酒場撫子のお狐様
カクテルにわかなので間違ってたらすみません!
時は夕。
日は落ちかけ、月は登る。
今宵も狐は寂しいぞ。
酒場撫子、我が魂も、震えるほどに楽しもう。
不死が選ぶ酒をご賞味あれ。
狐が1匹。
尻尾は振るわせ、耳は動くぴょこぴょこと動く。
楽しそうにぴょこぴょこ動く。
然し、それは嘘偽り?
なんてことはなし、気にすることもなし。
部屋から出て『開』と『閉』が書かれた札。
ひっくり返して夜が始まる。
さぁさぁ皆様よってらっしゃい。
酒場撫子、今日も開場。
〜魔王城 酒場 撫子〜
「…これでよいじゃろう。あとは待つだけじゃな。」
廊下の隅にある扉。
開ければ木のいい香りが。
木造のカウンター、椅子。
奥に見える棚には瓶に入った酒が。
近くには樽もある。
常に娯楽というものは大切。
「あやつらも早く来るとわしも暇をしないのじゃがな…。」
「そうですね、私はお酒やおつまみの準備をしてきます。」
毎度セリルには手伝いを頼んでいるようだ。
綺麗な布を手に取り皿やグラスなどを拭いている。
中は和風に寄せてあるが、この魔王城は和の国出身は少なく基本的には和の国では馴染みのないものが多い。
彼女は気にもならずほかの文化も参考にするようだが。
「拭き物もないのう。掃除でもするか。」
棚の近くに置いてあったほうきを手に取り掃除を始める。
そうして数十分後。
チリンと音が鳴る。
扉に付けてある風鈴。
彼女曰く夏の涼しさを楽しむものらしいが客が来た、というのが分かりやすくなるための合図として扉に付けている。
「…こんばんは、おキツネさん。」
「樹木のか。珍しいのう、うちに来るとは。」
今日初の来客はマンドラゴラの魔族。
ララだ。
魔王城では純粋な植物系の魔物や魔族は彼女しかおらず魔王城内では唯一だ。
他の者達にはかなりの人気者であり、歌姫でもある。
もっとも、彼女が歌うことはまず無いのだが。
それというのも内気な性格にある。
ノリに乗ると良い歌声が聞ける。
「すまんの、永く生きてると名前は覚えられぬのじゃ。」
「…いいの、覚えなくても。むしろその方が楽でしょ。」
彼女の容姿は主に体の色は薄い緑、足はなく植物が渦巻いている。
移動はスライムのように這うこともあれば普通に歩く時もある。
傷つかないように歩く方法があるらしい。
手も同様だがしっかりと形を有しており、物も器用に扱える。
髪の毛…と言えるのかは分からないが頭の髪のような物は緑色をして、装飾品のような赤い実が2つ髪留めのようになっている。
加えてショートヘアーで目が隠れるほどの前髪。
彼女のファンの情報からすると目の色は赤いらしい。
「さて、何を飲む?」
数秒考えた後、口を開く。
「今日はお友達が来るから…それまでりんごジュースで。」
「あいわかった。自分で林檎を作れるのなら値段はただにするぞ。」
「わかったよ。」
その場で手を前に出しそこから林檎の実がなる。
植物の魔族は大抵こういうことが出来る。
「まこと不可思議よの。して、友とは?」
「セフィロト。」
「まあ、何となく知っておったわ。」
リンゴを適当に絞って水で割る。
砂糖を入れて多少の味付け。
「…今の間にどうやって作ったの…?」
「こちとら1000年以上生きとるんじゃ、魔法でなんとかなるわい。」
木でできたグラスをそのまま渡す。
ガラス細工はありはするが、これがまた高くての。
「ありがと。ちょっとお話聞いてくれる?」
「わしはそれしか出来んがの。」
「…で、なんじゃ?」
「そのあとあの子が『それじゃ歌姫じゃなく眠り姫じゃないか』だって。全く面白くなかったの。」
「呆れる、眠らせてやれば良かったじゃろうに。」
「…ありかも。眠気が強くなる木の実とかあげればよかった。」
再び扉がチリンと。
「待たせた。」
「全然大丈夫、来てくれてありがとう。」
