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言霊を雲に乗せて  作者: まきなる
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第3話

「ニュア、教会に急ごう。今日の内に管理人さんと話をつけておかなくてはいけない」

 あの管理人さんとは面識はあるが、当日にいきなり実行するというのはさずがにどうかと思う。僕は彼女に説明しながら協会に向かっていた。

「おそらく、この光穴が現れる時間というのは日が昇ってすぐだよ」

「それで何か朝からしないといけないから、話を通しておくということなの?」

 彼女はこんなに察しが良かったのだろうか、まぁいい、大体あってる。

「うん、準備といってもこの紙を地面に敷くだけなんだけどね」

 僕はダルマさんから貰った一枚の紙をニュアに見せた。彼女は一通り観察した後、特に何も言わずに返却してきた。何かを考えてるのかな?次に口を開いたニュアの口からは当たり前の質問が飛んできた。


「エリム、あなたは魔法使いなの?」

 僕は魔法使いとは名乗れなかった。

「いや、見習いだよ。僕はもともと一般の人だから魔法は使えない、せいぜい魔法文字の解読と魔法式の起動ができるようになった程度なんだ」

 彼女は縹の蝶の前に指を差し出し、その様子を見ていた。

「ねぇ、あなたはいつの間に魔法の世界に触れるようになったの?」

 冷たい。初めてそう思った。でも、経緯は―


「全て無くなって、もうどうしようもなくなってしまって、引きこもってたよ。このままじゃいけないと思っていたんだけど、それでも体が動かない時がしばらく続いていたんだ。馬鹿みたいだよね」

 歩みは止めていないが、時間が止まっていた気がした。それでも、それを否定するかのように僕は話すのを止めなかった。

「僕が一番ひどかったときはさ、数日間何も食べてなくて、もう動くのもやっとっていう時だったかな。ふらふらしながらね、どこかの店に辿り着く前に倒れて死んでしまっても、それはそれでいいとさえ思ってた。案の定倒れた。そこで、やっと終わるのかと思った。心地よかった。もう、何も考えなくていいんだ。心の底からそう思えた」

 いつの間にか、二人して立ち止まっていた。

「でも目が覚めたんだ、死んではいなかったよ。僕はベッドに寝ていて、そばにはダルマさんとビリアさんが心配そうな目でこちらを見ていてね。しばらく経ったらビリアさんが、何も言わずに食べなさいとおかゆを出してくれたんだ。薄味の、特に何もない白粥だったよ。でも、それでも、温かったんだ。僕は泣きながら何故こうなったのかを勝手に話していたよ。それを聞いていたダルマさんは、僕をあの部屋に連れて行ったんだ。君も見ただろう?」

 魔法使いの部屋、君もさっき驚いていたけどあの時の僕の衝撃の方がおそらく強かったように思う。

「うん、あの部屋は昔から知っていた訳じゃないんだね」

「そう、そこでダルマさんから色々を教わったんだ」


 初めてあの部屋に入った時、ダルマさんと僕はこういう話をした。

『エリム君、君にとって失ったものたちはとても大切なものだったのだろう。けれども、その人たちはなぜ死んでしまったのだと思う?』

 あの時の僕はまともに答えることができなかった。

『わかりませんよ。なぜあの人たちが死んだのかも、僕がなぜまだ生きているのかも』

 ダルマさんのその瞳は僕をどう映していたのかはわからない。けれど、ダルマさんは僕の答えを聞きながらあの光の鳥を撫でていたんだ。悲しそうな顔だったのは今でも鮮明に脳に焼き付いている。

『ここで、魔法学を学んでいきなさい。君が魔法を使えることは無いが、それでも何かの役には立つと思うよ』


「今思えばただの気休めにも近い何かだったのかとも思っているよ。けどね、あの時は魔法というものに、新しいもので気を紛らわせるしかなった。そうして僕は魔法を学んでいって少しずつ、前に進んでいった。それで今魔法使いの見習いとしてここに居るんだ」

 僕は先に歩きだす。少し恥ずかしかったその照れ隠しだ。ニュアは止まったまま、歩き出す僕に聞こえるように言った。

「あなたが魔法を学ぶということは、今までのあなたを否定したということ。ねぇエリム、それがあなたの選択だったの?それが、正しくないかもしれないと分かっているのに、あなたはそれを選んだの?」

