14話
もうすぐ、レオンハルトの誕生日だ。わたしの時と違って、レオンハルトの誕生日は休日ではない。ゲームでは、エミリーはレオンハルトの誕生日を当日に知ることとなる。もちろんプレゼントなど準備できていないが、それでもなにか贈りたいと一生懸命考えて、道端で摘んだ花で、花束を作って渡すのだ。
ゲームのレオンハルトは、父から誕生日など祝われたことがなく、ジェシカからは金でも積んでおけばいいだろうと、高級な品物をひたすら贈られて辟易しており、誕生日にいい思い出などなかった。そんな彼の冷めた心は、エミリーの素朴さと、少しでも喜んで欲しいという気持ちによって溶かされていくのである。
花束を渡されたレオンハルトは、それを大事に持って帰り、押し花にしたものをしおりにして使う。健気でかわいいところもあるのよ!レオンハルト様っ!
さて、わたしはどうするべきか。とりあえず、何が欲しいかレオンハルトに聞くことにした。
「欲しいもの?特にないけどな」
「うーん、困ったわね…」
「それなら、帰りに寄りたいところがあるから、一緒に来て欲しい」
「いいけど…そんなお願いでいいの?」
「それがいい」
放課後は花束イベントがあるため迷ったが、この流れで嫌だというのも不自然だ。それに、寄りたいところというのがどこなのか、気になるではないか。
「わかった!じゃあ一緒に帰りましょ」
「あぁ、楽しみにしてる」
わたしは、やっぱりいい、と言われたときのために馬車を呼んでおく、と心にメモした。
* * * * *
「レオンハルト、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、ジェシカ」
「はい、これプレゼント!」
「……放課後じゃないのか?」
「はやく渡したかったの」
放課後にレオンハルトが一緒にいてくれる保証はないので、学校にいる間に渡そうと決めていた。
「開けていいか?」
「どうぞ」
プレゼントしたのは、公務などで使う万年筆だ。レオンハルトは万年筆を箱から出して、握ってみたり、くるくる回してみたりと、なんだか楽しそうだ。
「しっくりくるな。大切に使わせてもらう」
「喜んでもらえてよかった」
あとは、放課後を待つのみである。
* * * * *
さぁ、やってきました。放課後です。
「よし、行くか」
レオンハルトが楽しみにしてくれているのはありがたいが、まだエミリーが来ていない。このままでは花束イベントを潰してしまう。
「わたし、馬車までのんびり歩きたい気分だなぁ」
なんでわたしがエミリーに気を遣って、時間稼ぎをしているんだろう…。
「レオンハルト様ー!」
エミリーが来た。入学してもう半年たつが、まともに会うのは、ほぼはじめましてである。ちなみに、攻略対象者たちには絶対に関わらないと心に誓い、夏のカバン事件以来、わたしの望み通り会ってはいない。
エミリーは、わたしの存在を空気だと思っているようで、まったく目が合わない。
「レオンハルト様、お誕生日おめでとうございます!わたし、レオンハルト様が誕生日って知らなくて…。でも、なにかレオンハルト様にプレゼントを渡したかったので、学園の庭で摘んできました!受け取ってください!」
えーと……学園の庭?