「いらっしゃい。…そう言えばじゃがセフィロトよ、お主酒は飲めたか?」
間髪入れずに受け答える。
「私はいま18歳。鬼のルールだと15歳を迎えたら力の儀式、というものがある。それで杯に入れた酒を飲むんだ。そこから人間で言う成人だ。人と違って鬼の体の構造は強い。」
「人間よりも短命じゃしのう鬼は…何を飲む?」
「カクテルをお願いする。そうだな…カミカゼ。」
「カクテルも嗜むのか。意外に大人じゃのう。わしは和の国の酒しか飲まぬ故、頼むぞセリル。」
「はい、ただいま。」
裏からシェイカーを持ってカウンターまで来る。
「とは言うものの、それほど酒には強い訳ではなくて。」
「そうなんですね。」
ライムのジュースをとりだし材料をシェイカーへ。
左の肩上部にシェイカーを構えそして振る。
「酒場程の腕はありませんので、そこはご了承ください。」
振り終わり、ロックグラスに注いだ。
軽く振って中に残っているのも出しきる。
最後にライムを添えて完成。
「ありがとうございます。」
「樹木の、お主もカクテルか?」
「…梅酒水割り。」
「あいわかった。」
~数十分後~
「だからこう…ミナリ様は抜けてるところが少し…。」
「飼い主に似ると言うが?」
「もしかしたら私もそうなのかもしれませ…いやどうかな…。」
「結局は主従になるとそういうものですよ。」
「貴方に言われてしまうと…ううん…。」
「…噂をすればなんとやら。大物が来るぞ。」
扉が勢いよく開く。
「ふっ!酒!飯!」
「ダメ天狗じゃな。…それはそうと前のこと、覚えておるよな?値段2倍じゃ。」
「あっ。」
さて、騒がしくなるぞ。
「…騒がしくなりそう。今日は歌ってもいいかも。」
「魔王様、何に致しましょう?」
「今日は世話焼きに回るよ。大丈夫だ。」
「最近はよく来るのうミナリよ。」
「何かと楽しいのよ。私はカクテル、ブラッディメアリー。似合ってるでしょ?」
「ふむ、血じゃなくトマトジュースでいいのか?」
「そこまで血を欲してないわよ。確かに吸血鬼だけれど。」
「そういや雹華。新作出来てるって?」
「どこから聞いたんじゃ?あるがの!」
カウンターの下から瓶を取り出す。
「妖月 じゃ。濃くなく感じるが酔いやすいぞ。飲みやすくもある。」
「じゃそれで。」
その返答を聞くとグラスに氷を入れる。
そして瓶のコルクを抜きそのまま差し出す。
いい音が鳴る。
「おっ、いい音だな。気分が上がるぜ〜。」
「ありがとさん。」
「つまみは?色々あるぞ。」
「塩3本、当たり前だろ?」
〜またまた数十分後〜
「いーーーーっつもこいつと訓練するってなりゃいちいち指導飛ばしてくるんだよ!何とか言ってやってくださいよおー。俺隊長!わかるかぁ?」
薺に視線を向ける漆。
「お前が酔ったあと毎回私が介護してやってるんだ感謝しろ。」
鋭い目付きでセフィロトが反論する。
「バレバレの嘘はやめとけ。俺はぜーんぶ記憶残ってるから。」
「なら分かるだろうがお前が1番めんどくさい。」
「…うるせ!」
図星だったのか、適当な返事が返ってくる。
より一層騒がしくなった。
「…歌います。」
「いや唐突だなほんと。」
再びドアが開く。
しかもドアが壊れるくらい勢いよく。
「我らがアイドルララちゃんが歌うと聞いてッ!」
「すかさずやって参りましたオーク兄弟!兼ファン1号2号!」
この2人は俗に言う普通のオーク。
どこにでもいるような見た目のオーク。
図体はデカくて頑丈。
街でもよく力仕事をやっているものが多い。
「よお久しぶりだな!長期間の遠征は疲れたぜ!何やらメンバーが増えて酒場までできたっつーんで来たぜ!さぁ飲もう飲もう!」
こっちは魔王城の蛇姉妹。
姉の名前はナーガ。みんなから 姐さん と親しみを込めて呼ばれている。上半身が人間、下半身が蛇。
