天使の偽造パス
放課後。
グラウンドには、既に待機していたミカエルと、審判者であるルシファー……そして、治療要員であるラファエルがいた。
「……待たせたわね」
「いえ、私もいま来たところですよ」
「おや? 暇だからって二時間も前からそこに……」
「兄さんは黙って!」
顔を真赤にして起こるミカエルと、それをニヤニヤと見つめるラファエル。
校舎からほぼ全校の生徒が様子を伺っているというのに、この三人に関してはいつも通りらしい。
その様子にアリエルは半分呆れながらも、これからの戦いを思って気を引き締める。
「じゃあ、早速やろうじゃない」
「私が戦う前に、貴方と戦いたいと言う者がいます」
戦闘態勢だったアリエルだが、その言葉に少し拍子抜けする。
よく観察すると、そもそもミカエルに至ってはすぐに戦うような素振りを見せていなかった。
「フッ……まずは疲労させてってこと? 上等じゃない!」
「この子に勝てないようなら、私が相手をする必要もないので。来なさい! ザドキエル!」
「ラグエルとゾフィエルの仇……今こそ!」
その言葉と共に空から降ってきたのは、どこかで見たことのあるような天使だった。
それこそ、この学園に通う悪魔のような。
「……あなた、もしかしてアザゼル?」
「それは仮の名だ。我の本来の姿は、このミカエル様に使える天使! 我が名はザドキエル! 学園のスパイとは我のことだ!」
「ザラキエル……いえ、ザドキエル? 何か即死しそうな名前ね」
学園のスパイだと言われたところで、アリエルに興味はない。
むしろ重要なのは、アザゼルとしてこの学園に通っていたという事実の方だ。
「ミカエルさんに確認なんだけど、いいかしら?」
「ええ、何でしょうか?」
「彼を倒せば、戦ってくれるのよね?」
「勿論です。ただ彼は、もしかすると私よりも強い副神で……」
「本当にアザゼルかどうか確認したいから、彼の生徒手帳を見せて」
「……いいでしょう。ザドキエル!」
ミカエルにはどうしてこの場で生徒手帳を要求するか分からなかったが、その行動の意味に気づいた人物は二人いた。
校長のルシファーはもちろん、保険医であるラファエルまでもがアリエルの行動に納得する。
しかし、その反応に気がつかない当事者たちは、疑いもせずにアリエルへと生徒手帳を渡してしまう。
「……ふーん。本当みたいね」
「それがどうかしたの? スパイなんて珍しいものでもないでしょ?」
「納得したなら、返してもらおうか……もっとも、正体をバラした我にはもう不要な物だがな」
「なら、あたしが必要にしてあげるわ! 『ドラム式トルネード』! 対象は……この生徒手帳よ!」
「「なっ!!」」
ザドキエルとミカエルが気づいたときには既に遅し。
アリエルの手にあった生徒手帳は、同じく手のひらサイズで現れたドラム式の洗濯槽に放り込まれた後であった。
こうなったからには、誰も干渉することができない……内側からは、だが。
「ひ、卑怯ですよ! こうなったらウリエルの能力で!」
「え? ちょっ、待ちなさい! 今止めたら……」
「待ちません! 『浄化の炎』! あの能力を消し去りなさい!」
今はザドキエルとの試合だったはずだが、なぜかアリエルの能力とミカエルの能力がぶつかり合う。
一番割りを食っているのは空気のザドキエルだが、アリエルの能力が中途半端で終わったことにより、そちらにも変化が現れていた。
「くっ、どうせ不要な物とはいえ、ミカエル様の手を煩わせることになるとは……改めて、我が名はアザゼル! いざ、勝負……ん?」
「ザドキエル、どうしました?」
「我の名前はアザゼル……ザドキエルなんて名前では……いやしかし、堕天使である我が学園にいるのは当然……いや、悪魔なのか?」
「え、ザド……キエル?」
「あちゃー……これはあたしも予想外だわ」
まさか能力が中止されるとは思わなかったアリエルも、この状況には頭を抱えたくなった。
アリエルが行なったのは、生徒手帳の情報を書き換え、アザゼルという生徒しか存在しなかったことにする『洗濯』だ。
この学園に通っていたなら、当然生徒手帳も所持している。
そして、そこには偽でも悪魔アザゼルという情報が書かれている。
なら、アリエルの洗剤能力によって、その情報を本物にしてしまえば良い。
そうなれば、ザドキエルという存在がなくなり、代わりにアザゼルという本物が現れる。
しかし、ミカエルによりその書き換えが中止されたため、本人にとっても不完全な状態で終了してしまった。
そう、どちらにも成れず、どちらでもある存在。それが今のザドキエル……いや、アザゼルという存在だ。
「どういうことですか! あなた、私のザドキエルに何をしたんですか!」
「あたしはただ洗濯をしただけよ」
「それだけでこんな状態になるわけが……っ!」
「まあまあ、落ち着きなさいな」
いまだ興奮状態のミカエルを抑えたのは、傍観者であったラファエルであった。
正確に事情を把握できていないミカエルよりは、治療医でもある彼女に任せたほうが場も丸く収まる。
校長はどうしているのかとアリエルが視線を向けると、成り行きを面白そうに見守っている姿が目に映った。
「彼は私が預かるから、ね?」
「でも! この天使はザドキエルをこんな風にしてっ!」
「アリエルちゃんは止めたわよぉ? 制止を振り切ったのは誰?」
「うっ……私です」
「それに、怒りなら戦闘でぶつけなさいな。元々その予定だったでしょ?」
「……ラファエルがそういうなら」
なんとかミカエルの怒りは収まったようだが、こちらに対する敵対心が更に上昇した気がするのは気のせいだろうか。
アリエルは校長に助けを求めるも、ルシファーは面白そうに傍観するだけだ。
唯一の良心であったラファエルも、ザドキエルを保健室へ運びに行った為この場にはいない。
よって、目の前にいる大天使からの怒りをもろに受けながら、アリエルは対峙することになった。
「……私に仕えていた三人の仇、今こそ!」
「あなたに恨みはないけど……あたしも本気でいくわ!」
「こうして、校長であるルシファーを賭けた、戦いの火蓋が切って落とされた」
「ちょ、変なナレーション入れないでよ!」
ルシファーによる冗談はともかく、仕切り直しの合図によって戦いが宣言されたのであった。