とんでもない悪魔に弱みを握られたのかもしれない…
「まあ、何はともあれ殿下の望みは叶ったではないですか。
感謝されればこそ、そうやって眉を釣り上げて目を血走らせながら激怒される謂れはありませんわ。」
「どこがだ!」
「殿下はルファリアお姉様とお近付きになりたかったのでしょう?
婚約者の姉ですわ。婚姻が結ばれた暁にはなんと、家族!よろしかったですわね」
「しばくぞ!」
まあ!なんて汚いお言葉遣い!わたくしでは口にすることさえ憚られますわ。
そういいながらニヤニヤ笑いを隠そうともしないフリーディアはふと思った。
先程から汚い言葉遣いを連発するこの王子様はどこでそんな聞いたこともないような言葉を覚えてくるんだろう、と。
「とにかく!俺はお前と婚約も結婚もしない。お前のような悪魔に頼んだ俺が愚かだった。
婚約発表をせざるおえなくなるまでにどうにかして破棄してやる。
それまで絶対にこのことは他言無用だ。」
フリーディア・クランツヴェルグは気分が良くて仕方がなかった。
フリーディアには絶対に譲れない愛を捧げる相手がこの世で1人だけいるのだが、目の前で顔を真っ赤にして憤慨する彼のことも割と気に入っていた。
気にいるといっても別に彼自身が好きなわけではなく、いつもはまさに凛々しく気品がある王子様然とした彼が付き合いの長いフリーディアの前では気を抜いているのか大きな猫が剥がれ落ちた上にどこまでもぶっ飛んでいき、どこぞのチンピラのような安っぽい人間に成り下がるその様を見るのが好きなのだ。
彼女の愛犬エリザベッタの前に大好物を置いてひたすらお預けをした挙句、届かない場所に餌を移動させた時のエリザベッタのあのなんとも言えない表情の次くらいには好きだ。
この残念な王子様を次はどうからかってやろうかと思うだけで笑いが止まらない。
「分かりましたわ。わたくしの旦那様
婚約発表は王国一盛大で華やかなものにしましょう」
「誰がお前の旦那などになるものか!俺はそろそろ城に戻る。公爵に挨拶に行くからお前も来い。」
フリーディアにこれだけの暴言の限りを尽くしておきながら腐っても王族のアルフレッド、さすがに最低限のマナーは心得ている。
眉を釣り上げたままそういってずんずんと温室を出て行くアルフレッドにフリーディアは一歩たりとも動かぬままライムグリーンをゆっくりと細めた。
「誰に命令をしているんです?アルフレッド殿下。
あら、まさかルファリアお姉様の可愛い可愛い親愛なる妹のわたくしに?
あらあら、そんな、本当に?だって、ねえ…そんなわけないですわよね、アルフレッド殿下。
ああ、そういえば、お姉様ったらわたくしの言う事でしたら何でも信じてしまうのですわ。
とっても愚かですわよね。まあ、それだけわたくしを信頼してくださっているのでしょうね」
「………公爵閣下へ挨拶に行く、ので、ご一緒願えないでしょうか。フリーディア嬢」
顔を真っ赤にしてしばらくふるふる震えたのちぎこちなく片膝をついてフリーディアを見上げたアルフレッドに彼女は満面の笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんですわ。アルフレッド殿下」
絵面だけみれば美麗な騎士が美しい少女に膝をつくようなまるで絵画の一部のようなその光景である。
アルフレッドの眉間のシワさえなければ美しい2人の仲睦まじい様子に、何も知らない者はうっとりする事間違いなしだ。
王子を跪かせ大満足のフリーディアに対し、まんまとマセガキの思うがままにコロコロ転がされたアルフレッドはあの失礼な従者カロンを5人集めても足りない程の猛烈な屈辱に襲われていた。
この女ともし結婚なんかしてしまったら、いろいろなものを残さず絞り尽くされて惨めな生活に陥る事だろう。
新しいおもちゃを見つけた子供のように爛々と輝くライムグリーンと、恐ろしい程美しい非の打ち所のない少女の微笑みに鳥肌を立たせながらアルフレッドは戦慄した。
いったいなにをどうすればあの人の良い公爵夫妻からこんなモンスターが誕生してくるのか不思議でならない。