4話
そんな日々を過ごして3年がたち、わたしたちは10歳になった。勉強会のあとのお茶会は恒例となり、おかげでレオンハルトともそれなりに仲良くなった…と思っている。
「今日のは紅茶が入ってるのか」
「そうなの!今回は上手に焼けたと思わない?」
「まぁまぁだな」
そんなことを言いながらも、レオンハルトはいつも残さず食べてくれるのだ。
ちょっとした出来心で
「お菓子とか、甘いもの苦手なんじゃなかったの?」
と聞いたら
「ジェシカが作ったものなら食べられる」
といわれ、見事に撃沈したのも記憶に新しい。
この世界にないお菓子の存在は口外しないように、屋敷の使用人とレオンハルトには伝えてある。わたしが追放された後、これを新商品として売り出し、そのお金で自分のお店を持つのだ。それで食べていけるだろう。ふっふっふっ。まぁ、追放されないのが1番いいんだけどね。
お父様もお母様も、わたしがよく分からないものを作っていることは知っているが、何も言わずに見守ってくれている。諦めているだけかもしれないけど…。
「この間、厨房でね」
「転んだか」
「違う!間違えてオーブンを触って、火傷しちゃったのよ」
レオンハルトの顔が急に険しくなった。
「どこだ?」
「右手の中指よ」
「見せろ」
「でも、ちょっと前のことだし、もうほとんど治ってるわ」
「いいから」
ジェシカはレオンハルトに右手を差し出した。
「ほら、あんまり分かんないでしょ」
するとレオンハルトが、ジェシカの手を取った。
「ほんとだな。大したことなくてよかった」
「もしかして、心配してくれた?」
「あぁ、心配した」
そんなにはっきり言われると、こちらが照れてしまうではないか。
「ありがとう」
「いや、あまりにも勢いよくぶつけて、オーブンが壊れていたら大変だな、と」
「オーブンのほうが頑丈ですー!」
「ハハッ、悪かったよ」
笑いながら話してくれることも増えた。最近はさすがに慣れてきて、あの笑顔を向けられても息をすることを忘れなくなった。
「ほら、俺の分やるから、機嫌なおせ」
「やった!ありがとう!」
なぜか、わたしにお菓子を分けてくれることも増えた。ダイエットでも始めたのかな?次のお菓子はヘルシー路線に変更するべきか。
「ほんと、幸せそうな顔して食べるよな」
「ん?なんか言った?」
「……なんでもない」
ジェシカがお菓子を美味しそうに頬張る姿を、レオンハルトが優しい顔で見つめていることを知っているのは、バーバラをはじめとする使用人だけだ。
このことは、フリーク公爵家の使用人が抱える極秘情報の中でもトップクラスなのである。
* * * * *
実は、今まで触れずにいたが、まだ解決できていない問題もある。レオンハルトと父親の関係だ。レオンハルトにさりげなく聞いてみたことはあるものの、それ以外はさっぱり話題に出てこない。婚約者としての挨拶をしてから、レオンハルトの父親には会えていないし、こればっかりはわたし1人でどうにかできる問題ではない。
悩んだ末にわたしが出した結論は……
「レオンハルト様!ウェルダンテ公爵のお仕事について行くのはどう?」
名付けて"父の背中を見て育つ"作戦だ。レオンハルトの父は、出張で家を長期間空けていることも多いらしい。仕事をしている姿をみて、少しでも関わり方が変わればと思ったのだ。
「どこからその発想が出たきたんだ?」
やはり、レオンハルトはあまり乗り気ではなさそうである。
「レオンハルト様だって、将来お仕事を継ぐかもしれないでしょ?具体的にどんなことをするのか、見たり聞いたりすることは、とっても大事だと思うの!」
「たしかにそうかもしれないが…」
「ね!思い立ったが吉日よ」
「なんだそれ?」
「思いついたらすぐ行動しなさいってこと!」
後日、意外にもあっさり許可をもらえたそうで、レオンハルトが父親の仕事について行くことになったと報告にきた。ひと月ほど国を離れるらしい。
「ひと月か…。思ったより長いのね」
「普段はもっと短いんだが、今回はたまたま長期のものにあたったんだ」
「久しぶりに1人の時間を満喫してやるー!」
「けっこう寂しいなって思ってるんだろ?」
自分から言っておいて呆れるかもしれないが、こんなに長い時間、離れるとは思っていなかった。寂しくないといったら嘘になる。
「……早く帰ってきてね」
「ついて行けだの、帰ってこいだの…」
レオンハルトがわたしに歩み寄ってきて、そのまま手を頭に伸ばし、頭をポンポン―――ポンポン?!
「ちゃんとお土産買ってくるから」
わたしは真っ赤になった顔を見られたくなくて、うつむいたまま、コクリと頷いた。
* * * * *
レオンハルトは帰ってきてから、わたしにいろいろなことを話してくれた。どんなところへ行って、何を見たのか、そして1番驚いたのが―――
「俺も父上のようになりたい」
そんなすぐに変わるか?と思ったが、それくらい衝撃を受けたそうだ。
軽ーい社会科見学with父親、くらいのつもりで、いってらっしゃいと言ったのだが、こちらが思っていた以上に得たものが大きかったらしい。部下への指示や各国ごとでの対応など、今まで知らなかった父親の一面を見て、考え方が変わったようだ。
それ以降は、仕事の話などで接する機会が増えたそうで、父親との会話や出来事などを話してくれることも多くなった。きっと以前から、それぞれが歩み寄りたいと思っていたのだろう。きっかけさえあれば、上手くいくこともあるものだ。
ちなみに、お土産は時計だった。こういうときこそ異国のお菓子じゃないのか、と思ったりもしたのだが、楽しかったようだし、良しとしよう。
―――わたしのことを思い出してくれただけでも、嬉しいのだから。
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