独りぼっちの地球防衛軍
ちょっとした気分転換に書いてみました。
「歩兵ユニット群、第一から第三まで出撃。順次エルク型輸送機に搭載」
―命令受理。空兵ユニット群については?―
「第一を空域確保、以後は輸送機の護衛につけて。それ以上は要らない」
―命令受理。空兵ユニット第一群、出撃準備完了―
指令席に座る私に、そんな無機質な声が響く。
モニターに映るのは、出撃準備を完了した人型兵器の群れ。
意志など何もない、金属の塊。
「出撃開始。空兵ユニット第一群は空域の確保に努め、攻撃は最低限に」
―命令受理。空兵ユニット第一群、出撃。報告。エルク型輸送機、第一まで出撃準備完了―
「順次出撃。以降全てのユニットの出撃完了まで確認不要」
―命令受理。以降の出撃を自動で処理します―
ああ、めんどくさい。
こんな事までこの機械は私に確認を求めてくる。
対話型制御機構ツクヨミ。そんな名前をつけられたこの機械は、私の居るこの場所を司る電子頭脳でもある……らしい。それならそれで、もっと融通を利かせればいいのに。
―空兵ユニット第一群、現地到着。画像を切り替えます―
モニターの画面が切り替わり、懐かしい場所が映る。
あれは、渋谷だろうか? あ、ハチ公がない。壊れちゃったかな?
ボロボロでボコボコの渋谷駅前を見ていても、不思議と何も感情が湧いてこない。
あまり馴染みのない場所だったからかもしれない。
それとも、渋谷駅前に触手を伸ばして人を呑み込む化物の群れがいるせいだろうか?
「あ、あああ! 助けて、たすけえええ!」
「ノブくん! ノブく……」
逃げる金髪の男と、その彼に置いていかれて触手に掴まる、やっぱり金髪の女。
どっちも大学生くらいだろうか? 私よりは年上だ。
あ、男の方も捕まった。
「ツクヨミ。サーチしてるんでしょ? 結果は?」
―はい。まだ周囲の状況把握は完全ではありませんが、シブヤ近辺に展開しているのはペルヘー星系のエリケルノです。今回の目的は単純に食事ではないかと―
「それで宇宙条約違反か……」
―何処かに持ち帰り用のペルフェットを連れてきているはずですが、今のところ見当たりません―
「じゃあ、助からない?」
―否定。エリケルノは捕食から消化まで24時間をかけます―
なら、助かるって事だ。慌てる必要もないけど、きっとそれだと問題が出る。
「輸送機の到着までは?」
―およそ3分―
ペルフェットが見つからないなら、空兵ユニットはこの場で遊んでることになる。
それは……少し拙い。気付き始めたマスコミのヘリの反応がレーダーに出ている。
「空兵ユニットはエリケルノの触手に向けて攻撃開始。現在捕食されていない人間の脱出を援護して」
―命令受理。空兵ユニット第一群、攻撃開始します―
空舞う機兵達の持つレーザーガンが、犠牲者を探して伸びる触手を撃ちぬく。
それでようやく、ペルフェット達は空兵ユニットに気付いたらしい。
何事かを叫んでいるソレが、空兵ユニットの集音機と基地の翻訳機を通して伝わってくる。
『宇宙連盟め! 我々の邪魔をする気か! 一体どういうつもりだ!?』
「ツクヨミ。定型警告文。パターン1」
―命令受理。『警告。地球は未開惑星保護条約による保護観察対象に入っている。すぐに違法活動を停止するべし』―
空兵ユニットから発される宇宙共通語による警告文が発されるけど、相手から返ってくるのは無数の罵倒と、こんな返答。
『我々はそんなものには調印していない! 地球は我々の牧場である! 不当な内政干渉には断固抗議し実力行使も辞さない!』
まただ。いつもこんな感じだ。宇宙連盟、威厳ないんじゃないの?