 振り向かず、立ち止まらず、僕は答えた。

「もう、過去の話だ。確かに手放したものも多い、それでも過去に縛られて前に進めなくなるのは…」

 もう一度君に向き合って―

「そんな自分は嫌なんだ。だから、これは僕のわがままだよ」

 ニュアはまだその場から動こうとしない、流石にこれ以上遅くなるのは管理人さんにも失礼だ。僕は彼女の手を引っ張ってまた歩き出した。君のことは忘れられなかった、だからこれはわがままなんだと、その言葉を飲み込んで。


 教会に着いた。久しぶりに見ると、やはり使われていないのが分かるようなどこか寂しさを感じる。時計を見ると5時過ぎで、丁度ここの管理人のネフィラさんが落ちた花びらを掃除していた。僕は彼女の手を引いたままネフィラさんの下へ向かった。

「お久しぶりです、ネフィラさん。今、少しお時間頂けますか?」

 ネフィラさんは箒を動かすのを止めて、こちらを見てからしばらく考え込んでいた。

「あら、エリム君?久しぶり!大きくなったねぇ」

「ありがとうございます、今日は少し相談があってきたんですよ」

 ネフィラさんはうんうんと頷きながら、そばにいたニュアのことが気になっていたらしい。

「ねぇ、その子誰?彼女?」

 発動してしまった。まずいかもしれないな、この人の性質からしてニュアが質問攻めにあいそうだな…

「そうですね…大切な彼女です」

「あら、よかったわねぇ~あ、ねぇあなた名前は?」

 それまでの会話についていけていなかった彼女は、そこであらためて意識を取り戻したかのように見えた。

「初めまして、ニュアと申します」

「ニュアちゃんね、うんうん。あなたにピッタリな名前だと思うわー」

 これ以上は長くなりそうだな。僕は話を、本題をすぐに切り出した。

「ごめんなさい、ネフィラさん。明日の朝早くにここの中でしたいことがあるのですが、大丈夫ですか。地下室をまた借りたいんですが…」

「うーん、また何か人に見られたくないことをするの?いいけど、怪我だけは注意しなさいよー」

 ネフィラさんはそう言うと、ポケットから鍵の束を取り出してそのうちの一つを僕に差し出した。とても分かりやすく『地下室』と、持ち手の部分に書かれている鍵だ。こういう時、ネフィラさんは深くは掘り下げない。僕はそのことに感謝しつつも、同時に少しの罪悪感が胸に浮かんだ。

「ありがとうございます。彼女についてはまた今度、ゆっくり話させていただきます。今日は時間があまりないのでここで失礼いたします。では―」


 一つお辞儀をし、その場を立ち去ろうとした。けど、すぐに呼び止める声が聞こえてきた。それは僕ではなく、ニュアにだった。彼女はネフィラさんのところに戻って耳打ちで何か話して、話が終わったと思ったら一つお辞儀をして戻ってきた。

「行こっか」

 その顔はさっきここに来る前よりも幾分と明るくなっていた。何を話していたのかは聞かないでもいいのかな。ニュアは小躍りするように、僕の少し先を歩いていた。

 

 その後は最近近くにできたショッピングモールで二人で買い物をした。彼女に必要な身の回りの一式をプレゼントし、いくらかの材料を買ってそのまま帰宅した。台所で晩御飯を作っていると、横からひょっとでてきて僕が料理を作る様子を眺めている。小動物のようだったものだから僕は時々笑っていた。二人でご飯を食べて、くだらない話をして、時間を消費した。彼女を失って、どれだけ大切なものだったのか気づいたのは遅かったよ。けれど、奇跡は起こるものなんだと、僕は自分に都合がいいように解釈していた。


気が付くと二人で寝てしまっていた。そばにあった時計を見ると4時回ったぐらいか…寝坊しないでよかった。リュックに昨日作っておいた二人分の弁当とナイフを詰め込み、他にも忘れ物がないかを確認する。ニュアは静かに寝息を立てている。そんなニュアの鼻の先に縹の蝶が止まっているのが、少しおかしくて笑ってしまった。でもそろそろ起こさないと時間に間に合わなくなる。ニュアの体を揺らしていると彼女はむくっと起き上がった。