「学園の庭って、きれいなお花がたくさん咲いてるんですよ。今度一緒に行きましょう!きっと癒されます!」
たしかに、道端に生えてるものよりは、手入れされた花のほうが見栄えはいいだろう。実際、エミリーの手元にあるのは、かなり豪華な花束だ。
「君、この学園には専任の庭師がいるのだが、知っているか?」
「そうなんですか?知りませんでした!レオンハルト様はなんでも知ってるんですね!すごーい」
これはわたしでも分かる。エミリー、やらかしちゃったみたいだな。
「知らないのなら、君はその花を採取するときに、専任の庭師の許可を取っていないということだな?」
「私は生徒だし、ちょっとくらいなら大丈夫ですよ!それに、庭師の方なんていませんでしたよ?」
可愛らしい表情で返事をしているが、事の重大さが分かっていないようだ。
「学園の庭の管理権は、全て専任庭師にある。庭師に許可なく持ち出せば窃盗だぞ」
「そんな…。あんなにたくさんあるから、少しくらいなら良いと思ったんです!レオンハルト様が喜んでくれると思ったのに…」
エミリーはショックを受けたような顔をしていたが、すぐに開き直ったようだ。ここまでくるとむしろ清々しい。
「入学時に説明されているはずだ。ジェシカ、もう行こうか」
わたしはレオンハルトに促されるまま歩き出す。それを引き留めるかのように声が聞こえた。
「その女のどこがいいのよ!」
「―――全てだ」
呆然としたエミリーを放置して、わたしはレオンハルトとともに、その場から立ち去る。レオンハルトから飛び出したパワーワードに、わたしの心臓がやられてしまって、なかなか元に戻りそうにない。
「巻き込んですまない」
「平気よ。ちょっとびっくりしたけど」
正直、もうエミリーのことなんてどうでもいい。とりあえず、心を落ち着けるために深呼吸する。目的地まで馬車で行くというので、2人で乗り込んだのはいいものの、まったくもって平気ではなかった。
落ち着け、わたし。あれはあの場を乗り切るための嘘だ。あそこで全てっていうの、なんかカッコいいし、語呂もいいし?きっと、流れで言ってしまったに違いない。
その証拠に、正面に座っているレオンハルトは涼しい顔をしているじゃないか。
「ジェシカは、あの女に変な絡み方されてないか?」
「全っ然!」
むしろ敵対宣言の1つや2つは覚悟していたのに、呼び出しさえもないのだ。
「それならいいんだ。あいつ、なぜか俺とジェシカに執着してるんだよな」
「………ソウデスネ」
わたしの顔が別の意味で引き攣っていたなんて、誰も知らないだろう。
その後、無事目的地付近についたが、馬車では行けないところだとレオンハルトに言われて、歩いて向かうことになった。
「あいつに時間をとられた。少し急ぐぞ」
珍しくレオンハルトに急かされ、普段よりも早足で進んでいく。
「なんとか間に合ったな」
足元に集中していたわたしは、レオンハルトの言葉につられて顔を上げた。
「わぁ、きれい!」
そこからは景色が一望できた。ちょうど夕陽が沈みかけており、幻想的である。
「いつか見せたいと思っていたんだ」
息を呑むような美しさに圧倒されてしまう。
「こんなに素敵な場所があるなんて知らなかったわ。連れてきてくれてありがとう」
でも、ちょっと待てよ?
「レオン、これだとわたしがお祝いされてる感じになっちゃう!」
「そんなことはないさ。ジェシカが喜んでくれればそれでいい」
「だけど………」
「じゃあ、キスして」
「ふぇ?!」
びっくりしすぎて変な声が出てしまった。レオンは「さすがジェシカ」と言いながら笑っている。
「いやー、そのー、心の準備が…」
そう言っているにもかかわらず、レオンハルトが目を瞑って、逃げ腰なわたしの前に屈んだ。そんな顔もカッコいい!とか考えている場合ではない。
わたしは意を決して、レオンハルトの"頬"にキスをした。
その後、素早く距離を取ろうとしたのに、レオンハルトの腕がわたしの腰へと回され、逃げ場がなくなってしまう。
「俺が言いたいこと、分かる?」
不満そうな顔でわたしを見てくるレオンハルトから必死で目を逸らす。
「なんのことやらさっぱり分かりません」
だって、場所の指定はされてないもんね!わたしの心臓の平和を守るにはこれが限界なのだ。
「そうか、じゃあ仕方ない」
解放してくれるのかと思ったのに、レオンハルトの手がわたしの頬に添えられて
―――――お互いの唇が重なった。
突然のことに目を白黒させているうちに、唇から温もりが消えた。
「分かった?」
わたしは首がちぎれるかと思うくらいの勢いで、コクコクと頷いた。レオンハルトがようやく解放してくれたので、慌てて自分の手で顔の火照りを冷ます。
「もう暗くなってきたし、帰るか」
帰り道、わたしの動きがちょっとぎこちなかったことは許して欲しい。
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