王子様の堪忍袋は爆発寸前です
アルフレッド・ヴァン・ラグリムは怒っていた。
正確にいうと腹わたが煮えくり返っていた。
春休み中で割とゆっくりできる時間があると言うのに昨晩はろくに眠れず、痺れを切らして朝の4時に煩い執事やら侍女やらを振り切って強引に馬を駆り、城を飛び出すくらいには冷静さを欠いていた。
執事やら侍女やらにクランツヴェルグ家に行くと伝えると何やら納得した顔をされて外出を許されたことにも何だか腹が立ったし、いつの間にやら隣を走っている従者のカロン・マスキュリーの涼しい顔にもイラッとした。
クランツヴェルグ公爵が城に出仕していることもあり比較的城から近いところにタウンハウスを構える邸だとしても、王子である自分を1人で行かせるわけにはいかないのは分かる。
分かっているのに意味もなくイラッとした。
やめろその生暖かい目で俺を見るな…!
自分はこんなにキレやすい堪え性の無い安っぽい人間だったのだろうか。
…いや、違う筈だ。
落ち着け落ち着け、品性のかけらもないぞ。
まさか顔が見れるとは思ってはいないがこんな粗雑な顔で会うわけにはいかない。もしものこともあるし…
そうやって自分を宥めることに必死になっているうちにいつの間にかクランツヴェルグ邸に到着していた。
まあ、つまり何が言いたいかと言うと、こんなに怒りたくなるほど今の状況はアルフレッドにとって都合が悪いのだ。
しかも、なかなか状況が悪く下手に動けなくなっている。
あのクソガキめ…とまさしく品性のかけらもない事を考えながら邸の応答を待つ。
こんな早朝に失礼だとは思っているのだが、これでも待った方である。
隣でニヤニヤと笑うカロンにやっと抑えつけた苛立ちがぶり帰りそうだ。
「まあ、アルフレッド殿下。ごきげんよう。
こんな朝早くからわたくしに逢いに来てくださったのですね。」
「お早うございます。アルフレッド殿下
こんな時間からいったいどうされましたか?」
「……お早うございます。クランツヴェルグ公
早朝の突然の訪問、大変申し訳ございません。
どうしてもお話したいことがあり、こんなお時間に押しかけてしまいました。
お早う、フリーディア嬢。すぐにでも君に逢いたくてついつい馬を走らせてしまった。
こんな朝早くから申し訳ない事をしたね。
少し話せるか?2人で。
大切な話があるんだ。とても大切な。
御令嬢をお借りしても?」
「ああ、もちろんです。殿下。フリーディアはもう殿下の婚約者であるのですし」
「あはは、クランツヴェルグ公、まだ父と貴方の口約束程度にすぎないと聞き及んでおります。
婚約発表を公に行うまでは正式なものではありません。
そうですよね、フリーディア嬢」
「ええ、そうですわ。早く皆様にお披露目してさしあげたいわ。」
「く、クランツヴェルグ公!まだフリーディア嬢はお若い、まだ発表してしまうには早すぎます。
私はこれでも王族の末席をいただいている身でありますし、何か良からぬことを企むものに巻き込まれてしまってはいけません。
婚約のことはは今しばらくご内密にしていただきたい。
彼女の為にも…」
アルフレッドのこれでもかと言うほどのきらきらスマイルに、カロン・マスキュリーはついに吹き出してしまった。
この国の第二王子であり優秀で眉目秀麗で常に冷静だと噂されるアルフレッドの慌てふためきようと言ったら。
どこが冷静なんだか。
怪訝そうにこちらを向いた高貴な御三方ににカロンは慌てて失礼、と言うと咳払いをしてどうにかやり過ごした。
なんやかんやとクランツヴェルグ公爵に婚約を内密にさせることに成功した当の主人は目の端をピクピク痙攣させながら男性的な魅力があり、彫刻のような完璧な美しさと評される笑顔で、しかし射殺さんばかりにこちらを凝視していた。
王家に伝わるアメジストの瞳がギラギラと好戦的な色をしている。
公爵のそばに立つ人形のように美しいクランツヴェルグ家の末娘に王族なのにいいようにコロコロと転がされている彼の心境を考えたら、今にも額の血管がブチ切れそうな表情も理解できると言うものだ。
にしたってうちの王子様面白すぎる。
彼はクランツヴェルグ家と絡むと本当に化けの皮が剥がれるというか、王子様然としたものがすっかり抜け落ちてしまうというか、つまり、物凄く面白いのだ。
世間のアルフレッド殿下像と彼の内面にかなり乖離がある自分の主人の大層ご立腹な表情にまた吹き出しそうになるのを必死で堪えて背筋を伸ばした。