11話
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バーベキューイベントから、1週間ほどがたった。カバン事件のことについて聞きたかったものの、タイミングを逃してしまった。これだけ時間がたってしまうと、さすがに聞きにくい。
そして、来週はわたしの誕生日だ。学園に入ると、貴族といえども誕生日パーティーは開かないのが暗黙のルールである。勉学に集中しなさい、ということらしい。お茶会などのお誘いは受けるものの、こちらが主催となることは基本的にはない。
さらに、わたしの誕生日は、ゲームにおいて重要な意味をもつ。カバン事件のお礼として「私にできることならなんでもやります!」というエミリーを、レオンハルトがデートに誘うのだ。
そのデートの約束の日が、ジェシカの誕生日なのである。
誕生日をすっぽかされたジェシカが怒り狂い、エミリーへの嫌がらせが徐々にエスカレートしていくはずなのだ。これは、ジェシカの誕生日を狙ってデートに誘ったレオンハルトもどうかとは思うんだけどね。
「誕生日、何が欲しい?」
「欲しい物…、ないなぁ」
「じゃあ、久しぶりにどこか出かけるか」
設定上、わたしの誕生日は祝日で学園が休みだ。
「えっ?レオン、わたしの誕生日は予定あるんじゃないの?」
「…どうしてそうなる?」
レオンハルトが顔をしかめた。おかしいな…。まだエミリーからデートに誘われてないのかもしれない。
「ほかに予定があるなら、そっちを優先してくれていいのよ?」
「特に予定はない!で、行く?行かない?」
レオンハルトの顔が少しずつ怖くなってきた。
「行きます!行かせてください!」
勢いで答えると、レオンハルトの顔がほころぶ。もう眼福でございます、レオンハルト様。
「どこか行きたいところ、当日までに考えておいて」
「わたしの行きたいところでいいの?」
「あぁ、ジェシカの誕生日だからな」
なんだか、心があったかい気持ちになった。
「分かった!連れ回してあげるから、覚悟しなさい!」
「はいはい」
どうせすっぽかされるし、期待なんて全然してなかったのだ。
誕生日当日―――
なぜかわたしは、予定通りレオンハルトと出かけることになってしまった。
こうなったら、貴重なデートを全力で楽しんでやるんだからね!
バーバラに、普段はおろしている髪を結んでもらう。いつもとは違う雰囲気の洋服を着て、気分はちょっとした町娘だ。レオンハルトからもらったネックレスは、念のために服で隠しておく。
「お待たせ、レオン!」
すると、レオンハルトがわたしを見たまま動かなくなってしまった。
「どうしたの?」
「………似合ってる」
レオンハルトの顔がどんどん赤くなっていく。
「ほんとに?!もう1回言って!」
「絶対聞こえてただろ!」
「ううん、聞こえなかった!」
「いいや、その反応は聞こえてた!」
戯れているようにしか見えない様子の2人を、使用人たちは微笑ましい気持ちで見送ったのであった。
開き直ったわたしは、宣言通りにレオンハルトを連れ回した。買い物に出るのが久しぶりなのもあって、洋服やアクセサリーなど、普段街ではあまり見ないものも見てまわった。
ふらふらと街を歩いていると、ある雑貨店が目に止まった。中に入ると、ペアの雑貨が多く並んでいた。どうやら、カップル向けのお店らしい。
「これ、かわいい…」
わたしはきれいなグラスから目が離せなくなった。透き通るように透明なグラスに、青いラインとピンクのラインがさりげなく入った、ペアの物だ。
「ジェシカ、こういうの好きだよな」
「うん」
「買うか?」
「いや、いいよ。高そうだし」
「一応俺、金持ちの部類に入ってるつもりなんだけど…」
レオンが本当に困った顔をするのがおかしくて、わたしは笑ってしまった。
「ふふっ、たしかにそうね」
「だろ?俺も気に入ったから欲しい」
「それじゃあ、お願いしようかな」
「わかった。お金払ってくるから店の外で待ってろ」
レオンハルトが商品を持ってレジに向かった。わたしは彼の言うとおりに店を出る。しばらくすると、レオンハルトも店から出てきた。わたしの分をラッピングしてくれるよう頼んだらしく、かわいらしい袋も一緒だ。
「ありがとう」
「ん、そろそろ帰るか」
気づけばもう夕方だ。そのまま、レオンハルトが家まで送ってくれるというので、2人で並んで歩く。
「手、出して」
不意に言われたわたしは、素直に手を出す。すると、レオンハルトがわたしの手を取って歩き出した。手から伝わるのではないかと思うくらいに、心臓がドキドキしている。
「こういうのも悪くないな」
心臓には悪いですね、と言ったら、おそらくこの雰囲気が台無しになるので、自分の胸に留めておくことにした。
「これ、さっき買ったやつ」
屋敷の前まで来ると、レオンハルトがラッピングされた袋を渡してくれた。帰り道、ずっと持っていてくれたのだ。
「あと、これも」
レオンハルトがポケットから小さな包みを取り出した。
「誕生日おめでとう」
さっき買ってもらったグラスが誕生日プレゼントだと思い込んでいたわたしは、本当にびっくりした。かなりマヌケな顔をしていたと思う。
「わたしに?」
「当たり前だろ」
たしかに。このシチュエーションでわたし以外へのプレゼントだったら、それはそれで怖い。
「嬉しい!ありがとう」
わたしは、ちゃんと笑えているだろうか。これが最後なのだという悲しさが半分、嬉しさが半分の複雑な気持ちだった。
レオンハルトが帰った後、わたしは包みを開けた。そこから出てきたのは、蝶のデザインがあしらわれた髪留めだった。繊細な細工が施されていることから、それなりに値段が張るものだということが分かる。グラスと一緒に、大切なものボックスにしまった。
わたしの手には、レオンハルトの手の感触がまだ残っている。それでも、切ない気持ちになることは否めない。
期待するだけ、絶望も大きいのだ。
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