鱗の色は赤でそれなりに硬い。
髪は金髪であまり髪を整えている様子はない。
目は赤く服装もサラシを巻いているだけ。
髪飾りをしているが妹のラミアから貰ったもの。
もちろん脱皮もする。
種族的には獣人に分類されるのだがその中でも少ない種族だ。
「私は付き添い。まー好きにやらせてもらうわー。」
妹の名前はラミア
ラミアも外見はほぼ同じ。
違うのは鱗の色。
服装は意外と気を使ってるらしいがそれでもはやはり胸元だけを隠すような服ばかり。
鼠色で蛇を思わせるような色合い。
姉妹共通して大酒飲み。
「うぉう!姐さん達!帰ってきてたんすか!」
オーク兄弟は割とナーガに勢いで潰されがち。
「オウ!あたいの顔見たかったかー?はっはっは!そうだろそうだろー!おい奢れ。」
「イエッサー!あ、そうそうララちゃんが歌うらしいよ。」
「そんなに身構えられるとちょっと戸惑うんだけど…まあいいか。いくよ。」
「む、私も久しぶりに聴くな。」
一瞬だけ場が静まる。
それを理解したかのようにララは歌い出す。
「ララの歌声、俺はすんげえ好きだな。なんか森にいた頃を思い出す。」
「お前と同じことを思ってるのは不快だが賛同する。小鳥が囀るような透き通る歌声は私も好きだ。」
「~♪ ~~~♪」
歌声が響きだす。
楽器などは当然ないが必要ないほどに歌声に聞き惚れる。
「良い声じゃの。看板娘にでもならんかえ?」
「~♪それは無理かな…いやいいかも?んんっ……~~♪」
「そうよね。私もいつも疑問気に思うのだけれどセリルさんはお酒に対する耐性が尋常じゃないわ。」
そう言いながらも酔う表情すら見えないミナリ。
どちらかと言うと飲みつつ話しつつで飲む速度が遅いだけ。
「セリルさんはあたいもびっくりするレベルで飲めるし何しろ酔わないからな!すげーぜマジ。」
ナーガがとても褒めて上機嫌な声の高さをしている。
「サキュバスだからって言うのもあるのかな?·····あ、あ、…ん、喉がちょっと疲れちゃった。」
「サキュバスの秘密、です。」
「俺も頑張れば行けそうだな。」
「う……ちょっとキツくなってきた…。酒には慣れません。」
セフィロトがカウンターの机に伏している。
「あら、駄目そうね。そろそろ私とセフィロトは帰るわ。明日一緒の仕事があるし。」
椅子から立ち上がる。
「明日、気を付けてくれ。おやすみ。」
「おつかれーい!」
「ねええええええええもぉぉおおおおおなーーーんでダーリンは私ともーっとデートしてくれないのかなぁあ!!!!」
先程ララの歌声を聞きつけてやってきた。
他のみんなは帰ってしまい現在カーマインと薺、漆に雹華のみ。
机をどんどん叩いて涙ながらに訴えかけてくる。
完全に酔っているようだ。
酒に吞まれ安い上にだる絡み。
「いや、俺に聞かれてもですね·····。」
さっきまで威勢がよかった漆も借りてきた猫のように大人しい。
「私も恋沙汰はからっきしでな。」
「大人っぽさが足りんのではないのか?」
「むーぅ!雹華ちゃんだって見た目完全にこども!うるさい!バカバカ!」
「ご所望なら、見せてやっても良いぞ?わしの大人な部分をのう。」
「へん!やってみなよ!」
「月下美人。」
そう唱えると雹華の周囲が煙で満たされる。
そしてまた新しく見えた頃には·····。
「·····ふう。どうじゃ妾の姿は?」
「ぶふっ!?おま、お前その姿どうしたんだよ!?」
思わず漆が顔を逸らす。
「こっ、これは·····!」
「····毎度思うが皆多芸だな。」
尻尾は6尾から9尾。
スタイルも抜群で身長が高く。
髪は伸びてロングに。
大人の色気と言うべき雰囲気が。
「どうにもこうにもないのじゃが。それにしてもいつまでも悪い口よな。よし、1つ仕置といこうかの。」
椅子に座らなければ届かなかった客席カウンターの方へ、そしてそのまま伸びて漆の顎へと手を伸ばす。
