天使の要求とスースー
戦闘が終わった後は、教室に残っていた生徒も自由に帰宅する。
部活動を再開する者、こちらを興味本位で観察する者、関係ないと我先にと帰宅する者。
まさにこの学園の自由をあらわしていると言えよう。
戦いにて重傷だったアリエルは、タイミング良く戻ってきたラファエルによって治療された。
物理的なケガよりも、ラファエルに要求された物による精神的ダメージのほうが大きかったことは、アリエルにしか分からないことだろう。
ちなみに、その様子を見ていたミカエルは、無言でラファエルの能力を使い自身を治していた。
そうして、グラウンドにいたメンバーは校長室へと移動する。
移動する際に、アリエルの動きがどこかぎこちなかったが、それを気にするのはアリエルとその様子をニヤニヤと見守るラファエルのみであった。
「……まずはお疲れ様だったな。君たちも座りたまえ」
「ふぅ……私の負けです。やられちゃった」
「あら? 途中までしか知らないけど、あなた本気じゃなかったでしょ?」
「いえ……途中から調子に乗ってしまって……」
「あらぁー」
それだけでラファエルは察したらしい。
どうやら、ミカエルには普段からそういった部分があったようだ。
「アリエルは座らないのか?」
「あ、あたしはいいわ……スカートだし……」
「あんなに空を飛び回って今更だろ? 見えていないとでも思っていたのか」
「ばっ! てことは、全校生徒も……」
「見ていただろうな」
その言葉に、アリエルは床に手をついてうなだれる。
今はその見られたものがないとはいえ、全校生徒の記憶は消せない。
いや、アリエルには消すことができる。
「なら明日……全生徒が集まった時に校舎を能力で巻き込んで……そのまま洗濯してしまえば……」
「おい、なにブツブツ言ってるんだ?」
「どうやったら全校生徒を洗濯できるか考えているのよ。邪魔しないでくれる?」
「そんな物騒なこと考えるな! 第一、それならミカエルに頼めば良いだろうが!」
「え、私ですか? ……っんん!」
自分は関係ないとばかりに、モシャモシャとお茶菓子を食べていたミカエルだったが、急に名前を出されたせいで喉に食べ物を詰まらせる。
すぐさまラファエルが救出するも、何を要求したかまではアリエルには聞こえなかった。
ただ、ミカエルの顔が瞬く間に赤面したことには、ルシファーもアリエルもすぐに気づいた。
「では、ミカエル。改めて伝える……お前の負けだ」
「はい……まさか、能力を封じてもあんな方法があるとは」
「これであたしの勝利よ!」
「完敗です……洗濯板とは、恐れ入りました」
「ちょ! 誰の胸が洗濯板ですって!」
いくら同じ能力を使えたり無効化できるミカエルも、その自身の体型までは弄ろうとはしなかった。
女性なら、誰もが羨むような完成された美。
女性になる際に細かな部分まで設定した苦労もあってか、自分自身に絶対的な自信を持っていた。
しかし、ミカエルの敗因はそこにあった。
それが原因で……貧相な身体に秘められた能力に気づかないとは、思ってもいなかっただろう。
「まあまあ。では、ミカエルは今日からここの生徒だ。何か異論は?」
「約束ですからね……しかし、私も天界を預かる身。しばらく時間を置いてからではダメですかね?」
「しょうがないな……じゃあそうするか」
「ちょ! 何勝手に決めてるのよ、このシスコン! 全校生徒の記憶はどうなるのっ!」
アリエルにとっては、ミカエルが学園に通うかどうかなどは関係ない。
しかし、全校生徒の記憶となると別だ。
先程はミカエルに書き換えてもらうという予定だったが、もしそれが出来ないとなると……アリエルの、全校に対して『ドラム式トルネード』が現実味を帯びてくる。
「あー……ま、いいだろ」
「良くない! 乙女のピンチなの!」
「あらあら、いいじゃない。もう、見せるものも……ないんだからっ」
「ひゃあっ!」
そういって、ラファエルが軽くアリエルのお尻を触る。
それだけでアリエルは飛び上がりそうになってしまった。
「……お前、もしかして」
「っぅ! ばかっ!」
アリエルはいつものようにドロップキックをお見舞い……しようとして思いとどまり、そのままツカツカと退室していく。
その様子を、これまたニヤニヤしながら追いかけているラファエル。
校長室には、兄弟である二人が残された。
「……天界は、お前がいなくなっても大丈夫なのか?」
「大丈夫……じゃ、ないでしょうね」
「なら、無理はしなくても……」
「いえ、私がここに居たいの。お願い、私もここの生徒にして」
その言葉に、ルシファーは自分の行ないが無駄ではなかったと思えた。
かつては思想の違いから仲違いした二人。ルシファーにとっては、ミカエルが女性になったことイコール神の巫女として認識していたのだ。
その神の巫女……ミカエルが地上に、いやルシファーの元へ来てくれる。
誰にも教えていない、ルシファーの野望に一歩近づいた気がした。
「では、落ち着いたらまた来てくれ」
「わかりました。それでは、また近いうちに」
「ああ、またな」
天界へと帰っていくミカエルを見送るルシファーだったが、その顔が笑みに溢れていたと知る者は……いなかった。
三人称は難しいですね。
期間が空くので一旦完結にしますが、第二部も書きたいですね。
しかし、他が落ち着いてからにします。