「ん?おはよう…」

 これは、寝ぼけているね。体を左右に揺らしてうーんっとうなっている。どうしようかと考えていると、彼女は脱衣所に向かって身支度を整えていた。5分ほど待っていると、身支度を終えた彼女が出てきた。

「行こうか、大丈夫?」

目をこすりながら彼女は答える。いや、答えるというより反応したの方が正しいかな。

「うーん、まぁ歩いていれば大丈夫だと思う」

「じゃあ行こうか、少し早歩きで行くからね」

 彼女はこくりと頷く。また僕は手を引いて教会に向かった。

 

 教会に着くころには彼女はもう目が覚め切ったいた。教会の中に入ると、早朝のせいかやけに冷え込んでいた。人が居なくて静かなのも余計に強く感じる。さっさと地下室に行こう。僕は地下室の扉に最短距離で向かった。

「ここからはもう少し冷えるからね…っと」

 リュックから防寒ポンチョを取り出し、彼女に渡した。

「この先に何があるの?」

「何かあるわけではないよ、何もない少し広い空間があるんだ。魔法は現代ではないものになっているからね、これから似たようなことをするからさ、人に見られないようにするにはここの地下がちょうどいいんだ」


 自分もポンチョを着ながら答える。彼女はやはりどこか楽しそうだ。不安ばっかりなはずなのに、いつしか僕の頭の中も希望的な考えになっていた。

僕たちは螺旋状の階段を、手すりの上部にある蝋燭を灯しながら降りて行った。本当のことを言うと懐中電灯で事足りるんだけど、ニュアはここに来るのは初めてだから全体を見ておいた方がいいと思った僕の配慮だ。

「ここって本当に現実の世界なの?あまりにもここはファンタジーの世界で出てくるお城みたい、私はちょっと…」

 ニュアの不安もわかる。確かに、ここは今の新しい建物では珍しいレンガ壁でできている。それもかなり古いレンガでできているのが素人目でもわかるのも確かだ。

「ここの地下は文献は残っていないんだけど、かなり昔から代々管理されてきた場所だよ。ネフィラさんはその末裔、おそらく魔法も使えた一族だったと思うよ」

「魔法が使えるって、なんでわかるの?」

 地下に辿り着く、そこは何もない空間だがテニスコート2つ分の大きさぐらいはある。そして、その部屋の壁には―

「この文字って、あのカフェの魔法の部屋と同じ文字かな?」

「そう、これが答えだよ。まぁネフィラさん自身は魔法について、全く知らないみたいだけどね」

「なんで?魔法使いの末裔なんでしょ?」

 困ったな、理由については僕も知らないんだよな。ダルマさん曰く、魔法を使える末裔ではあるみたいだけど、そういえば、なぜ魔法が伝わっていないのかは知らないな。

「ごめん、そこまでは知らないな。今度ダルマさんにでも聞いてみるよ」

 さて、ここいらで話は終わりにして準備をしないと。僕は持ってきたリュックサックの中からナイフと、魔法陣が書かれた紙、そして光穴の場所を示すことができる道具を取り出した。道具の注ぎ口に持ってきた水を入れ、今度はその道具で地面に水を流す。すると、光穴の場所に向かって流れていき、それで場所が分かる。水をふき取り、魔法陣が書かれた紙を敷けば準備は完了っと。ん?そばで見ていたニュアは興味津々でこちらを見ている。

「ニュア、どうしたの?」

「いや、手慣れているなぁって。そう思っただけだけど」

 確かに、慣れてはいるね。少しは話さないと―

「昔、光穴の出現のさせ方についてダルマさんに教わった時に、ここにしばらく通ってたから。何十回も手順を繰り返してたし、流石に体も覚えたね」

「そうなんだ、あ、だからネフィラさんとも顔なじみって感じだったんだ」


 そうでも、ないさ。これは、話さなくてもいいかな。さて、準備も終わったところで時計を見ると時間まであと30分ほど余裕ができてた。僕はリュックの中から弁当を取り出し、ニュアに渡した。ニュアは少し目をぱちくりさせている。小動物みたいだったから、僕はくすくす笑ってしまった。