指先で漆の顔を持ち上げた。
「·····愛いやつよ。いっそ食べてしまおうか。」
「ふぉっ…!?なんで俺!?や、やめろ!俺はお前にその気はぁ…あだっ!?」
そのまま拳が頭の頂点へ振り下ろされた。
「うるさいのう…。女がいい感じで喋っとるんじゃ少しは口を閉じろ泣き虫天狗。雰囲気というものを知らんのか。」
拗ねてそっぽを向かれてしまう。
「あぁ性格とか普通に元のままなのね…逆に安心した。妾とか言っちゃって…。」
「どうじゃ?大人って感じじゃったろ?」
「確かにそれは同意するな。むぐ。…焼き鳥美味いなこれ。んむ。」
「どーーーーーーしたらそうなれるのおおお!?教えてよぉぉぉぉ」
「こいつめんどくさいのう…。」
〜閉店間近〜
「…っと。カーマインは私が送っていく。気にするな。それではな。」
「ご贔屓に。次はうまい酒を用意して待っておくぞ。」
扉を開き薺がカーマインを抱えて酒場から出ていく。
「漆よ。」
「んー?」
「言いたいことがあるのじゃろう?来た時から顔に出ているぞ。」
「さすがに…っと。長い付き合いだしバレるわな。」
姿勢を治して雹華の目を見る。
「俺は天狗の裏稼業やってた。ずっと隠してた。そろそろ言わなきゃなーってさ。」
言ってなかったのだ。
雹華には。
小さい頃に出会ったその日から。
一切天狗の裏稼業を教えていなかった。
ずっとどんな反応されるか怖かった。
何を言われるか分からなかった。
「あぁそれか。知っとる知っとる。」
「……ほんとにすま……って……え?」
「最初に会ったあの雨の日からじゃよ。」
雨が降り続く。
日はとっくに見えない。
「……ぅ……ぐすっ……うぅ…。」
そこには泣き虫の少年がいた。
「……。」
そこには心を失ったモノがいた。
「……あ……空……っ空ぁ!」
「……童か。」
「ごめん…俺が……俺があんなことしなければ……っあ……ぅぐ……っ。」
泣きじゃくる子供はその場で膝を着いた。
モノは知らぬ振りをした。
「……ならいっそ……俺もっ!!」
懐から取り出した担当を自分の首に向ける。
「おい童。」
「…っ!誰だ……!」
「こっちの台詞だ。神に近しきこの社で泣きわめく阿呆が言うセリフか?」
「…。」
顔を見ず見せず。
「顔を上げい。無礼者め。」
「…っ!」
モノに殺意をむき出しにする。
「食うたりなどせぬ。顔を見たかっただけの事。」
「…やめろ。それ以上動くと刺す。」
雰囲気は一変。
先程の泣き虫とは真逆。
殺し屋の顔をする。
「ほう。その類か。……。」
そっと手を離す。
「……まあよい。そんなんじゃ風邪を引く。今回だけは許す。社で暖を取れ。」
「……。」
「……はぁ。また来おって。暇なのか。」
「いいだろ。俺には居場所なんてないんだ。見つかるまでここにいたって。」
黒いフードを深く被って遠くを見つめる。
「まぁよいが。それはそれとしてあの時、一体何があった。」
「俺があの日ここに来たとき友達を失った。気が気でならなかったんだ…。謝るよ。」
「……そうか。一つだけ教えよう。…自分で生きろ。」
何も無い沈黙が淡々と続く。
日が落ち、月が昇っても。
「よーお!遊びに来てやったぜー。」
「……また来たのか。」
「なんだよ。いーっつもそんな顔して。そろそろ気分入れ替えたらどうだ?」
「何用だ。」
「ん、差し入れと……土産話だ。血の国の部隊に所属することになった!」
袋に包んだ物を手渡す。
「そうか。」
気にもとめずまた空を見上げるモノ。
「ふぅ……。そろそろ名前、教えてくれてもいいんじゃねーの?」
「お前のような童に教える気など毛頭ないわ。」
「そうかいそうかい。」
「……よお。」
月が綺麗な日。
雲が少しかかっている。
「用がある。」
「…なんだ。」
「今度は俺がお前を救う。」
