放課後
「 麗 !一緒に帰ろうぜ!」
帰りの挨拶を任せれ、少し緊張した僕は、緊張から解放され、手をぶらーとさせ、机に頬をつけて目をつぶっていた。
「遥か?」
「俺以外に誰がお前と帰ろうって言う奴がいるんだよ」
「まるで友達のいない奴みたいな言い方しやがって」
「いやいや、実際そうだろ」
「まぁ、そうだけど、高校では、もう少し友達が増えるよ。多分」
「ハイハイ、それはいいから、さっさと帰ろうぜ!そんな寝たフリみたいなことしてないでさー」
遥が僕の体を揺らす。正直、もう少し休ませて欲しい。でも、遥は早く帰りたいらしい。ひとりで帰ればいいはずだが、きっと遥のことだから、僕のことを心配でもしてくれているんだろう。
「わかった、わかった。帰るから!揺らすのとりあえずやめて。」
大抵の場合こんな状況の時に先に折れるのは僕の方だ。今回も、僕が先に折れた。僕は、重い体を起こして、席を立つ。教室には、まだ、何人か残っていた。今日は、二時前には終わったから新しいクラスメイト達は直ぐに帰るものだと思っていたから意外だった。
「麗、早くかーえろ」
「それ、もういいから」
「いやー、麗のことだからさ、やっぱりまだ帰らないとか言いそうだし」
「僕そんなめんどくさいことしないんだけど」
「本当は分かってるよ」
こんな、会話するのは、カップルくらいだろうと思う。周りからどんな風に見られてるのだろうか。少なくとも、遥はカッコイイからそこまで変なことをしなければ何をしても、変な印象は持たれないだろうけど、僕はカッコイイ訳でもないし、暗いから、きっと、変なイメージを持たれてしまう。だからな僕は遥のこういう類の絡みは素っ気なく返す。
残っていた、ほかの人達にどんな風に思われていたのか気になりはしたけど、僕は、遥と教室を出た。
「そういえば、明日から、合宿だろう。」
「そうだね、なんか、大変らしいけど。」
「集団行動から、あいさつがめんどくさいらしい。とにかく、一日目の午前中はそれだけで終わるらしいからね。しかも、終わったら終わったでずーっと勉強らしいし」
廊下を歩いているからだろうか、それとも、学校の先生にこの話を聞かれたらマズいからだろうか、僕と遥の声は自然と小声になる。
この高校は、入学式の翌日から三日間、合宿がある。さっき、ホームルームの最後に言っていた、新入生交流合宿のことだ。先輩達はみんな“勉強合宿”なんて呼んでいるらしい。どこで聞いたかまでは覚えていないが、友達のほとんどいない僕でさえ、この名前を知っている。
「生きて帰って来れるかなー」
「あいさつして死にはしないでしょ。それより、明日の準備しないと」
「なんで、しおり渡すの今日なんだろね。明日が合宿って言うのにさー」
「見たところ、持ち物、そんなになかったから、なんじゃないかな」
「まぁ、修学旅行じゃないから、荷物が増えるってことはないか」
いつの間にか、昇降口まで来ていた。僕らは靴を履いて外へ出る。朝は、優しい陽射しだったけど今は、太陽が眩しいくらいだ。それでも、春らしい暖かさに外の世界は包まれている。僕らは、その陽射しの中を歩いて行く。
正門まで歩いたところで、遥が口を開いた。
「まさか、麗がバスケ部入るって言うとは思わなかったなー。あんなに、バスケはもうしないって言ってたのに」
「僕も驚いたよ。あんなこと、言うつもりなかったんだから!本当はバスケ部でしたで済ませようとしたんだけど、つい」
「そういえば、俺の隣の席の子、めっちゃ可愛いよね!しかも、首席だし。この学校、結構頭いい方だから、あの人相当頭いいよ。この学校より上を目指せるレベル」
「たしかに、可愛いかった。しかも、バスケ部のマネージャーになるって言うとは思わなかったなー。」
「それな!あんな可愛い子がマネージャーだったら入部希望者増えそうだけど」
「春川さんがマネージャーだからって、バスケを一から始める人なんてそうそういないと思うけど。遥とのレベル差を春川さんに見られるだけじゃん」
「まぁ、俺は上手いけど、あれあれ、麗君が、女の子の名前を覚えてるー。これってもしかしてー」
「違うわ!今まで友達が少なかったから、せめて、学年トップの人の名前くらいわと思っただけだから!」
「そんなに、ムキにならなくても大丈夫。俺と彼女は友達にはなれてもそれ以上の関係にはなれないよ。きっと…」
「なんでそんなの分かるの?」
「いやー、なんか、今日少し話してみて可愛いけど、どこか手に出しにくい感じがするんだよね。彼女は僕には手に届かない、理想の人であるべきなんだよ。多分」
「ごめん、何言ってんのかよくわからないんだけど…」
遥は時々、自分の世界に入ると、意味の分からないことを言い出す。あくまでも僕にとってだけど。
「麗って誰かを好きになったりしないの?」
「そもそも女子と話なんてほとんどしたことないからね。だから、多分ない」
「へぇー、九年間共学で人を好きになったことがない人っているもんなだねー」
「そりゃ、いるでしょ。人を好きになったことのない人の一人や二人」
僕は遥に嘘をついてしまった。本当は一度だけ、異性を好きになったことがあった。