「これ、朝ご飯。少し時間があるから腹ごしらえしておこう」

「うん、ありがとう」

 彼女が弁当の蓋を開けると、中には数個のサンドイッチが入っている。それに対して僕はおにぎりを入れていた。僕たちは特に話もせずに、ただ黙々と食べていた。隣では頷いているのが見えたので、僕もそれを見て満足していたのだ。先に食べ終わったのは、僕の方で彼女が食べ終わるのを何もせず、ただ待ってた。

「ごちそうさま」

 弁当を片付け、時計を見る。時間はあと5分を切っていた。

「ニュア、一応気を付けて。僕もこれを発動させるのは初めてなんだ」

「わかった、私は何をすればいい?」

「僕から離れないで、何かしら起きても僕のそばに居れば対処できると思う」

 そう言うと、彼女は僕の近くで深呼吸をしていた。僕はポケットからナイフを取り出し、指先に傷を入れて血を魔法陣に垂らした。魔法陣が書かれて、なおかつすでに魔力が込められている物は便利だ。こうやって魔法を使えない僕でも扱うことができる。その魔法陣は僕の血を吸った後、淡い光を放ちながら輝き始めていた。僕はニュアの手を握って3歩ほど後ろに下がった。


「あと10秒…9、8…」

 輝きが増し始めた。僕たちは気づかないうちにもう2歩ほど下がっていた。

「5、4、3…」

 魔法陣から光が液体になったようなものがあふれ始める。本で読んだ光穴が開くときの様子にピッタリだ。

「2、1…」

 唾を飲み、その様子に見惚れていた。これが自然の力なのかと、この様子を見ているのが僕たちだけだと考えると、さらに高揚感が増していた。

「…0」

 魔法陣からあふれんばかりの光が飛び出して、目を凝らしていた。いや、離せなかった。まばゆい光は自然と僕たちの視界を奪って、そして僕たちの視界は光に飲み込まれた。


 光が消え、魔法陣を見るとまだ液体があふれているのが分かる。手ですくってみても濡れない。少なくとも水ではないみたいだ。そこで、ニュアが先に見つけていた。

「ねぇ、魔法陣の中央にあるのって何かな?」

 共に魔法陣近くに近づくと確かに欠片みたいなのがあった。そして、その欠片の配色には見覚えがあった。それを拾ったニュアも同じことを考えていたみたいで、ニュアは懐から持ってきていた心の欠片を取り出し、曲面以外をくっ付けてみると―

「つながった」

 見事に綺麗に組み合わさった。構造を見ると、あと1つぐらいで完成しそうだと思っていた。


 僕は用が済んだことだし、魔法陣を回収しようとした。けれど、外れなかった。あれ、おかしいな。接着剤とかは使っていないはずなんだけど。何回か試みたがやはり外れなかった。

「エリム!足元、何か変!こっちに戻ってきて!」

 ニュアの声で気づいた。あの光の液体がところどころ黒く染まり始めていた。魔法陣をはがすのを諦め、僕はニュアのところに戻って彼女の手を握った。そのまま入り口に向かってニュアを先に進ませた。後ろを振り向くと―

 そこには黒色の、無形ともいえる異形ともいえる、小さな何かが居た。


 僕たちは階段を駆け上がった。後ろを振り向かず、背中に覚える寒気を無視しながらひたすら駆け上がった。蝋燭で階段を明るくしておいてよかった。おかげで迷わずに駆け上がることができる。走りながらも思考は止めてはならない。次の一手を考えるべきだ。あれはなんだ?魔法で作られた生物のようだが、失敗作があのようなものに変質するとは聞いたことがある。けれど、僕は魔法を使えないから判断がつけれない。しかも、普通の魔法生物は思考回路と感情を両立させることは禁忌であるのも確かだ。ダルマさんのところへ向かうしかないのか。そうだな、ここから出たらすぐにあのカフェに向かうべきだ。今の時間なら朝の仕込みを行っているはず、大丈夫、きっと大丈夫だ。

