わたくしの妹は世界で一番愛らしい
邸の主人の誕生会に大忙しの邸の中にあってティオはまったく別のことに意識を向けていた。
例年であればそろそろ仕掛けてくるだろう頃合である。
いや、むしろ遅いくらいだ。
先程の約束事に白けた目を向けてくる主人をスルーしながら彼は思った。
彼女は本当にわかっているのだろうか、いや分かっていないなこの顔は。
馬鹿正直である我が主人は言葉の裏に他の意味があることを理解していないし、言わんとする本質を掴む能力が皆無だ。なぜなら馬鹿正直だから。
そう、彼女には直接どストレートに言うしかないのだ。そうだった。
公爵令嬢のくせに警戒心のかけらも持たないルファリアの存在ははルファリア本人と従者を含む公爵家の罪である。
正直こんなお粗末な対人能力ではドロドロの貴族社会を生き抜いていけるとは思えないが、いつか誰かがどうにかしないと彼女はずっとこのぬくぬくの温室の中で罪悪感を抱えながら飼い殺されていくのみだ。
この何にも考えていないような顔を見ていると無性にはたきたくなるが、僅かにほんの僅かに残った従者としての矜持がなんとかそれを押しとどめる。
「お嬢様、つまり掻い摘んで言うとですね、」
ガチャリとゆっくりドアノブが回るのを認めティオはルファリアの耳元に顔を寄せて続きを息を吐くように囁いた。
「ルフィお姉様、ごきげんよう。
まあ、なんてパッとしないお顔をしているの。
このわたくしの姉だとはとても思えない華のなさだわ」
ルファリアの翡翠色が見開かれたのと彼女の妹が部屋に入ってきたのはほとんど同時だった。
明るい茶色の巻き毛をふわりと揺らしながらフリーディアは自信に満ちた笑みを浮かべる。
アーモンド型の瞳がきらりと光った。
「フリーディア、ごきげんよう。
昨夜はせっかくのおめでたい席に御免なさい。
改めておめでとう。本当に嬉しいわ」
「あら、わたくしは気にしていなくってよ。
まあ…そうでしょうね。わたくしがお姉様の分までクランツヴェルグ家に貢献してみせるから、お姉様はご安心なさって?
今朝も殿下がわざわざわたくしの為にご自分で馬を駆って会いに来てくださったのよ?
以前はお姉様が婚約者候補として有力だったみたいだけれど、そんな事一度だってあったかしら?」
「まあ、なんて頼もしいのフリーディア。貴女がいてくれればクランツヴェルグ家は安泰だわ。
お父様にとって最高のお誕生日プレゼントね。
今までわたくしがお二人の愛の邪魔をしてしまっていたのね。
本当に酷いことをしたわ。御免なさい」
眉を下げたルファリアがそう言うとフリーディアは笑みを深めた。
従者が例の蔑んだような呆れたような顔で主人を見ている一方で当のルファリアはこっそり胸を撫で下ろしていた。
幼い頃から知っている王子のアルフレッドと己の妹フリーディアが思い合っているというのは、実は今彼女の発言で知ったばかりだ。
同い年のルファリアでさえお世辞にも仲がいいとは言えない挨拶と軽い世間話をするくらいの関係のアルフレッドとフリーディアが話をしているところすら見たことはないが、ルファリアと違い人気者で社交も軽やかにこなすフリーディアのことだ。
ルファリアに気を使ってバレないよう愛を育んでいたのかもしれない。
そうだとすると、ルファリアの存在は目の上のたんこぶだったことだろう。
この少し我儘で気が強いところがあるが快活で朗らかな妹に罪悪感を抱かせてこそこそとさせてしまっていたと思うと胸が痛んだが、それと同時にこの婚約が理由のあるものらしくて安心していた。
もしかしたら本当に自分が嫌で仕方がなかったわけではないのかもしれない。
ティオの言う通りルファリアの思い違いだったのだろうか。そうだと嬉しい。
愛し合う2人はなるべくして婚約したらしかった。
フリーディアの満足そうな春の満開の花達も霞むほどの愛らしい笑顔をみてルファリアはそう思った。
「アリシアお姉様ならまだしも、ルフィお姉様のような方が王族になれるなんてあり得ないわ。
クランツヴェルグ家一の美少女で聡明なわたくしこそ相応しい。
ルフィお姉様はどこぞの農夫にでも嫁いで田舎暮らしをしたらいいわ」
アーモンド型の瞳がゆっくりと細められる。
顎を上げたフリーディアはふふんと自慢げにそう言った。
「ええ、それもいいかもしれないわね。」
わたくしの妹はなんて可愛いのかしら。
こうして少し強がるところも本当に愛らしい。
本当に天使だわ。
でも、とルファリアは思った。
そうだとするならばティオの言うように男子のいないクランツヴェルグ家は誰が継ぐのだろうか。
アリシアはすでに侯爵夫人であるし、ファリス侯爵は一人息子である。
その時には誰か優秀な人を養子に取るか、もしかしたらアルフレッドは第二王子であるし婿養子に入ってクランツヴェルグ家を継いでくれるかもしれない。
この素晴らしい妹を愛してくれている王子なら充分にあり得る。
そうなると2人の関係を反対するものもいるかもしれないけれど、自分は絶対に2人の味方でいようと
フリーディアの心からの笑顔を溢れさせながらそう決意していた。
先程ティオに耳元で囁かれた
〝フリーディアお嬢様にはくれぐれもご注意を〟
という言葉など彼女はすっかり忘れていた。
そもそも意味が分からなかったのだが。