「……急に何を言うか。救われる義理など…。義理など……」
「お前、心がないとか何とか言ってたけどさ、捨てただけじゃないのか?」
「……釈迦に説法じゃ。もう言葉は要らぬ。」
「そうかい。じゃあ一つだけ。俺はな。お前が俺に情けをかけてくれていると思っている。それは心ゆえだ。捨てきれてない優しさの心だ。…今度俺が来るまでに心を入れ替えて欲しい。暫くはもう来られない。数年も。」
「そうか。さっさと行け。」
「…また。」
「……はぁ。雹華じゃ。」
「…!俺は漆だ!漆 白夜!また!」
輝くような笑顔を見た。
「……童の癖に、嫌なやつ。」
「あの日わしに向けた殺意、今でも覚えとるわ。凍りつくような目線、今までで漆だけじゃしのう。」
「…そっか。」
「なに、気にするでないわ!わしも本意ではないがこう心を入れ替えてしまった。」
「……うし。んじゃそういうことで!改めて礼を言う。ありがとう。」
「こちらも感謝じゃの。」
どちらも軽い笑顔をする。
「っとその話は一旦置いといて。……じゃってなんだじゃって。」
「なんじゃ今更かえ?入れ替えた証じゃ。漆には言ってなかったがわしは和の国を作った本人でもある。国を作ったあと、人間が反乱を起こしてのう。」
「……??色々すごいこと聞いてるけど今…。」
「なに、過ぎたことよ。それで、飲むのかえ?吞まれるのかえ?」
机をドンッと叩き喋る。
「ほう、その喧嘩買ったね。酔ってぶっ倒れなかったらタダにしろよ?」
「既にほろ酔いの癖にか。よいぞ。いくらでも飲め。」
「うおおおおおお!!!!あ、会話はちょいちょい挟んでくれ。」
「ぐごおおお……っぐおおおおお……」
「かっかっか!阿呆じゃの!値段2倍の全部自費とは!しかし……良い寝顔じゃのう。」
寝ている顔はただの少年。
殺しなどしないような純粋な少年に見える。
「……さーびす、ってやつ?」
酒場内の木のベンチに漆を運ぶ。
布団も用意。
そして頭を…雹華の膝に。
「これだけやっても起きないのは酒のせいなのか、漆のせいなのか!のう漆?」
当然返事などはなくぐっすりと眠っている。
「漆と会えて良かったよ。私は本当にそう思ってる。」
聞こえないはずの漆に声をかけ続ける。
「理解者を得たと、思っている。…だから……だから、口付けの褒美だ。」
顔の前にかかる髪をかきあげる。
口を漆の頬へ。
「……幸せな奴よ。神に近しき天狐に口付けされるんじゃからの!かっかっか!」
〜翌日〜
「……る……う……おき……う……!」
…?
何か声が…?
「漆!早く起きろ!寝坊するぞ!」
「うぇっ!?なんで俺ここに!?……記憶が無いぞ!?ちょっと気持ち悪いし…?……またやったか…。」
「……昨晩は…激しかったぞ……!」
気取ったように口元を和風のドレスの裾で隠しつつ、およよ、とでも言いそうな体勢になる。
「うぇつえっ!!!ゲッホ!!ゲホゴッハ!!う、嘘!?マジで!?」
「嘘じゃ。」
「……いや嘘でよかった。朝から驚かすなよ……。」
「目は覚めたじゃろ?」
「冴えまくりだ。もうちょっとマシなのにしてくれ。」
ふぅとうっかり一息つく。
本当だったらどんな処刑をされていたか……。
ひとまず、良かったし、そろそろ部屋に戻って支度しなきゃな。
「またやったか。毎度すまんな!助かるわ。んじゃ、そろそろ行くわ!ありがとな!」
足をかけて酒場から出る。
「気にせずとも!貰うものはもらったからの!」
ゲッ!?そう言えば値段2倍だよな……俺……いくら飲んだんだ……ッ!」
「……何故、心臓の鼓動が重いのかな。」
和の国の創始者、天狐の雹華。
天狗一族の悲劇の生き残り、漆 白夜。
彼らの思いは複雑で、何一つ交わることは無いのかもしれない。
もう一度だけやり直した狐とただ1つの生を救ってもらった天狗。
思いは通じ合うのか。