 顔をあげると光が見えていた。勢いのままに地下室から出て、後ろの扉を閉める。僕は鍵をかけ、ニュアが無事かを確認した。良かった、特に外傷はないようだ。

「はぁ、はぁ、っはぁ」

二人して息が切れている。それでも、早くここから去らねばならない。僕はニュアにそう声をかけようとした。

「ニュア―」

 その時、悲鳴に近い叫び声が僕の耳を貫いた。

「後ろ、そこから離れて!早く!」

 前に蹴りだしながら、後ろを確認した。そこではさっきの黒い何かが扉の奥から強引にこじ開けようと、扉をがたがたと揺らしていた。隙間から黒い何かがこぼれてきて、それらは僕たちに向かって少しづつ近づいてきた。僕はニュアの手を掴み、全力で駆け出して教会の外に出た。日は既に上っており、少し目がくらんだ。教会の扉の鍵は無い、走るしかない。隣を見るともう既に息がほとんど切れていたニュアが居た。僕は手を放さずに早歩きで、カフェへと足を速めていた。


 周りを注意しながら歩く、しばらく経って教会から距離が離れると奴の姿は見えなくなっていた。歩くペースを落としながら、ニュアに確認する。

「け、怪我は無い?大丈夫?」

「うん、それよりね。私、あれが壇の憎悪だと思う」

 無事なのはいいけど、それはおかしくないか。あの空間にはすさまじく強い負の感情を持った人物なんていなかったはずだ。ということは、僕だけじゃなくて彼女も知らない何かがあるのかもしれない。

「理由聞いてもいい?」

 彼女は立ち止まって手を開き、人差し指だけを前に少しだけ突き出した。すると、そこに僕が完全に存在を忘れていた縹の蝶が止まった。

「この子の様子が明らかに変だったんだ。エリムは気づいていなかったみたいだけど、あの黒い物体が現れて、すぐにこの子は羽を激しく羽ばたかせて私の周りを飛んでた。今はこうして大人しくなっているけれどね、少なくとも私に関係あるこの蝶が、あの黒い何かに反応した。この繋がりに、とても嫌な予感がするのは気のせいなの?」

 あれが壇の憎悪だとすると少々、うん、かなり大変なことになった。心の欠片はいくつあるかわからないが、最低でもあと1つは絶対にどこかで見つけなければならない。それなのに壇の憎悪が現れてしまった。かくれんぼを楽しんでいたら、急に鬼ごっこに変わって追いかけまわされているような気分だ。

「とりあえず、ダルマさんに会いに行こう。魔法に関してはあの人に頼るのが一番だ」

「そうだね、今はその方がいいかも」

 僕たちは再びカフェに向かおうと歩き始めた。でも、縹の蝶が突然その羽ばたきを強くさせ、そして僕たちの行く手を遮るように目の前にまた奴が現れた。

「またかよ、こっちだ、ニュア!」

 ニュアの手を掴み、再び走り出し右側と後ろを見る。右側には喫茶キャットブックは見えていた。けれどこんなに遠く感じたとこが今まであっただろうか、くそ、後ろではゆっくりと奴がこちらに向かってきていた。今は距離を離さないと、僕は一旦キャットブックに向かうのを諦め、真っすぐに進んだ。でも、当てが外れた。また、前に奴がいる。後ろを見ると後ろからも近づいてきていた。これは、もしかして…だが、考えている間にも少しずつ距離を詰められてきていた。僕は不安も残しながらも走っていた。そして、僕の不安は的中することになる。


「ニュア、ごめん。もう、これ以上は―」

「ううん、大丈夫。楽しかった。君と久しぶりにこんなことができて、本当に夢みたいだ」

 僕たちの周りには黒い液体状の物が囲んでいた。無理に突破しようとしても弾かれてしまい、僕たちはまさしくゲームオーバーといわざるを得ない状況に立っていた。こんな時なのにニュアは遊びを終えた子供みたいな顔をしていた。僕自身はというと直感的にもう、僕の人生はこれで終わりなんだろうなと思っていた。だから―

「…じゃあ僕からも、ありがとう、向こうに行ったらまたくだらない話でもしようよ。それでさ、君がしたいことがあるのなら僕はそれについていく」

 ニュアの表情が一瞬凍る、そして―

「それは聞けない。だって君は―」

「―」


 壇の憎悪は僕たちを飲み込み、僕の意識はそこで途切れた。



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