プロローグ
プロットなし、不定期更新。
空は、どこの世界も青いらしい。
雲一つない晴天、がたごと揺れる馬車の上で、手綱をとった清十郎がおおきな欠伸をした。
「あぁ、長閑じゃのう。総一郎が言いよったどらごんでも飛んでこんかのう」
「ちょっとやめて下さいよセイさん。そういうのってフラグって言うんですよ」
「ふらぐ? わりゃぁほんにわからんことばっかり言いよる」
清十郎の後頭部の高い箇所で一つに纏められた総髪が、そよ風に靡いている。小柄ながらも引き締まった体と精悍な顔つきの青年の腰には、長短のサーベルが二本吊り下がっている。二本差しをする機会がまさかあろうとは、と彼は出発前からご機嫌だっ
た。
「セイさん、日が昇りきったら交代しますよ。眠いでしょう」
総一郎の隣でうつらうつらとしていた鉱士郎が、清十郎に御者の交代を申し出た。
「おう、助かるわ。総一郎も寝るか?」
「いや、俺は寝られないし、ずっと座ってたからこのまま見張りをするよ」
「ほうか」
三人の中で一番繊細な現代っ子──といっても既に24歳にもなる──総一郎は、馬も操れなければ野外で眠る事も不得意で、これまでずっと世話になりっぱなしだ。これくらいはしないと、という気持ちを清十郎と鉱士郎はわかってくれる。
変わり映えのしない草原をゆく馬車に揺られながら、鉱士郎は再び目を閉じた。
鉱士郎は180センチを越す長身に鍛えられた厚い体を持ち、そして目を閉じていてもわかるほどのホリの深い美男だ。カナダ人とのハーフで、髪の色は赤みの強いブラウン、目の色はグレー。清十郎の精悍な顔つきとはまた違う雰囲気の柔らかさは、平凡な日本人を絵に描いたような総一郎とは別次元の人種に見える。
中肉中背、髪の色は怖々連れて行かれた美容院でカリスマなんとかさんにお任せしたふわふわ系茶髪だったが、こちらに来てパーマはすっかり落ち、根本は黒い髪の色がすっかり見えている。
「このまま順調にいけば、日が落ちる前にはグラントの街にたどり着けそうだよ。この地図の尺度が間違っていなければだけど」
地図とコンパスを見比べて、総一郎が細かい方向を指示する。街道は途中までは整備されていたが、春時期の今は他の轍すら覆い隠すほど草が茂っている。慣れた商人でもなければ迷う、と出発前に忠告されていた通りだ。
「総一郎がおってよかったわ。わしはそげな細かい地図やらは見たことがないけぇの」
からからと清十郎が笑い、総一郎は地図を畳んで空を見上げた。
つい先日まで、期限の迫ったベンチャー企業立ち上げの企画を練って徹夜したり、手遊びで地図アプリに罠を仕掛けてアハンなお店しか表示させなくして、友人の彼女に説明と謝罪を求められたりと馬鹿なことをしていたのが夢のようだ。
それが今や、現実のほうが夢にふさわしい。
馬を操るのは、安芸の国の侍の五男坊、梶清十郎。
眠っているのはカナダ在住の元スタントマン、吉野鉱士郎。
そして平成という元号最後の年に大学を卒業した“学生社長”である高木総一郎。
何の繋がりも持たない三人が、中古の馬車に乗り、見たことも聞いたこともない世界で、見たことも聞いたこともない街を目指している。
「……参った」
「どしたんな、便所か?」
無言で首を振る総一郎の目線の先を、清十郎も追った。そこには、青空に不似合いの巨大な影が。
「んん、あれがふらぐゆうやつか」
「ドラゴンだよ!! コウさん! コウさん起きてぇ!」
丁度寝入りかけだった鉱士郎が総一郎に揺さぶられ、眠そうに唸った直後、手も使わずに飛んで立ち上がった。総一郎にかけらもない腹筋に感心している場合ではない。
青空に異質な、真っ赤な巨体が翼を広げ、一直線にこちらに向かって来ているのだ。
「なんじゃありゃぁ! すごいのう、逃げられるんかのう!」
「スピード的に絶対無理だね! 嫌だぁぁ! 俺また死ぬの!?」
「苦しみが少ないといいですよね」
「コウさん禅マインド発動しないで! あっ、馬車の影に入ったらどうにかなりません!?」
「総よ、どらごんいうのは炎を吐くんじゃないんか?」
「隠れたとしても地上に降りてこられたら潰されますね」
「おっ……おおお……」
一瞬で諦めた清十郎と鉱士郎に、総一郎は頭を抱えてうずくまった。メンタルがおぼろ豆腐すぎて交渉の殆どを友人で相棒の谷本君(26)に任せてきたツケが全てのしかかって来た。
ごめん谷本くん、もし三回目の生まれ変わりがあったらその時こそは俺が営業をします!!
「わっはっはっ!! これで死ぬるなら豪儀じゃ!」
「サムライ黙って!!」
半泣きの総一郎と呵々大笑の清十郎、静かに微笑んでいる鉱士郎に、深紅のどらごんは容赦なく接近していた。