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松本、動きます

ハードボイルド百合バトル学園SFです。百合、マッドマックスの世界観、ナンバーガール、川崎の埋立地など、好きなものを詰め込んでいます。


2033年 神奈川県・川崎港湾市


「エア・エア・ムチャチータ、ベン・イ・バイラメ・エステ・リトゥモ……(お嬢さん、こっちへ来て、一緒に踊ろうよ……)」


 灰色く燻る錆びた団地の広場で、誰のとも分からない、傷だらけのシャオミ製のスマートフォンから陽気なスペイン語の規則正しい音楽が流れる。


 はつらつとサルサを踊るひと組の男女を囲むようにしてさまざまな年代の者が集まり、ご近所同士のおしゃべりに興じたり電話をしたり、踊っている2人に手拍子をして声をかけたりして、皆が思い思いにくつろいでいる。


 その中で斗缶にしけった座布団を乗せただけの椅子に座っている、言葉少なながらもニコニコと微笑む老婆に、離れたところから視線を送る、一人の少女がいた。


無骨な表情に背が高く痩せた立ち姿は、ところどころ刃こぼれがありながらも切れ味鋭いナイフを思わせる。


 その少女――松本真理子は、姫野光の出院にあたっての最後の確認を、光の祖母である”ビッグマザー”姫野佳代子に取りに来ていた。


 佳代子は老いてなお霞むことのない視界の中に真理子の姿を認めると、微笑んだまま頷いた。

わずかに身じろぎする程度に真理子も頷き返すと、丈の長いスカートの裾をサッとひるがえして、ガスマスクを片手に団地の外へと姿を消すのだった。


***


元祖ニュータンタンメン・川崎港湾店


 川崎運河の目と鼻の先に広めの店舗を構えるニュータンタンメンの駐車場に、700CCはくだらない大型バイクが急停止した。


細身ながらもがっちりと筋肉のついた太ももを短いスカートから覗かせ、長い金髪を高い位置でポニーテールにした少女が降り立つ。

細面の左頬にボコボコと隆起した傷痕が走るその少女――ペラ・アーヴィング・ソコロワは、ガスマスクを外しながら鋭い視線を周囲に一瞬で走らせると、不遜な歩き方で店内へと入っていった。


「タンタンメン1個、玉子ダブル」


ソファー席にどっかりと腰掛けて脚を組み、ドスの効いた声でペラが注文すると、ひょろひょろと痩せた若い店員は困ったような顔をした。


「すみません、うちは玉子ダブルやってないんですよぉ」


ペラが眉間のシワもそのままに右眉を上げる。店員が思わず伝票で顔を隠す。


 その時、店の奥から「おい」と声がした。


ビクリとして店員が振り返ると、カウンターの内側で腕組みをして立つ黒いTシャツの男――ニュータンタンメン川崎港湾店の店長である礼場慎二が頷いて見せた。


それを見た店員が、慌ててペラに向き直る。


「か、かしこまりましたぁ。タンタンメン1個、玉子ダブル」


 店員が逃げるように去ると、ペラはスカートのポケットからショートホープとライターを取り出し、火を点けた。

深く吸いながら耳を澄まし、外でバイクの停まる音がするのを確認すると、もう一本取り出す。


 ペラが空中へパッと放った1本のショートホープをキャッチし、真理子が隣のソファー席に、ペラと背中合わせになる形で座った。


「姫が今日卒業する」


吐き出す煙に紛れ込ませるように、真理子が低い声で告げた。

「卒業」とは、女子少年院からの出所のことを意味していた。


「鍵は?」


タンタンメンを啜るペラに、真理子が低く尋ねる。


「美玲がスノーホワイトんとこに行ってる」


「”本”は?」


 ペラが顔を上げるよりも先に、真理子の質問に反応して、カウンターで餃子を食べていた背の高い少女が席を立って近づいてくる。


背の高い、両目が前髪で隠された少女――張香路チャン・シャンルーが真理子の席の焼肉テーブル中央の板を外すと、「本」が現れた。


「トゥイが1週間かかって手に入れた」


真理子は灰皿にタバコを押し当てて火を消すと、「本」――ビニール紐でまとめたコピー用紙の束――を手に取ってめくり始める。

びっしりとボールペン字で埋められた紙の束に目を通す。


「あたしも大体見たけど、やっぱり終わりの方だな」


シャンルーの誘導に従って、最後から何枚目かのページをたぐる。

真理子の目は、一行の記述に留まった。



――死亡者1名と収監者1名という多大な犠牲を出し、鉄鋼女子高校のメンバーはその敗北を以て解散した。



解散。


そう見えるだろうな、1年も鳴りを潜めていれば。


真理子は「本」をシャンルーに返してペラの方を振り向いた。

ペラはすでにタンタンメンを完食している。


「辻見は?」


真理子がそう口に出した瞬間、店の外からかすかにエレキギターの鳴り響く音がした。


 真理子、ペラ、シャンルーと同じく鉄鋼女子高校に通う辻見暁は、校舎の屋上でギターをかき鳴らす。


車椅子に黒縁メガネ、小柄なその姿には似つかわしくないほどの爆音で、川崎港湾市内すべての場所へ聞かせるかのように、ナンバーガールの「鉄風 鋭くなって」のギターリフを弾くのだった。


「行くぞ!」


姫野光の帰還を知らせる暁のギターに闘志を煽られ、3人はガスマスクを着けながら店を出ると、それぞれバイクに跨って鉄鋼女子高校へと向かうのであった。





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