3話
前世のわたしは、お菓子が大好きだった。食べることはもちろん、作ることも好きだったため、休みの日の楽しみにしていた。
この世界では、我が家は貴族で、専属の料理人やパティシエもいる。きっとおしゃれなものが出てくるに違いないと期待していた。
ところが残念なことに、この世界はお菓子の種類がかなり少なかったのだ。ケーキといえばスポンジとクリーム、焼き菓子はクッキーとマフィンのみ。しかもプレーン。なぜかチョコだけは存在しているのだが、単体で食べるものであり、お菓子に混ぜるなんてあり得ない、という考え方らしい。フルーツも同様だ。 贅沢を言っていることは十分わかっているのだが…。
「物足りないわ…………」
「どうされました?ジェシカ様」
バーバラが紅茶を淹れながらわたしに尋ねてきた。
「マドレーヌ、アップルパイ、シフォンケーキ、ガトーショコラ、チーズケーキ、紅茶系もいいな」
「何をおっしゃっているんですか?」
だめだ。我慢できない。どうしても食べたい。
「……お菓子がないなら作ればいいじゃない!」
頭にはてなしか浮かんでいないバーバラを放って、わたしは厨房へと向かった。
「マーク、いま時間あるかしら?」
専属パティシエの1人であるマークが振り向いた。
「おや、ジェシカ様。今なら大丈夫ですよ。どうされました?」
「あのね、厨房を使わせて欲しいの」
「厨房ですか?」
「そう。お菓子を作りたいのよ」
「それなら、わたしたちに任せていただければ、いくらでもお作りしますよ」
「いつも作ってくれるものも美味しいんだけど、ちょっと思い付いたものがあるから、わたしが作ってみたいの。ダメ?」
おねだりした結果、マークと一緒、という条件付きで使わせてもらえることになった。
「ではジェシカ様、何から始めましょう?」
「まずはバターとクリームチーズを使う分だけ出して、常温に戻しておいて。それから…」
必要な材料を出すように伝えて、わたしは昨日の残りのビスケットを粉々に砕いた。それをケーキの型に敷き詰める。
マークが準備してくれた材料を混ぜ合わせ、流し込み、予熱したオーブンにいれて焼き上がりを待つ。
「できたー!」
ベイクドチーズケーキだ。初めてにしては上出来だろう。焼き加減もちょうどいい。
見渡せば、なにやら珍しいものを作っていると聞きつけたらしく、何人かがこちらの様子をうかがっていた。
「こっちにいらっしゃい。一緒に食べましょう」
集まってきたみんなに、少しずつ切り分けて食べてもらった。
「ジェシカ様!とっても美味しいです!」
「こんなの初めて食べました!」
喜んでもらえたようでよかった。
「チーズを使ったお菓子なんて、聞いたことがありませんでした。ビスケットで、底の生地のようなものを作ることも…。ジェシカ様は、これをどこで学ばれたのですか?」
マークに聞かれて、わたしは事前に準備していた答えを伝えた。
「夢で見たのよ」
* * * * *
ジェシカのお菓子作り教室は定期的に開催された。ちなみに今日は、ガトーショコラを作るつもりだ。
「今回は甘さを控えめにして、チョコの味をしっかり感じられるようにしましょう」
この世界のお菓子についてもう1つ気になったことがある。基本的なお菓子しか存在しないためか、どうにも甘めな傾向にあるのだ。はっきり言って、甘ったるい。
お菓子といえば甘いものなのは間違いないが、他の素材の甘みや、風味を活かすようなお菓子が存在しないことが根本的な原因だろう。
ゲーム内のレオンハルトは、甘いものが苦手だった。調理実習で作ったお菓子をあげるのだが、親密度を上げ、その先にあるイベントを終わらせていないと、お菓子を受け取ってもらえないのだ。
もしかして、この世界を基準とした甘いものじゃなければすんなり食べてくれるのかもしれない、という考えがちらっと頭をよぎった。
「これ、レオンハルト様に食べてもらいたいなぁ」
