2話
元気になってから1週間がたった。わたしはお父様が何も言ってこないのをいいことに、いわゆる「現実逃避」に全力を注いでいた。このまま誰とも婚約せずに過ごせば、将来安泰である。
だが、現実はそう甘くはなかった。
その日、やけにバーバラが張り切って髪のセットやメイクをしてくるので、不思議には思っていたのだ。
お父様に客間へと連れて行かれ、開かれた扉の向こうにいたのはもちろん―――
「ジェシカ、紹介しよう。婚約者のレオンハルト・ウェルダンテ公爵、そしてお父上のヘンリー・ウェルダンテ公爵だ」
わたしは口をポカンと開けたまま、その場で固まってしまった。
婚約者として紹介されたということは、もう婚約することは決定事項であり、婚約しなければいいという目標は、悲しくもお父様によって崩されてしまったのである。
「ジェシカ、どうしたんだい?ちゃんとお客様に挨拶しなさい」
お父様に肩を叩かれて我に返った。
「失礼いたしました。ジェシカ・フリークです」
「この子、レオンハルト様に見惚れてしまったようですな、ハハッ」
いつもフォローありがとう、お父様。
そのあと、お互い席につき、改めて挨拶をしたのだが、わたしの頭の中はレオンハルトのことでいっぱいだった。
もうとにかく、かわいいのである。わたしの持ち得る全ての語彙を使っても言い表せないほどのかわいさなのだ。学園で出会うレオンハルトも端正な顔立ちをしているが、このくりっくりの目に、子どもらしいもちっとしたほっぺたがたまらん。
でも、無表情なのは変わらない。
あぁ、そうか…。わたしは何を悩んでいたのだろう。たしかに将来、ジェシカは追放されてしまう。しかし、レオンハルトの笑顔を取り戻す…まではできないかもしれないが、暗い過去を取り除くことができるのは、わたしだけだ。
推しの笑顔はわたしの源、推しの幸せはわたしの幸せ!
自分のことに精一杯で、こんな簡単なことにも気づけなかった。どうせ最後には婚約破棄されるのだ。ここまできたら、わたしにできそうなこと、なんでもやってやる!
「お父様、お願いがあるの!」
「どうしたんだい?ジェシカ」
急に気合が入ったわたしに驚きながらも、話を聞いてくれる優しいお父様である。
「わたし、もうすぐ家庭教師の先生とお勉強するんでしょう?それなら、レオンハルト様と、うちのお屋敷で一緒に勉強したいわ!」
「ウェルダンテ公爵家ではすでに、当主になるための勉強が始まっているんだ。そんなわがままを言ってはいけないよ」
「嫌よ!絶対にレオンハルト様と勉強するの!お家で一緒に勉強したいの!」
「突然どうしたんだ。すみません、普段はこんなにわがままを言う子ではないのですが…」
「いいですよ」
そう言ったのはレオンハルトだ。
「父上、僕もここで勉強したいです」
「……私は構わん」
レオンハルトパパからオッケーが出たってことは…?
「じゃあ、我が家に呼ぶ予定の家庭教師と相談してみようか」
「ありがとう!お父様!」
* * * * *
それから、ウェルダンテ公爵家の家庭教師は解雇され、レオンハルトはわたしと同じ家庭教師の下で勉強することになった。
我が家で週2回行われる勉強会は、控えめにいって、とても楽しいものだった。
だって、わたしの横であのレオンハルト様が勉強してるのよ?!合法的に横顔を眺めていられるなんて嬉しすぎる。
さらに、わたしたちについてくれた先生が、本当にいい先生だったのだ。これは幸運だったとしか言いようがない。できないところは、分かるまで何度も教えてくれるし、できたらきちんと褒めてくれる。
レオンハルトが無表情なのは相変わらずだが、褒められた時に心なしか嬉しそうな顔をしている…ような気がする。
ひと月ほどたった頃、先生がお父様に呼ばれたため、部屋に2人きりになった。
「なぁ」
「えっ?わたしですか?」
驚いた。今までレオンハルトから話しかけてきたことなんて一度もないからだ。
「どうして、一緒に勉強したいなんて言い出したんだ?」
「それは……」
言えない。本当のことは絶対に。
「わたしが、レオンハルト様ともっと一緒にいたいと思ったからです」
「……そうか」
やはり、家庭教師を変えるための策としては無理があったか。それとも、不審に思われたのか。
「なぜそんなことを」
お聞きになるのですか?と言いかけたとき、扉が開いた。
「お待たせしました。再開しましょう」
少しもやもやしたものが残ってはいたが、勉強に集中しているうちに消えてしまった。
* * * * *
その日からしばらくたつと、ポツポツとだが、レオンハルトと話すようになった。麗しいレオンハルト様の顔面に慣れてきたことも大きい。授業の前後の、ほんの少しの時間だが、雑談をできるようになっただけ進歩といっていいだろう。
「今日、庭にネコが入ってきたんです」
「そうか」
「三毛猫で、近づいたら逃げてしまったんですよ。でもすっごくかわいかったんです!」
「よかったな」
レオンハルトからの返事は、いつも淡々としたものだったが………。
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