第六話 兎〜船頭濃霧〜
おひさしぶりというか、お待たせいたしました。兎担当の帽子屋黒兎です。
リレー形式の面白いところは、物語が、こちらの予想の遥か彼方斜め上に跳躍した上で回ってくることでしょう。一般的には、これを無茶振りと言います
「……これですか、難破船ってやつは」
時間は夜、見張りを眠らせていまわたし達は漂着した船の残骸を見ている。
「これは、軍艦かな?」
五十葉は砲の残骸を見ながら呟いているけれど
「違うよ」
わたしは砲門の隣の壊れた木箱を見ながら答える
「これは商船だよ。誠旗の商船だねー、他の国じゃ、大砲に黒色火薬なんて使わないよ」
「でも、なんで商船だと思うんですか?」
「それはほら、そこの木箱の中に入ってるの、胡椒と砂糖だし、これさ、人力じゃない船ならいらないよね」
そう言ってわたしが引っ張ったのは、鎖につながった首輪だ。
「奴隷用の首輪だねー、もとは奴隷商船ってことかなー?」
「奴隷、ですか。あまりいいイメージはありませんね」
まぁ、歴史に残る奴隷ってやつは基本重労働だから、中にはハローワーク的な奴隷制っていうのもあったのかもしれないけど。
「あぁ、そういえばヒガンさん、聞きました? 幽霊船の話」
「ゆーれーせん?」
「あの話〜?」
白帆はどこかで聞いていたようだ。夜になると出没するという幽霊船の話を。
「どう思いますか?」
聞き方からすると、白帆は怪しく思ってるようだ
「だって、目撃情報が的確過ぎませんか? 幽霊船って、海に浮かんでるんですよね? なら、船が見えたという話ならともかく、乗組員の状態までわかっているのは不自然です」
「あ、そっかー、うーん、じゃぁ、嘘なのかな?」
「うんにゃ、来たみたいだよ」
話をしているうちにあたりには夜霧でも朝霧でもない、不気味な霧が立ち込めていた。
「これは……ッ! 転移術式確認!二人とも、離れないでくださいよ!」
「わかった!」
「あいよ合点承知!」
霧は渦巻き、三人をどこかへ誘って行く。
ギシギシと、板張りの足場が軋む音がする。
「これは……どうやら、実在したようですね、幽霊船」
「そうだねー、幻術とかの反応もないし、本物だよ、これ」
幻術については専門家と言ってもいい五十葉の言葉なら、それは紛れもなく事実なのだろう。
「本当に幽霊っているんですね……」
「あれ、はぐはぐ、おどろくとこそこなんだ」
わたしは意外そうに首を傾げる
「だって、幽霊ですよ? 普通実在するとは思わないじゃないですか」
「妖怪がいるのに?」
白帆は言葉を詰まらせた。
なぜなら、妖怪と幽霊は、少なくとも彼のもといた世界では同一のものである。有名なのは、お皿を数えるのお岩さんだろうか。
「でもでもひーちゃん、妖怪と幽霊は違うよ? だって、幽霊は死んじゃってるじゃない。 私たち、死者の面倒までは見られないよ」
そう、五十葉の言う通り、この世界では、妖怪と幽霊では異常性が違う。わかりやすくいえばそれは、生者と死者の差だ。
「ま、そう言うことだね〜。本当にたまにしか、会話のできる幽霊なんていないしね」
「なんだ、驚かさないでくださいよ」
白帆はほっと胸をなでおろす。
「あははー、ごめんね〜っと、何かくるよ」
「ゆーれーかな?」
「そうなのでは……?」
私たちの視線の先にある、船室の朽ちた扉を開けて、甲板に出て来たのは、ぼろぼろの服を着た、左半身のなくなったナニカだった。
「うぇい!」
「ほーぅ」
「にゃひゃっ!」
どうやら、わたしたちの中にまともな悲鳴をあげる奴はいないらしい。
「ゆ、ゆゆ、ユーレーっていうよりあれ屍鬼じゃないの!?」
「あ、屍鬼っていうのは要するにアンデット、特にグールとかゾンビのことね」
「誰に向かって話してるのか知りませんけど呑気に解説してる暇がありますか! 五十葉さん!操作できそうですか!」
「無理そうだねー、というかくーちゃん、あの脳みそが機能してなさそうなヤツに自我とか意識とかあると思う?」
