっとこらえて、ブンブンと首を横に振る。なぜそう思ったのかと理由を聞くより先に、私の脳内へスッと天啓が降りてきた。


(え、もしかして牽制!? 私、ルーチェに「これ以上クロウリーに近づくんじゃねぇ!」って暗に言われてる!? それはそれで興奮するんですけど)


 オタクは都合のいいように解釈をしてしまうので、思わず胸が高鳴った。が、すぐに冷静を取り戻し、がっくりとうなだれた。


(いやいや、ルーチェってそんなキャラか? 親の顔ほど見てきたルーチェがそんな人に牽制するような人間だといつ錯覚した? いや、そもそも錯覚をしていない。

 え、でもさ!? 今顔上げたらクロウリーのことを考えてるルーチェの顔が赤かったりしたらどうしよう!? やばくない!? やっぱり当て馬になればクロルチェを供給過多なぐらい浴びれるかもしれんぞ!)


 情緒不安定か? と言わんばかりの感情の振り幅が大きくなる。頭の中でもう一人の自分がクロルチェの可能性を無限に訴えて来る。落ち着け。

 胸に手を当てて、大きく深呼吸をする。目を閉じて三秒。呼吸を整えると意を決してルーチェを見上げた。出来れば薄い本書けるようなネタください。


「んー? おかしいなぁ?」


 喜んでいたのもつかの間。舞い上がっていた私とは反対に、当の本人は腕を組んで眉間に指を当てていた。何畑何三郎かを彷彿とさせる姿は、もちろんゲーム内で見たことなどない。よっぽどルーチェの中で何かが違ったらしい。一体何がおかしいのかさっぱりわからんけど、何をしていてもルーチェが可愛いことはわかる。


「てっきりクロウリー様はエリンのことが好きだと思ったんだけど……」

「いや、それはないでしょ」


 聞き捨てならない言葉を一蹴する。

 なんで私とクロウリーなのかわからない。自分たちの距離感わかってるのか? 耳打ちされていた時なんてただの知り合いの近さじゃなかったでしょうよ。

 あの小さく「フッ」て笑った時のクロウリーの目。どう見ても興味ない女に向ける視線じゃなかった。私、賢いから知ってるよ!

 クロウリーの凍りついた心はルーチェの春みたいに暖かい笑顔で溶けていくのは決定事項なんですよ。


 虚無顔になった私は、抑揚のない声で言葉を続けた。


「第一、クリスマスパーティーとこの前の下校以外で接点がほぼないし」

「そうだったの!? 昨日もクロウリー様がエリンのことを尋ねられたからてっきり……」


 いくらルーチェの推測とは言え、あまりに的外れすぎる。大変申し訳無いが、ぶった切るしかなかった。


「私の反応が面白かったんじゃない?」


 ルーチェにも最初はそんな感じだったし。

 心の中で返答しながら、私は何鳥か忘れたけど唐揚げを口の中に放り込んだ。咀嚼しているうちに、しれっともう一つ爆弾が投下されていたことに気づいた。


(てか昨日も会ってたんかーい!?)


 突然の供給ありがとうございます。そういえば昨日はSHRが終わるなりダッシュで校門に向かってたね。逢瀬しとったんか……。すでに他の女が入る隙なんて無いのになんでこんな私に食い下がって来るんだろうか。


 納得していないらしいルーチェをよそに、お弁当を食べ進めていく。隣から痛いほど視線が刺さっているのはよくよく理解している。

 しかしこれ以上話を広げてしまうと、前世で得たクロルチェのエピソードをうっかり言ってしまいそうなのだ。本人以外が知ってるはずもないあんなことやこんなことを根拠に「ほら、二人は付き合っているんでしょう!」とか言い出したら、友情に亀裂が入るのは目に見えている。


(う~ん、暴走する前にどうにか話題を終わらせたい……もしくはクロルチェに流れを変えたい!)


 どうしたらルーチェは納得してくれるだろうか。いや、多分何を言っても納得してくれない気がする。なんだかんだ言っても女子って恋バナ好きだよね、わかる。私も他人事なら間違いなく同じように野次馬していた。まあ、今も野次馬みたいなものか。


 無心でおかずを食べながら、初心なルーチェの反応を見て楽しんでいた頃のクロウリーの台詞を思い出した。


「あー、ほら! 物珍しいだけだよ! 多分! 王族なんだし、下流貴族と会うことって少ないじゃん?」


 まくしたてるように言うと、食べる手を止めてルーチェは「そうかなぁ……」と不服そうに空を見上げていた。その様子は何かを思い返しているようにも見えた。


 実際、クロウリールートでは街で偶然出会ったルーチェに物珍しさを感じ、以降も見かける度に正体を隠して接触していく。クロウリーにとってルーチェとは、白魔法を抜きにしても、自身があずかり知らぬ城下町で暮らす興味の対象だったのだ。まさに運命なのよ、クロルチェは。


(良い感じにはぐらかせたかな?)


 ちらりと横目でルーチェの様子を伺う。残念ながら、私が想像をしたような表情ではなかった。全然納得していない。


(こうなれば最終手段よ、エリン!)


 私は心の中で自分を鼓舞する。コミュ障オタク、やればできる……はず。

 鼻から息を思いっきり吐き出し、前のめりになってルーチェへ尋ねた。


「そういうルーチェはクロウリー様とどうなの!」


 クロルチェに話をすり替えてしまえばオタクの勝ちである。今度は私はルーチェを追い込む番だ。クロルチェの供給はもらったぜ!


「え! わ、わたし?」

「そうそう! この前も一緒に学院に来てたじゃん!」

「あれは、えっと……」


 視線をさ迷わせ、しどろもどろになるルーチェを見て、ピンと来た。女の勘もとい、オタクの勘ってヤツ!?

 ゆるむ口角を隠すことなくニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら、肘でルーチェをつついた。


「おやおや~? もしかして~?」

「え、違っ! そ、そ、そういうのじゃなくて!」

「なぁんだ、そういうことね。心配しなくてもクロウリー様はルーチェのこと可愛がってると思うよ」

「だから、違うの……!」


 顔を真っ赤にして否定するヒロインを間近で見られる幸せにひたる。すると、まさかまさかの予鈴が響きわたった。


「うそ!? もう予鈴!?」

「早く食べないと……!」


 フードファイターよろしく、私達は二人してお弁当をかきこんで、急いで教室に戻った。

 全く食べた気はしなかったけれど、クロルチェが進展していることを知れてお腹いっぱい胸いっぱいの昼休みだった。


 そういえば、せっかく花壇の近くに来てもらったのにつぼみを紹介できなかったのは残念だった。ま、明日もう一回誘えばいいか。

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