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言霊を雲に乗せて  作者: まきなる
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プロローグ


 そばにある時計に視線を移すとすでに日をまたいでいた。まだ終わっていない紙切れのレポートを傍らに、僕は窓の外を見ながらため息を漏らす。激しかったような気がした雨風もいつの間にか止んでいた。熱心に鳴いていた近隣のトタン屋根もその音を奏でてはおらず、ほんの少し寂しいと思えたほど。休憩時に淹れていたカプチーノは、いつの間にかその温度を失っており、とうにやる気も失った僕の鏡となりつつあった。


 上着を手に取り、外に出る。まだ息は白い。ふうーっとすると、少し子供だった頃、何もかもが輝いて見えていた時のことを思い出しそう。いや、子供は今でも変わらないかな、否定するように首を振り、気づいた。ネックウォーマーを忘れてしまっていたのだ。後悔してももう遅いが、やってしまった。まぁ手袋を持ってきたのが少しの救いだったが、物足りなかった。けど、これもまたいいね。何か意図せず欠けた状態で物事を進める感じが、この僕にとってはたまらなく心地いいんだよ。


 歩くのが好きなんだ。誰もいない道を一人歩いていくのは新鮮で心地いいし、イヤホンから流れるピアノの音がまたさらにスパイスが効いていて、僕を退屈させない。こんな夜中に外を出歩くのはいつ以来だろうか。少し昔のことを思い出しながら、閑静な通りを一人歩いていた。

歩き、進み、立ち止まる。ほとんど変わらない風景を、その空気を、僕は肌で撫でながらその時間を楽しんだ。けど、目的地が見えるといつもの世界に戻らなければならない。


 街の中に埋もれているように入っているコンビニでは、いつもの甘ったるいチョコレートと、ブラックの缶コーヒーを買った。お釣りをレシートで包み、雑にポケットに入れる。けれどすぐにポケットでバラバラになってしまい、駐車場の車止めに座った時に少しこぼれてしまった。そうして僕はそんなことは気にせずに、そのまま駐車場で缶コーヒーを傾けながら、街明かりのせいで腐ってしまっている夜空を眺めていた。


 どれぐらいの時間がたったのだろう、手に持っていたチョコレートはすぐに溶け始めて日は登り始めている。残骸たちをゴミ箱に投げ入れ、来た道を戻りはじめた。風が肌に刺さって少しの熱を帯びた体がまた冷えていく。そういえば、さっきもそうだったが、人はノスタルジックに思いを馳せるのは無駄だとわかっていても、どうしてもやめられない。もはや病的だ。僕はもう取り返しのつかないとこまで来ているしね。そんなことを考えている、くだらないことに時間を割いている自分も嫌いじゃない。そう歩きながらめぐる記憶の旅は僕に多幸感をもたらしていた。



 コンビニからの帰り道、家にあと少しというところで深くフードを被った人がこちらを見ているのに気が付く、その姿は顔が見えないが…おかしい。見たことがあるのだ。ずっと昔にその姿を見たことがあると、死にかけていた僕の思考は起動し始めていた。急いで通り過ぎようと、僕は早足でその人の横を抜けようとした。けれど、もう少しですれ違うというところでその人はフードを外し、その顔をこちらに向けて、淡い色の唇を動かしたのだ。もう一生聞くことは無いと思っていた。聞けるはずがない声が僕の耳を、そっと撫でたのだ。


「久しぶり、エリム。会いたかったんだ。」


これから起こる出来事は僕の夢かもしれない。

この物語はそんな不思議な旅路の軌跡だ。


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