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都内の女子の憂鬱 〜ドアを開けば〜

 「馬鹿、クズ、雑魚!」


 私はホテルが立ち並ぶ陰気な通りを叫びながら走り抜けると、表通りの人ゴミの中で人目も気にせずに泣き叫びました。

 こんなに泣いたのは生まれて初めてでした。


 それから、とぼとぼとどれくらい歩いたのでしょう、私は気が付くと『宮野研究所』のドアの前にいたのです。

そして今度は、一切の躊躇もなくピンポーンとチャイムを鳴らしました。 

 少しの静寂の後、カメラ付インターホンから甲高い声が聞こえてきました。


 「はい、宮野研究所です、お悩み相談にお越しの方かな」


 「はい、看板を見て来ました、悩みを聞いて欲しくて」


 「わかりました、今開けますから、少しお待ちを」


 ガチャっとドアが開くと、白衣を着た大柄な眼鏡の男が「どうぞお上がりください」と見た目に反した甲高い声で室内へ招き入れるのです。


 部屋に上がると、抱き疲れ、歩き疲れて、泣き疲れた放心状態で茫然自失とした私を見て、宮野は「大丈夫ですよ」と言って、優しく手を取り診察室らしき一室へ連れて行きました。


 「さあ、お掛けください、それとも立ったままの診察をご希望ですかな?」


 「いえ、座ります、ちょっとボーッとしてしまって」


 「ははっ、いいのですよ、私はいつだって相談者を優先するのが信条ですから、ところで、何かあったご様子ですね、よろしければ教えてくれますか?無理にとは言いません、だから安心してください。これも治療の参考程度のものです、気楽に話してくれたらいいのですよ」


 「はい、では、ぃう…うぅ、さっき、わたし…、ダメ、ごめんなさい…」

 

 私は言葉が詰まってしまいました、ついさっき起こった出来事と、知らず知らずに蓄積された小さなストレスのコンタミによって精神は崩壊していたのです。

 

 「うん、わかりました、いいんですよ人生そういう時もあるんです、それだから面白い、あなたくらいの年頃では受け入れ難い現実を幻想のように感じてしまう。そこに心と体の隔たりが生じて、肉体的な感覚と心の感覚がバラバラの方向へ飛んで行ってしまう。そうして魂だけが其処に取り残されている孤独な状態ができてしまう、本来、心、体、魂は常に連動するんですがね、今のあなたはそれら全てが好き勝手に動き回っているとでも言ったらいいでしょうか、あなた自身の存在が何処にも存在しないような状態なんでしょうな」


 宮野は言い終えると、腰掛けた椅子をぐるっと回して机に向かう、すぅーっと袖の引き出しを開けて、カルテを取り出すとこちらに向き直りました。


 「ところで、あなた、お名前はなんと言いますかな?」


 「貝下と言います」

 

 「貝下さんか、では貝下さん、これからいくつか質問するけどいいかな?」

 

 「はい、大丈夫です」


 「よし、では始めましょう」


 ここから宮野の質問が始まりました、内容はまず性別、年齢、身長、体重…など他愛も無いことが続きました。

 次いで仕事、恋人、家族、私生活などについて聞かれました、そして一番時間を割いたのは小さい時の夢についてでした、「恥ずかしがることはない」という宮野の言葉に励まされ、私は幼い頃の夢について話そうとするのですが、うまく思い出せません、幼い記憶に蓋をしてしまっているようでした。


 「貝下さん、あなたの悩みの種が分かりました、恐らく本人もお気付きでしょう?それを今から治療するとしましょう」


 「ええ、ですね…薄ら思い出せそうなのですが、絶対に出てこないんです、それが苦しくて、これが思い出せれば変われる気がします!」


 「うん、少しヤル気も出てきたようでいい傾向です、では、これから開始する治療について説明しましょう…」


 宮野の治療はこういうことらしいのです。

 まず薬を服用、薬は医薬部外品、幻覚が伴うため脱法の部類になるかもしれないということ、しかし全てが天然の自然物質から合成された漢方薬だと思えばいいとのことでした。

 確かに薬は植物の青臭さがあるが見た目はお世辞にも良いとは言えない、茶色と緑色の混じった錠剤です。

 その錠剤を服用する為の、飲み物も薬だという、これも天然の自然物質から抽出した液体を純水で薄めたもので、こちらは胃腸から錠剤の成分を取り込む手助けをするためのものらしいのです。

 

 「ははは、怖がることはありません、私は医師でも薬剤師でもありませんが、医学博士である事は間違いない、この薬で死んでしまうことはない、ゼロと言い切れます、ただし強制はしません、全て貝下さんの意志にお任せしますよ」


 「意志ですか…。確かに少し怖さはあります、けれど病院でも治らない病気が治るとしたら、こういう常識外の治療だって言うのはよくある話。宮野さん、私、薬飲みます」


 「おお、これはなんともいさぎよいですね、必ずや良い結果が出るはずです、ではコレを…」


 ゴクッ


 私は宮野から手渡された錠剤と液剤を一気に飲み込むと、あらゆる植物が混在したジャングルの様な後味に顔が引きつりました。


 「さっ、ここに横になりなさい、そろそろすると効いてきます、ははっ、そんな不味そうな顔しないでください、良薬口に苦しですよ、ほら、ぼーっとしてきたでしょう?それでは良い旅を」


 簡易ベッドに寝かされた私は、遠のく意識の中でニコッと笑みを浮かべる宮野の顔を見上げました、そして気がつくと見覚えのある小さな世界を旅していたのです。

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