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第二貫:寿司コンテスト開催【完結】

寿司屋が固まる商店街の入り口に

「銀座寿司ストリートファイト」の垂れ幕が下がり

今回の寿司勝負に出店するテントが並んでいた。

木製の看板、テントに印字、各々の方法で店名が表示されていた。


銀郎鮨のテントは店の看板と同じ字体でテントに印字されていた。

まったく同じに見えるが、プリンターか、職人技によるものかは分からなかった。


全てのテントの中には簡易キッチンが配置されている。

ガスコンロ、タンクから水を引いた流し台。

主催者側が用意したものだから設備に差はない。

ただし、タンクの水はうちの店で使っているものを持ってきている。

米を炊くにも、手を洗うにもうちの店では水道水を使わない。


他の高級店も、水だけは持ち込んでいるようだ。

単価の安い、いわゆる一般店は主催者側で用意された、恐らく水道水をつかっている。


まぁ、正直僕には違いは分からない。

親方や笹子兄さんが言うには水道水で米を炊くと水道水臭いらしい。

轟兄さんも同じことを言うがこちらは本当に分かっているか怪しい。

僕は水道水と店の水を直に飲み比べても違いが分からない。

高級店の肩書を背負ってはいるが、味覚の点では一般店と変わらない。

むしろ腕だと、一般店で長年付け場に立ってきた職人と比べれば大きく見劣りするだろう。


…だけど負けるつもりはなかった。

今日のために準備してきた。

努力はもちろん、屈辱も伴った。

その屈辱は、僕にとって度し難い、受け入れがたいものだったが

負けるよりはいい。

店の名誉も親方への憧れと共に消え去り。

僕に残ったのは、僕個人の負けず嫌いという性根だけだ。


対面に一郎寿司のテントがある。

流石に意識せざるを得なかった。

あちらは親方である田中一郎本人が出るようだ。

というか、大概の店からは板長が出ている。

つまり付け場の一番偉い人間だ。

僕でも顔と名前を知っている人たちばかりだ。


田中一郎が話かけてくる。

「あんた確か、銀郎鮨さんの所の、

幸せそうな名前の若い人だったな。

銀郎鮨からはお前さんが出るのか?

…大丈夫なのかい?」


からかう口調ではない、本当に心配していた。

縋れば手も貸してくれたかもしれない。


「幸太郎です。

心配いりません。準備もしてきました。

僕は僕のプライドのために一生懸命やるだけです。」


「そうかい、そう言うなら…、

でももし困ったらうちの職人でよければ

声かけてくれたら貸してやるから…。」


ちくしょう!

本当に心配されていた。

なんだって僕はこんな寿司勝負に駆り出されて

対戦相手にまで気を使われているんだ。

「やってやる…やってやるよ…へへ…」


包丁を研ぎながらぶつぶつ呟く僕に背を向け

田中一郎は足早にテントに戻っていった。

僕の気合勝ちと言ったところか。


「では、商店街50周年記念寿司コンテストを開催します」

商店街の組合長がイベント開始の宣言をした。


田中一郎の罠ですらなかった!

50周年なんだ!そりゃあめでたい。

商店街の50年が長いのか短いのか分からないがキリはいい。

いたってハートフルなイベントだ!

殺気立っていたのは僕だけのようだ。

どうりで田中一郎も気軽に声をかけてくるわけだ。


…イベントがどうであれ

田中一郎含め他の参加者もまさか僕に負けたくはないだろう。

僕も負けたくない以上、真剣勝負に変わりない。

万全を期した準備が無駄になることはない。


勝負内容は握り一貫。

勝敗の判定は商店街組合の組合員と

出店者の多数決だ。僕たち出店側にも票があるあたりイベントの緩さがうかがえる。


ネタはイベント開始の合図を待って準備したが

シャリの仕込みは開始前の準備が許可されていたため

全ての店から握りが出そろうのに10分とかからなかった。

カツオの炙り寿司を作った店が最後だった。


僕もクーラーボックスで氷漬けにしたマグロを握っただけだ。


各店、人数分握った寿司を皆で食べる。

うん、美味しい。というか不味い寿司に出くわした試しがない。

寿司はうまい。


「なんだ、こりゃあ!」

田中一郎が声を上げる。

「ただの大トロじゃねぇ、…身が締まってる癖に噛むと途端に

溶けて消える。そのくせ脂もまるで豚骨みてぇに濃厚だ…。」


田中一郎が戦慄く。手にしていた空いた皿は僕の物だ。

田中一郎を皮切りに、皆々が声をそろえて

やれネタが旨い、シャリが旨いと僕の握りを誉めそやす。


「いやいや、これは…既に決まってしまった感じもありますが

一応、決を採りましょうか」

組合長の一言で皆が一番うまかった店の皿を提出する。

皆が出したのは僕の皿だった。

僕だけが田中一郎の皿を出していた。

自分の皿を出すのはどうかと思ったからだ。

自分を除けば、田中一郎の皿が格段にうまかった。


「てめぇ、…いやあんた、これはいったいどういうことだ

こんな握りは今まで食ったことがねぇ。」

田中一郎が問う。


「僕の家が資産家で、大間の漁港の最も豊かな漁場を年間を通して貸し切っているんです。

そこでここ数ヶ月で揚がった一番の本マグロが、皆さまが召し上がったそれです。

僕の親の稼業の子会社の最新の冷凍技術を使っているので、鮮度も抜群です。」


「…」


「米ですが、米所は新潟で一反限定で栽培している僕の家のオリジナル米です。

全てを手作業で、有機農法で行い、管理も難しいため一反が限界ですが

味は最高の物です。普段は時の総理大臣に振舞ったり

やんごとないご身分の方々に献上しているものです。」


「…」


「僕は、なんでもそろっている家が嫌で、親と喧嘩別れする形で

ここ銀座に出てきて寿司職人を目指しました。

しかし、勝負に勝つために親に頭を下げ

今度の素材を調達しました。

流通しないためあくまで目安ですが

皆様が食べた寿司一貫で原価50万円を超えます。」


「…」


「皆様が言わんとしていることは分かります。

僕も重々承知です。全く嬉しくありませんし

なんなら残念ですらあります。

自らの腕一本で生きていける生き方に憧れ、家を出てこの道を選びましたが

それがこの度、親の力を借り、結果、一流の職人である皆様の作った寿司より

素人に毛が生えた程度のこの僕が握った寿司の方がおいしかった。

皆様が感じている理不尽と同様のものを僕も感じています。

一体これはなんなんでしょうね。」


「…」


誰も何も言わない。


「僕は頭を下げて、家に戻ろうと思います。

今回の件、後味が悪くなりましたが

僕自身はイソップ寓話にも似た教訓を得た気がしています。」


こうして、寿司コンテストは終わり僕は北海道の実家に戻った。

銀座で得たものは、今帰りの飛行機の横で僕の肩に頭を預けて眠る

かわいい中居さんだけだ。

彼女は家が資産家だと知るとついてきた。

僕は北海道に許嫁が居ることを話したが、それでも構わないと言う。

であれば僕も構わない。


「ん…2兆…5000億ぅ…」

かわいい中居さんの寝言だ。

僕の家の総資産だが教えた覚えはない。

きっと調べたんだろう。

なにがどうなって自分のものになると思っているのか知らないが

幸せそうな寝顔がとてもかわいかった。


起きたら名前ぐらいは聞いておこうと僕は思った。

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