顔だけの王子なんてわたくしの掌で転がっていればいいのですわ
ルファリアの従者の名前とルファリアの愛称が酷似している気がする…気のせいか、いややっぱり紛らわしい、と思い勝手ながら
フィル→ティオに変更させていただきました。
「……」
「………」
クランツヴェルグ公爵と自分の従者を邸の玄関前に置いて来たアルフレッドは、フリーディアの白魚のような手をとり、さながら王子様のように微笑んで夜明けのまだ薄暗い庭園を無言で歩いていた。
対するフリーディアもアーモンド型のライムグリーンに王子の後ろ姿を映しながら黙って続く。
何も知らない者がはたから見ればなんと美しい美男美女の初々しい逢瀬だろうとため息をつくこと請け合いだ。
薔薇の垣根が囲む温室の中に入るとアルフレッドはくるりと振り向き手を振りほどいた。
あら、とフリーディアは片手で口元を隠して微笑む。
しかし、その実、2人の関係はこうである。
「…おい、フリーディア俺は昨日の夕方に父上からこう聞いた。
俺とフリーディア・クランツヴェルグの婚約が決まったと。
それを聞いた時の俺の気持ちがわかるか?」
「ほほほ、ええ。想像に容易いですわ。
泣いて喜ばれたのでしょうね。
この王家に勝らずとも劣らないクランツヴェルグ公爵家の姉妹一聡明で人形のような美少女と名高いわたくしとの婚約ですもの」
「そんな訳があるかっ!聡明?どこがだ!ずる賢いだけではないか!このクソマセガキ」
「あらあら、空耳かしら。
まさかおよそこの国の第二王子ともあろうお方、あの冷静にして冷徹、第一王子に引けを取らない程に優秀だとお噂のアルフレッド・ヴァン・ラグリム殿下とは思えな粗野なお言葉が聞こえた気がいたしましたわ。
冗談はその粗暴な中身に似合わない自分が美男だと分かりきったような恥ずかしい王子様ヘアだけにしてほしいわ。」
「…お、まえ…!」
普通ならば不敬罪で斬首は免れない失言にアルフレッドは眉を釣り上げた。
そこは14歳にして数々の男を手玉に取っているらしいフリーディア・クランツヴェルグ。
その肝は座りきったというよりももはや根付いているかのようで、恐れることなくにっこりと微笑む。
落ち着け、こんな安い挑発に乗っている場合ではない。
これでは掌でこのませた無駄に頭の良い子供にコロコロコロコロと転がり躍らされるだけである。
ふぅーと短く息をついたアルフレッドは恥ずかしい王子様ヘアと呼ばれたサラサラの黒髪をくしゃくしゃと乱暴にまぜた。
これのどこが恥ずかしいんだ。そもそもストレートなのはもともとであるし、前髪を横に流して後ろに伸びる長いストレートの髪を赤いベロアのリボンで纏めているだけである。
ええい、落ち着け。いつものごとくこれでは奴のペースだ。
「フリーディア、俺はお前の姉に近づけるよう協力して欲しいと頼んだだけだったな。
外には出てこないしどんな食事会にもパーティーにも顔を見せないどころか茶会さえも出ないと聞く幻の令嬢扱いのお前の姉だ。
巷では美形揃いのクランツヴェルグ公爵家が表に出すのも躊躇われるような無能な醜女だと専ら噂になっているお前の姉のことだ。
覚えているか?」
「ええ、もちろん。それにそのお話は何度も聞きましたわ」
「よし、それなのに何故、なにがどうなればお前と俺が婚約するんだ?
もともとそのままであれば彼女と自然と婚約の流れであったのに、何故だ。
聞けばこの俺とお前が思い合っているかららしいな?
どういう事だ。お前のことなど1秒足りとも思った事がないぞ!」
「酷いですわ…。アルフレッド様。
あの言葉は偽りだったのですね……。わたくし、こんなにアルフレッド様のことを………。」
「下手な芝居は止めろ」
「チッ」
ハラハラと涙を流して切ない表情をするフリーディアをばっさりと切ると途端に涙がひっこみ。表情がなくなる。
ガラス玉のようなライムグリーンがすっとアルフレッドを見据えた。
……え、今この女舌打ちしなかったか?
公爵令嬢のくせに舌打ちしなかったか?…まさかな?ははは
目を丸くするアルフレッドにフリーディアは花が咲くようにふわりと微笑む。