入学式
僕らは、無言で、体育館まで歩いていた。
僕の左隣を歩くのは僕が少し気になっていたあの女の子と一緒にいた人だった。前には、チャラチャラした雰囲気の男子、後ろには、体格のいい男子が歩いている。僕は、その間に挟まれ、前の人の足下を見ながら歩き続ける。
体育館まではそんなに長くないはずだが、今の僕には、体育館までが、とても長く感じる。この歩いてる時間は僕にとっては苦痛でしかなかった。
(早くこの苦しみから解放されたい。)
ただ、それだけだった。
僕はこの苦しみを和らげようと、
(僕の周りの人は僕をどう思っているんだろう。)
そんなことを考えながら、歩いた。
きっと、周りの人は、僕のことを、変な目で見ているんだろう。あの女の子も僕のことを、おかしな目で見ているのだろうか。
さっき、教室で四月の悪魔はいなくなったと思ったが、どうやら勘違いだったみたいだ。
一人でそんなくだらないことを考えていると、いつの間にか、体育館の入り口の近くまできた。
そして、前の人のが足を止めた。
「これから、入学式が始まるのでお静かにお願いします」
先生が体育館と学校を繋ぐ廊下で、俺たちに小さめの声で言った。
僕は、廊下を窓から、外の世界を眺めていた。
青く澄んだ海のような空を鳥が自由に飛んでいる。 暖かい春の風に揺れる花が見えた。
しかし、この窓から見える桜の木には、まだ、花が咲いていない。桜の木の周りだけ、寒い冬のように見えるくらい、花も咲いていなかった。まるで、教室に入るまでの僕を見ているようだった。
廊下で待機してから十分くらいたっただろうか、体育館の中から
「新入生、入場」
という司会の先生の声が聞こえた。
そして、それと同時に、吹奏楽部の演奏が始まり、体育館から拍手が聞こえる。そして、僕ら一年生が並ぶ列が少しずつ動き始めた。
ついに、僕が入場する番がきた。僕は、隣の女の子を横目で見ながら、横がきちんとそろうように歩いた。校長先生や、来賓の人たちの前を通る。僕は、彼らの視線を感じながら、前を歩くチャラチャラした男子の背中を見ながら歩く。
自分の席の場所に来る頃には、汗をかいていた。
そして、先生が、僕達に座るように合図を送った。
席に着い僕たちは、他の四クラスの入場が完了するのを、待ち続けた。
入学式が始まると、教室で先生に言われた通りに起立したり、着席したり、礼をしたり。まるで、遠隔操作でもされてるロボットのようだ。
入学式はどんどん進み、入学者の点呼が始まった。
(いちいち、名前なんて呼ばなくてもいいのに…)
僕はそんなことを思いながも、
「相模原麗」
と担任の奈々《ひな》先生に自分の名前が呼ばれると、一応返事をして立ち上がった。
そして、男子最後の遥の名前が呼ばれた時、僕は気がついた。
(これって、あの子の名前を知るチャンス!)
そう思って、僕は、彼女の教室の座席から、彼女が最後に呼ばれることがわかった。幸運なことに、彼女の前の席の人は、僕と同じ学校から来た人で名前を知っていた。
彼女の前の席の子が呼ばれた。
僕は、耳に神経を集中させた。
「七星千聖」 先生は彼女の名前を言った。
「はい!」
僕は、彼女の声を初めて聞いた。
(なんて、優しい声なんだろ)
僕は彼女の容姿だけでなく、声にまで惹かれた。
「以上、男子二十名、女子二十名、計四十名」
先生はそう言って、僕らのクラスの点呼が終わった。
しかし、僕らは、最後のクラスが終わるまでに立ち続けないといけなかった。
しかし、今の僕には、それは苦では無かった。
彼女の名前を知ることが出来た。ただ、それだけでとても嬉しかった。だが、嬉しさと同時に、それは突然、頭によぎった。
(僕は、やっぱり彼女を知ってる。)
だが、肝心のいつ、どこで彼女と知り合ったのかそれが思い出せなかった。
気がつくと、最後の六組のクラスの人の名前が呼び終わり、六組の先生がクラスの男子、女子の人数、合計人数を言い終わろうとしていた。そして最後に
「合計、男子百二十名、女子百二十名、合計二百四十名。一同、礼!」
と言った。
僕は礼の合図に合わせお辞儀をした。
「着席」
また、僕たちは、ロボットのように着席の合図で席につく。
その後、長い校長先生の話、PTA会長の話、教育委員会の話が終わっていく。正直、彼らがなんと言ったのかなんて少しも覚えていない。
そんなつまらない入学式に突如として、その時は訪れた。
「新入生代表の言葉。一年二組七星千聖」
なんと彼女の名前が呼ばれたのだ。しかも、新入生代表の言葉という、学校に成績トップで入学した人が任される役割で。
そして、僕の後ろの方から
「はい!」
と言う彼女の声が、僕がさっき惹かれたあの声が聞こえた。
彼女は長い髪を揺らしながら、ステージに上がり、校長先生の前まで行くと、お辞儀をして、新入生代表の言葉を述べ始めた。
「暖かな春の風に誘われ、桜の蕾が開き始めた今日のよき日、私たち二百四十名は、無事、伝統のある、宮城県鷹の沢高校に入学することができました。
高校入学という、義務教育から解放され、自分で選んだ道へ進むという第一歩は、希望に満ち溢れていて、それと同時に、不安もある第一歩だと思います。
義務教育からの解放は、自分で道を決めることができるようになりますが、同時に、自分の選択に責任を持たなくてはいけなくなると思います。
私は、それにとても不安を感じていますが、自分で選んだ道を良いものにしようという気持ちでもあります。
高校での三年間。それは、あっという間に過ぎていってしまうと思います。だからこそ、私たちは新たな仲間と共に、一日、一日を大切にしながら、精一杯悔いの残らないように三年間、卒業までを過ごしたいと思います。
最後になりますが、本日、私たち新入生のために、このような素晴らしい式を催してくださり、ありがとうございました。
校長先生を初め、諸先生方、先輩方、まだまだ私たちは未熟ではありますが、温かいご指導下さいますようお願い申し上げます。
平成二十八年、四月七日、生徒代表、七星千聖」
彼女の話す一言、一言に自信に満ち溢れていることがあることが伝わってきた。
彼女は一通り読み終わると、お辞儀をした。すると、会場全体から拍手が起こる。彼女は拍手が収まると、ステージ上から降りて自分の席へ戻った。
そして、司会の先生は彼女が座るのを確認すると、体育館にいるすべての人を立たせた。
「校歌斉唱」
司会の先生がそう言うと、ピアノの伴奏が始まった。
僕ら新入生は歌えなかったが先輩たちの歌う声が体育に響く。僕は、その迫力に圧倒された。
校歌が終わると、司会の先生は会場のすべての人を座らせ、教頭先生が、入学式の閉会を告げた。
「新入生退場」
その言葉と同時に初めと同じように、吹奏楽部の演奏が始まり、拍手の音が体育館を包む。最初入場した時は何も感じなかったが、今となると、この演奏、拍手が僕たちの門出を祝うかのように感じた。
僕らは、吹奏楽部の演奏と拍手に背中を押され、体育館を後にする。