天使の鬼ごっこ
いくらアリエルが洗剤能力者だとしても、全天使の能力を使用できるミカエルに敵うはずもない。
よって、それは戦闘というよりも、ある種の蹂躙であった。
「あなたには、永遠の苦しみをっ! 『数千の串』!」
「くっ、初っ端からメタトロンさんの能力なんてっ!」
お互いに空中を飛び回ってはいるが、防戦一方のアリエルに対して、ミカエルは容赦なく攻撃を撃ち続ける。
自身の数十メートル先に槍を何本も突き立てる能力。
そのメタトロンの能力は軍勢を相手にこそ真価を発揮するが、この戦闘でも逃げ場がなくなる点では厄介であった。
「逃げても逃げてもっ……キリがないじゃない!」
「では、攻撃してきたらどうですか?」
そう言うと、ミカエルはわざと攻撃をやめてみせる。
罠かもしれないが、このチャンスを逃すアリエルではない。
防戦一方ではあったが、ようやく反撃できるタイミングができた。
「お望み通りにしてあげる! 『ドラム式トルネード』!」
「そうです! 待ってましたよ! 『浄化の炎』!」
「内側からじゃ意味ない……えっ!」
アリエルが能力を発動し、確かにミカエルを閉じ込めたはずだった。
しかし、ミカエルを閉じ込めた次の瞬間、発動していた『浄化の炎』がミカエルを標的に……いや、ミカエルを閉じ込めた『ドラム式トルネード』の元へ向かっていったのだ。
それにより、アリエルの能力も無効化されてしまう。
「あなたは言いましたよね……内側からでは、と。なら、外側から解除したら良いんですよ」
「まさか……自分を対象に能力を発動しているとはね」
アリエルも、まさかそんな手があるとは思っていなかったのか戦闘中にも関わらずに呆然としてしまう。
しかし、ミカエルはそれに気がついても行動を起こす様子はなかった。
「どうです? あなたの能力も私には効きません。まだ続けますか?」
「……当たり前じゃない!」
「そうですか。そうでしょうね! でもないと、彼らの仇が取れません!」
余裕綽々といった感じのミカエルは、どうやら徹底的にアリエルを叩きのめすつもりらしい。
その事がわかっていても、アリエルに諦めるという選択肢はない。
絶対に諦めない。可能性さえあれば勝てる……それが、洗濯天使のアリエルなのだから。
ミカエルはメタトロンの能力をやめ、次は追尾性能のついた光弾でアリエルを追い詰める。
まさにティンダロスの猟犬といった能力は、アズライールの能力だ。
死を告げる天使の『ホーミングバレット』は、対象にヒットするまで永遠に置い続ける。
何度も放たれたそれは、数発をアリエルに当てた今でも鬼ごっこを続けていた。
「ほらほらほらぁ! 何時まで逃げていられますかね!」
「くっ……この悪魔っ……キャァァァアア!」
アリエルが少しミカエルに視線を向けたとき、それまで紙一重で避けれていた光弾が一つヒットする。
そしてヒットした隙を狙い、次々と遅れてやってくる光弾がアリエルを襲う。
それこそ、地面に落ちたアリエルに対しても容赦なく。
全ての追尾光弾がヒットした後、そこには服までボロボロになった一人の天使が倒れていた。
「……さて、そろそろ諦めますか?」
「………………………」
「気絶でもしたのですかね? 兄さん、この場合は……」
「アリエルが諦めるまで続けろ」
「……わかりました」
目の前で繰り広げられた光景に、生徒たちの中には「もうやめて!」と泣き叫ぶ者もいたくらいだ。
しかし、校長であるルシファーは、アリエルが諦めない限り、勝利の可能性は失われていないと信じていた。
「アリエルさん、まだやりますか?」
「………………………」
「聞こえませんか? あなたに勝ち目は、ありません」
いくら待ってもアリエルからの反応がないので、ミカエルは耳元まで近づきそう囁く。
これで絶望したかと思ったミカエルだったが、勝利を確信して油断をしたその瞬間。
伏せていたはずのアリエルが驚異的な速さで起き上がると、そのままガバッと押し倒された。
「……つかまえたわよ」
「くっ、離しなさい!」
抵抗することにより、なんとかマウントポジションを取ったミカエルだが、逃げようとするもアリエルがホールドしたまま離さない。
真上にいる分、ミカエルが有利なこの状況。
しかしアリエルの表情は、まるで女神のような微笑みに満ちていた。
「何も洗濯は……『ドラム式トルネード』の中でしかできないわけじゃないのよ?」
「ま、まさか……っ!」
「くらいなさい! これが私流の『洗濯』よ!」
そういって、アリエルは自分の胸にゴシゴシとミカエルの頭を擦り付ける。
通常の洗濯は、回転により汚れを落とすたたき洗いだ。
アリエルの能力『ドラム式トルネード』もその一種と言える。
しかし、今回アリエルがとった方法は押し洗いだ。
アリエルは自身の胸へ押し付けることによって、ミカエルには絶対にできないであろう押し洗いを実現させたのだ!
「うぁ……くっ……痛っ……痛い痛い痛い!」
「これでっ……キレイにっ……なりなさい!」
傍から見ると、ただアリエルが自分の胸を押し付けているだけだ。
しかし、やられている本人にとっては、現在進行形で過去を洗濯されている……つまり、この時点でアリエルの勝利は確定した。
「勝負あり、だな」
そう宣言したルシファーの言葉によって、大天使と下級天使による戦い……または、抱擁は終了した。