13話
季節は秋になった。この時期になると、男女で科目がわかれる。男子は剣術、女子は裁縫などを行う。
これらの授業は、全クラス合同で行うため、エミリーを避けることはできない。しかもレオンハルトなどの攻略対象がいないため、どのルートでも嫌がらせイベントの発生ポイントなのだ。
それなのに―――
「ジェシカ様、ここを教えてください!」
「ジェシカ様、この部分が上手くいかないんです」
なぜかわたしは、毎回多くの御令嬢から質問攻めに合うのである。
「あれじゃ、この授業で嫌がらせの濡れ衣をきせるタイミングがないじゃない」
エミリーが、誰にも聞こえないようにぼそりと呟いた。
* * * * *
今日は年に一度の調理実習の日だ。そう、あの調理実習である。
みんなで同じものを作るため、さすがにレオンハルトが好きなお菓子は作れなかった。これだけ甘いと、レオンハルトに食べてもらうのは難しいだろう。
それに、きっと彼のところには―――
「レオンハルト様ー!」
エミリーがレオンハルトに駆け寄ってきたところを目撃してしまった。名前呼びのイベント、わたしの知らないところで終わらせてたんだなと、これまでの流れを見ていなくても分かるのがつらいところだ。この名前呼びイベントを終わらせておくのが、お菓子を受け取ってもらう条件である。
「行こう、アンナ」
「あれほっといていいの?」
「いいの」
その場面を見たくなかったわたしは、アンナの手を無理やり引いて、教室へと戻った。手元にあるお菓子は、わたしがおやつに食べることにしよう。
その日のお昼―――
「ねぇアンナ、わたし、中庭にお弁当食べられるいいところ知ってるから、2人で一緒に…」
「さぁ、リックたちも戻ってきたし、みんなで食べましょう」
アンナの恐ろしいほどの笑顔から逃げられなかったわたしは、レオンハルトとリックのもとへと連行されてしまった。
「そういえば今日、お菓子作ったんだって?」
「そうなの。はい、これリックの分ね」
目の前の2人が仲睦まじいやりとりしているのを見守っていると、左から視線を感じた。ちらっと見ると、レオンハルトがじっとわたしを見ている。
「どうしたの?」
「…俺も欲しい」
「えっ、レオンは他の子からもらってるでしょ?」
すでにエミリーからもらっているはずだ。
「は?もらってないけど」
「………は?なんで?」
「なんでって、ジェシカが作ったのを食べたい」
ハンカチといい、お菓子といい、何かがおかしい。
「甘いもの食べられないでしょ?無理しなくていいよ」
「俺がもらわないと、他のやつに渡すんだろ?そんなの嫌だ」
「………自分で食べるつもりだったんだけど」
なんで他の人にあげないといけないのよ、と思ってそう答えると、どこからかブハッ、と聞こえた。前をみると、リックとアンナの肩が小刻みに震えている。
「今のは、ククッ…、つらいな…」
「フフッ、ダメよ、そんなこと言ったら…」
「……リック、あとで覚えてろよ」
3人が話しているのを見ながら、どうしてそんなにレオンハルトがお菓子を欲しがるのかを考える。
………あ、わかった!
「レオン、お腹空いてるのね!」
リックとアンナが「もう堪えられない」と言いながら、お腹を抱えて笑い出した。レオンハルトはポカンとしている。
「さっきまで、体を動かす授業をしていたものね」
あの時間、男子は剣術をしていたはずだ。
「それなら仕方ないわ。わたしのおやつになる予定だったけど、レオンにあげる」
どうぞ、と言って、わたしはカバンから出したお菓子をレオンハルトに渡した。
「……ありがとう」
そんなレオンハルトを見て、リックとアンナが、とうとう笑いすぎて涙を流し始めた。貴族のマナーとしてはアウトなのだが、そんなことまで気にしていられないようだ。
「2人とも、なんでそんなに笑ってるの?」
「いや、フフッ、こっちのことは…気にしなくていいから、ハハッ」
大爆笑の2人を横目に、レオンハルトがわたしの作ったお菓子を食べた。
「………甘っ」
教室の外に、楽しそうな4人を見つめる影があった。
「シナリオ通りに進めているはずなのに、どうして上手くいかないのよ」
その影の手元には、ラッピングされたお菓子が握られていた。
* * * * *
帰ってからも、わたしは昼間のレオンハルトの行動について考えていた。ハンカチについては序盤だったため、そんなこともあるか、くらいに考えていたが、ここまでくると違和感しかない。名前呼びをクリアしているということは、必要な条件は満たしていることになるはずなのに、レオンハルトはエミリーからお菓子を受け取らなかった。
悩んではみたものの、答えが出るはずもない。
困ったわたしは―――寝た。
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