「それならば、レオンハルト様をお茶の時間にお誘いするのはいかがですか?」
「でもね、レオンハルト様、勉強の時間以外はわたしと一緒にいたくないと思うの」
レオンハルトがわたしと一緒に勉強しているのも、家庭教師を変えるという、レオンハルトにとっての利益を考えただけのことだろう。
「それは、お声をかけてみなければ分かりませんよ」
「…分かったわ。今度聞いてみる」
* * * * *
「あの、レオンハルト様」
「なんだ」
「今度、お勉強の時間とは別に、お茶をしませんか?レオンハルト様に、食べていただきたいお菓子があるんです」
「いいぞ。いつだ?」
「ダメですよね……って、今、なんて言いました?」
「だから、いいと言った」
「わたしと一緒ですよ?しかも、お菓子を食べるんですよ?いいんですか?」
「別に、嫌なわけではない」
「嬉しい!ありがとうございます!」
* * * * *
レオンハルトとお茶をする日。
気合の入りまくったわたしは、朝からいろんな種類のお菓子制作に追われていた。どのお菓子がレオンハルトの好みに合うか分からないからだ。
「急がないと、レオンハルト様が来ちゃうー!」
朝からバタバタだったがどうにか間に合わせ、部屋に戻り、慌ててバーバラと身支度を整える。ちょうど終わったタイミングで、レオンハルトがやってきた。
2人で向かい合って座ったものの、これから自分の作ったお菓子がこれから運ばれてくると思うと、緊張しかない。
「いつもより静かだな」
「そうですか?いつもこんな感じですよ?」
タイミングを見計らったかのように、たくさんのお菓子が運ばれてきた。どれもこの世界にはないお菓子ばかりである。
「自分で作ったのか?」
「そうです」
「見たことないものばかりだな」
「とにかく、食べてみてください」
最初にレオンハルトが口に運んだのは、アップルパイだ。
「そこまで甘くないんだな」
「はい!甘いものが苦手なレオンハルト様のために作りました」
「…なぜ、それを知っている?」
あ、やばい。ついぽろっと口にしてしまったが、わたしはレオンハルトと、お菓子の話なんてしたことがなかったのだ。
「なんとなくです!」
もうこれで押し切るしかない。
「まぁいい」
いいの?!いいんだ!
こっちとしては乗り切れたから嬉しいけど、なんだか複雑だ。やっぱり、あんまりわたしのことに興味ないのか。一緒にお茶ができると思って、浮かれてた自分がバカみたいだ。
…なんて思っていたのだが、レオンハルトは出したケーキをすべて食べてしまった。
「無理して食べなくてもよかったんですよ?」
「うまかったから食べた」
ん………?
「……もう1回お願いします」
「うまかった」
わたしの聞き間違いか?
「うまかった、って聞こえるんですけど…」
その瞬間、レオンハルトがフフッと笑った。
笑った………?え、笑った…?
「耳は正常だ。それで合ってる」
「…ありがとう、ございます?」
「1番最初に食べたのが気に入った」
「じゃあ、またお作りしますね」
「あぁ、楽しみにしてる」
* * * * *
レオンハルトが帰ったあと、わたしは放心状態だった。だって、あのレオンハルト様が、わたしが作ったお菓子を食べてくれたのだ。それだけでも嬉しいのに美味しいっていって―――
笑ってくれた。
生きててよかったと思うほど、嬉しかった。推しの笑顔を自分に向けてもらえるなんて、尊い以外の言葉が浮かばない。あの時、たぶん呼吸が止まってたと思う。その後のことは、正直あまり覚えていない。
せめて、レオンハルトとヒロインが出会うまで。 それまでは、わたしに……。
はっ!だめよ!レオンハルトの暗い過去を少しでも消し去って、笑顔を取り戻すという、大事な目標を忘れるところだった。危ない危ない。
その日のわたしは、レオンハルトの笑顔を噛み締めながら眠りについた。
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