「ツクヨミ。定型警告文。いや、違うな。排除宣言」
―命令受理。『未開惑星保護条約により、強制排除に入る』……エルク型輸送機第一から第二、現地上空に展開―
「戦闘開始。現地住民の保護を優先し排除」
―命令受理―
短い返答の直後、ずんどうな形の輸送機から無数の機兵が飛び降りていく。
着地の衝撃を柔らかくするためのバーニアを噴出しながら着地した歩兵ユニット達はレーザーブレードを抜き放つと、人間からすれば巨大な怪物に見えるそれに斬りかかっていく。
傍から見れば正義の巨大ロボット対巨大怪物だろう。
腹を裂きでろりと出てくる被害者達をそのままに、歩兵ユニットはエリケルノの首を刎ねていく。
「御覧ください! 渋谷を襲う怪物達を今日も謎の人型兵器達が倒していきます! 一体どこの国の兵器なのでしょうか!?」
ブンブンと飛び回るマスコミのヘリは、正直物凄く危ない。
空兵ユニットの近くに飛んできてマイクを向けようとする命知らずまで……あ、今日もいる。
「よろしいですか!? 貴方がたは自衛隊が秘密裏に保有する部隊ではないかという政府関係者の話もありますが、それは事実でしょうか!?」
誰だよ、その政府関係者。幾ら日本でも人型兵器は保有してないよ、たぶん。
「……ツクヨミ。カスタム警告文。パターン、マスコミ向け」
―命令受理。『作戦行動に支障が出ます。離れてください。我々は当地域の如何なる組織にも所属していません。それ以上の接近は敵対行動と見做され、撃墜が選択肢に入ります』―
慌てたようにヘリが離れていくけど、レポーターがまだ何か叫んでいる。
お仕事熱心だね。
―報告。全てのエリケルノを排除完了しました―
「うん。じゃあいつも通りに処理を」
―命令受理。エリケルノの全ての細胞を滅却処理します―
歩兵ユニットの持つバズーカみたいな武器から光が発射され、べとべとの被害者の人たちの、そのべとべとや……エリケルノの死体を魔法みたいに消していく。
宇宙連盟の持つ、隠蔽処理用の技術だ。
―処理完了。それと、現地マスコミのヘリが最接近してきます―
「すぐに撤退。マスコミは無視して」
―命令受理―
歩兵ユニットがバーニアを噴かして輸送機へと乗り込んでいき、空兵ユニットがマスコミのヘリが近づかないようにその周囲を警戒する。
こうしないと、乗り込んで来ようとする馬鹿が以前居たのだ。
パラシュートつけて飛び降りようとするとかアホじゃないだろうか。
「待ってください、コメントを! あの怪物について答えてください!」
「遺伝子実験の失敗を秘密裏に処理しているという噂が!」
宇宙人よりも、そっちの方が現実的なんだろうか?
どちらにせよ、答える事は何もない。
輸送機と空兵ユニットを大気圏離脱させれば、ヘリは追ってこられない。
ロケットでも持ってれば別かもだけど、そこまで根性見せたマスコミは今のところ居ない。
「また我々の問いかけを無視し逃亡した謎の軍隊ですが、専門家によるとアメリカで研究されていた某計画に酷似する部分があり……」
インターネット上でも、実況が凄い。
あの逃げていた中でも特に緊張感のなかった奴の撮った写真がネットに上がったり、その正体について熱心かつ無責任に議論している。
でもまあ、宇宙人っていう単語が出てくるだけ真実に近かったりする。
……まあ、真実かというと少しばかり違うんだけど。
―報告。全ユニット帰還。メンテナンスに入ります―
「任せる」
―命令受理―
指令席に深く腰掛け、私は溜息をつく。
地球のテレビ、インターネット。そういうものは私も見れる。
でも、私から何かを発信することは出来ない。
その全てはツクヨミに検閲されているし、さっきのような形でしか送れないからだ。
言ってみれば、見るだけの一方通信。地球上の全ての通信が記録されていたとしても引っかからない謎技術。
だから、私が話せる相手はこの無機質なツクヨミだけ。
冗談も言わなければ雑談もしない、そんな電子頭脳。
地球のテレビをつけてみれば、今回の件を大々的に放送している。
どの国の番組だろうと翻訳機能で見れるけど、私が気になるのはやっぱり日本の番組。
ワイドショーにしてみると、コメンテーターが色々と言っている。
「ええ、宇宙人という意見も確かにあります。しかし彼等が宇宙から来たという物的証拠が何処にもないんです!」
ないだろうね。ステルスしてるし。地球の技術で観測できるわけがない。
ついでに言うと、宇宙人の兵器だと宣言する権限も私にはない。
何処の国の秘密兵器だとか色々と言っている番組を消してネットの巨大掲示板を見てみると、巨大ロボのパイロットを名乗る奴が出現していたりする。
試しに発信元を追ってみると、どっかの会社のビルだった。
……いいのかな、今の時間って仕事中のような。
―提案。疲労が見られます。医療ポッドでの治療を推奨します―
「提案を検討する。しばらく放っておいて」
―命令受理。五分間、観察モードで待機します―
融通のきかないツクヨミに溜息をついても、きっと意にも介さない。
そんな機微があるのかは分からないけど。
「……寂しい、な」
―提案。精神安定プログラムの……―
「放っておいてって言ったでしょ」
―命令受理―
何が精神安定プログラムだ。あんなもの、ただの誤魔化しじゃないか。
私を地球に返してくれた方が、よほど精神の安定に繋がる。
……そんな事を許可するとは、思っても居ないけど。
私が帰れるのは、地球に侵略者の類が来ない期間が五年続くか……あるいは、地球保護の為の仕組みが改定されて私を必要としなくなるか。それしかない。それまで私は、この宇宙基地に閉じ込め続けられる。
宇宙連盟とかいうクソみたいな宇宙人の組織に拉致されて地球を守る、そんな人柱。
それが私に与えられた役割。
もう何百年も続いているという、誰も知らないこの役割に据えられた中で。
運悪く侵略者が発生する事態に遭遇してしまった、「帰れなくなってしまった」初の地球人。
そう、私は……独りぼっちの地球防衛軍。
私が狂うか、全てが終わるまで……この場所で、地球を守らなければいけない。