「いいえ全く」
「なら聞かないでよねー、うー、仕方ない、これ使うかー」
そういって、五十葉は懐から鉄扇を取り出した
「まぁ、効果のない幻術よりはマシでしょうけれど……」
「ことはちっちゃいからね〜。間合いが狭いよね〜」
ちっちゃいからのあたりから頬を膨らませ始めた五十葉は、鉄扇を持ったままわたしをポカポカ叩き始めた。わたしは笑いながらも鉄扇を手に持った鞘で受け流し続ける
「はぐはぐと比べたら?」
「あれはくーちゃんが高すぎるだけなんだよ!細いし!このもやし!女の子になっちゃえ!」
「え!こっちにまで振りますか!?」
わたしたちが騒いでいるうちに扉の向こうから屍鬼が溢れるように出てくる
「あ〜、かこまれそうだね〜」
「くーちゃんが騒ぐから〜」
「私のせいですか!?」
やいのやいのと騒いでいるが、緊張感がないわけではない。それぞれ、臨戦態勢にはすでに入っている……はずだ。
どうにも、わたしには白帆の言う龍脈というのを感じることができないので、無手の白帆は、ぱっと見たときに無防備なのではないかと思ってしまう。
と、ここで問題が発覚する。
「すいません……龍脈との接続が悪いです……」
「んな電波みたいなものなの!?龍脈って!」
「火と土はほとんど使えませんね……風と水ならなんとかなるんですけど、あと、船を転覆させるような術は使えないと思います」
白帆から魔力があまり感じられないはずだ。実際に、いつもの白帆よりは全然足りないってことなんだから。
「わかった! 一旦安全地帯を作る!二人は足止めお願い!」
そういうとわたしは何も無いように見える鞘から伸びる。伸びているはずの柄を握る。
「汝、神聖なりしモノ、その輝き、その清浄さを持って、我ら神の子を守り給え。汝、十文字を刻みて来れ! 抜刀・十文字斬り村正!」
そして抜き放ち、甲板へと突き立てる。すると、刀を中心として半径5メートルほどの球形の結界が張られた。
「あ、結界ですか? それなら任せてくだされば……」
「いーんだよ、はぐはぐ。この結界、原理は簡単なのに使える人は基本あんまりいないから」
「はぁ、そうですか……?」
白帆は不思議そうに結界を見ている。彼の扱える結界とは違い、壁のような反発がないのが気になるのだろう。それに比べて、五十葉の反応はとてもわかりやすかった。
「ひーちゃん! なにこれなにこれ! あの屍鬼たちがこの中に入ると消えてくんだけど!おもしろーい!」
「『浄化の結界』ですか!? なら、たしかにこの場合適切ですけど……。ヒガンさん、あの刀? あれ、なんなんですか?」
白帆が指差すのは、結界の中心に突き立った、刀というよりも、十字架と言った方がはるかに早い、わたしの剣の一振りだ。
「あれ? 銘は『十文字斬り村正』、効果は浄化、結界の生成、拠点生成用の試験作だから、こんな使い方しかできないし、攻撃には鈍器にしかならないやつだね。だから、刀としては失敗作だって言ってた。ちなみに、浄化っていうのは、自我のない、死者なんかの穢れの塊を強制的に昇天させることね」
「いやだから誰に話してるんですか。まぁ、あれもヒガンさんのコレクションの一つってことですか」
「そうなるね〜、でさ「二人ともー、私お腹減ったよー?お腹が減ったんだよー!」ありゃりゃ、すっかり順応しちゃってまぁ」
「ははは、じゃぁ、軽く夜食でもつまみながら作戦会議と行きますか」
そう言った白帆は、十文字斬りの近くで小さな火を灯した。
「いや、夜食って言っても干し肉とかしかないんじゃなかったっけ?」
そう言いつつ、私もその小さな火とそれを照り返す十字のもとへと向かった
夜は開けず、その上で霧の中ともなれば、視覚と嗅覚は役に立ちません。場所も朽ちた船上ですから、双方人型であればなかなかに面倒。現状はまさしく五里霧中、そのうえに敵までいるとなると、安全な陣の作成は迅速に行うべきかと存じます。
ちなみに、この状態で次の人に回すことを「無茶振り」と言います。




