わたくしって確か公爵家の令嬢だったような気がするのだけれど
「おはようございます。ルフィお嬢様。
朝食をお持ちいたしました。」
コンコンコンと歯切れ良くノックの音がした後、ティオのいつも通りの淡々とした台詞が続く。
「どうぞ」
バサバサと響くドア越しの音とくぐもったような主人の声にティオは眉をひそめた。
普段だったらベッドに大人しく腰掛けているはずのルファリアがまた何かやらかしているのかとこっそりため息をついた。
毎日吐くため息の量なら誰にも負けない自信がある。
こんなにため息をついては来世の来世の来世の来世くらいまでの幸せを逃し切ってしまっているのではないか。
「失礼いたします」
「おはよう、ティオ!ごめんなさい布の量が多すぎて、ここをどうすれば良いのかがいまいち分からないの。
手伝っていただける?」
「………お嬢様、今度はいったいなにを?」
「あ、ええと、いつも貴方や侍女に任せきりでは1人立ちした時に生きていけないと思ったの。
だから、まずは身の回りの事くらい自分で出来るようにと思って……ねえ、ティオ、これどうしたらいいのかしら。」
バッサバッサと暴れる布の塊の中からくぐもった主人の声がする現実にもう一度ため息をついた。
フリルとレースがどうやったらそんな風に絡まりあうのかもはや態ととしか思いようがない状態のルファリアはふがふがと鼻を鳴らしながらようやく鼻と目を布の山から突き出した。
これはルファリアなりのボケなのだろうか。
早朝から布やフリルや変な位置にあるコルセットを体に巻きつけて、ため息ばかりついている自分を笑わせようとしてくれているのだろうか。
そうだとしたら朝早くから涙ぐましい無駄な努力をする主人に感謝の言葉の一つでも捧げたいところではある。
それとも、手の込んだ嫌がらせなのか。
こんなにめんどくさく複雑に絡まりあった主人を気を遣いながら解くことから1日を始めろと言うことか。
ただでさえ性格も生活能力も一癖も二癖もある彼女の世話係で少ないとは言えない業務内容だというのに、更に時間に追われろということか。
昨夜あんな暴言を吐きまくったことへの報復か。
割と真剣に悩んだが、彼女の性格を良く知るティオは否と答えを出す。
むしろ、これが意図的なことならばどれだけ良かったことか。
くしゃくしゃの髪を縺れさせながら、おかしいわ。朝メイドのレイラに着方を教わったのにどうしてこうなるの。とか宣う主人はいつでもどんな時でも真剣なのだ。
馬鹿真面目に素直でしかし変なところで捻じ曲がっている。
「…ああ、めんどくさい…」
「え?ティオ、なあに?聞こえなかったわ」
「いいえ、なんでもありません。」
ニコリ、またしても昨日の夜に見せたあの何故だか背筋が凍りつくような笑みを浮かべたティオにルファリアははっと息を飲んだ。
紛れもなく彼は怒っている。
彼女なりに昨日彼に言われたことを反芻して反芻して考えて考えて反芻した挙句、いつまでも受身ではいけないどうにか変わろうと努力した結果のことであったのだが彼女の従者の表情を見るに彼の望んでいた結果ではなかったことだけは明らかである。
考えに考えすぎてよく分からなくなった末に選択した道が悉くおかしな方向に向かっていることに彼女は未だ気付かない。
無言で冷気を放つティオに絡まった服達を引き剥がされようやく全身の形が分かるようになったルファリアは彼の顔色を伺いながらびくびくと震えるただの無能な少女であった。
「いいですか、お嬢様。
お願いですから、余計なことと無駄な努力はやめてください。
私の仕事が山のようにどんどん、どんどん増えていくだけですので」
おかしな付け方のコルセットをひっぺがされ下着一歩手前の薄着にまで剥かれたルファリアは淡々と薄紫色のドレスを着せ付けられながらガクガクと激しく首を縦にふる。
なんだかものすごく失礼な事を言われているような気もするが、経験上おとなしくしていた方がいいと思える。
下着同然の姿を未婚の妙齢の女性がしかも公爵令嬢が、従者の男の前で晒している状況など2人ともおかまいなしである。
他人に見られたら卒倒されるような状況であるが当の本人達は気にしたことがない。
「お返事は?ルファリアお嬢様」
「はいっ!」
「よろしい。服の着方は私が教えます。メイドに一度聞いたくらいで要領の悪いお嬢様がしたこともない事をできるとは思えません。
そもそももし万が一…億が一、いや京が一、街に出たり1人立ちすることがあったとしても貴族…ましてや公爵家のようなこんな見栄と無駄をかき集めたようなびらびらの豪奢な服を着る訳がないでしょう。
はっきり言って無駄です。
分からないことがあれば、私が根絶丁寧に教えてさしあげます。」
「…よ、要領の悪い…?」
「ああ、失礼。間違えました。要領も頭もお悪いお嬢様」
………悪化した。
おかしい、なんだか昨日から従者の言動がおかしい気がする。
確かに小さい頃からずっと一緒で主従というよりは兄妹のように育ったわけであるが、こんなに失礼なことを連発していただろうか。
あと目つきが怖い。鳶色の瞳がなんだか蔑むような目つきをしている気がする。
「お嬢様、お返事」
「はいっ!」
公爵令嬢のささやかな疑問は従者のピシャリとした言葉にあっという間にかき消されたのだった。