王宮
来た時 → 着いた時 (2018/1/18)
起こし → お越し (2018/1/19)
誤字修正 (2018/3/25)
「お二人とも、落ち着いてますね。僕なんて呼び出されるので緊張して、その上呼ばれてるのが王宮ですからね。しかも、こんな豪華な馬車でなんて……」
「慣れてる、とまでは言わないけど一度経験してるからな。呼ばれてるってのは事実上の命令みたいなものだし。どうせ、断れないんだから緊張するだけ無駄だろ」
「そうだぞ。後な、呼ばれるってのは面倒事が一緒だぞ。たぶん」
「お二人とも、凄いですね。王宮に呼ばれてるのに、面倒だなんて」
「いや、実際のところ面倒だろ。それに、俺達ってこの国の生まれじゃないから、王宮って言われても何が凄いのか分からないんだよな」
「お二人はそうなんでしょうけど、僕はそうじゃないんで緊張しかないですよ」
確かにルークの顔色が悪い。座り心地の良い深く沈みこむ椅子なのに、身体がそれを拒否してる様で姿勢が良く手足は固まっている。しかも、俺達に仲間にする事を断られた時よりも落ち込んでる、と言うか絶望か?
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。呼び出したとは言え、王はただ会って話したいだけだと仰ってましたから」
俺達が乗ってる馬車は、組合で手紙を読んで直ぐに到着した。組合から出て行く頃合いを見計らった様に横付けされた。まあ、手紙で会いたいって言われてるのに迎えがないのは変だけどね。で、馬車だけなんて事はあるはずもなく、案内する人がいた。
この人はアッチャ族なのかな? 特徴が背は低いって事くらいしか分からないから、判断出来ないな。外見は茶の縮れ短髪で、口ひげはなく顎ひげだけ。着てる物は恐らく上等な物で、全身黒で中に白を着込んでいる。
「今回呼ばれたのって王様だったんですか?」
「はい、そうです」
「呼ばれたのは主にアローニさんですよね? 僕はまだ仲間ではないので、降りても良いですか?」
「何言ってるんだよ。仲間にする為に組合に行ったんだろ? だから、お前はもう仲間じゃないか。そんなお前を置いて行くなんて出来るか?」
「絶対に面白がってるでしょ!? 王様と会うなんて考えもしなかったですし、見た事もないんですよ? 普通の国民なら一生見る事も話す事もないはずなんですよ」
「いやいや、面白がってはいないよ。ただ、逆に考えれば普通の国民が経験出来ない事を出来るんだぞ。自慢出来るんじゃないか?」
「そんな訳ないですよ。きっと、緊張しすぎて記憶がなくなりますよ。今だって、口が渇いてるんですから」
「緊張するのは分かります。ですが、呼ばれたのは王です。呼んでおきながら叱責とか罰を与える等はありませんので」
「だ、そうだ。安心だな」
「ちっとも安心じゃないですよ。そもそもどうして手紙がアローニさんに来るんですか? 冒険者の事なんて一々把握してる訳ないでしょうに」
「ああ、それな。ここに着いた時に門の兵士に手紙を渡したんだよ。旅に出る時に、父さんが渡してくれって言ったから。俺は誰に出す手紙なのか内容がどんな感じなのかは知らなかったけどな」
「はあ、そうだったんですか……」
緊張するなって言っても無理だろうし、かといって俺達にはどうする事も出来ない。でも、父さんの知り合いなら話すのは俺が中心になるだろう。だったら、必要以上にルークが話す事はないだろ。
そうこう話している間に、馬車はどんどんと坂を上っていく。組合は山の麓の一番下の町にあって、王宮は一番上にある。そんなに離れている訳じゃないけど、直線じゃなく左右に斜めに上ってるからか結構掛かってる感じだ。まあ、窓はあるけど布が垂れ下がっているから外は見えないんだけどね。だから、外がどうなってるのとかさっぱりだ。
「さあ、着きました。ここからは歩きになります」
「え、もうですか? 馬車は一回も停まらなかったですけど、兵士の確認はないんですか?」
「ありません。そもそも王家の紋章が刻み込まれた馬車を停める事は出来ませんから」
「はあ、そんなもんなんですか」
「それに、兵士には前もって大事なお客様をお連れする事は伝えてありますから」
「はあ」
そんなもん、なのか? もし、中に悪人が乗っていたらとか、敵対種族が乗っていたらとか考えないのかな? まあ、俺がそんな事を心配する必要はないか。
「さむっ」
馬車から降りたら、驚いて一瞬身体を抱きしめてしまった。寒いと言っても、凍える程じゃない。ただ、吐く息が少し白くなっている。雨が降ってるとか陽が出てないって事じゃない。今日は雲一つない陽が良く見える日だ。
「ああ、すいません。外套を用意しておくべきでしたね」
「いえ、これ位なら大丈夫です。ここって下とは随分と違いますけど、いつもこうなんですか?」
「ええ、そうですね。下は裸でも大丈夫なのに、ここでは凍えるなんて事もあります。だから、上にいると慣れてしまうんですよ。本当にすいません」
「いえ、この位」
シバさんは本当に申し訳なさそうに、ペコペコと頭を下げる。一応外套はあるけど、ここでは必要ないだろって事で宿に置いてあるからな。ここがどんな所なのか知らないから、外套なんて考えもしなかったよ。それに、組合から出たら直ぐに馬車に乗せられたから、取りに行く暇なんてなかったんだけどね。
「それにしても、ここって随分高い所だったんですね。雲があんなに近いし、下の町は小さすぎて良く見えない」
「ええ、ここはタルパ連山の一番高い所ですからね。さあ、行きましょうか」
馬車を降りて、上ってきた道や空ばかり見てたけど、シバさんが歩き出した事で初めて前を見た。王宮っていうからどんな凄い建物なのかと思ったけど、泊まってる宿の方が見た目は良い。だけど、何て言うのかな、強そうって印象だ。下の建物は山の中にあるとは言え、大きく抉られていて開放感があった。でも、こっちは本当に山の中で建物が無理やり作ってあるって感じだ。
何しろ、見る限り建材は石、岩のみで、装飾はなし。もちろん、他の色合いはない。窓らしき物も最低限って感じだ。王宮だから、もっと豪華にしても良いと思うんだけど。これなら、ラウンさんのコライの方が立派だった。
「あの、装備品を持ってきちゃったんですけど、王様と会うのに危なくないですか?」
「そうですね、王と会う前に装備品は預からせて頂きます。それでも宜しいですか?」
「はい。と言うか、そうして頂ける方がありがたいです」
「ルーク、そんなに心配か?」
「武器を持って王様に会うのが落ち着かないです。僕が何かをするって事はないんですけどね」
「ふーん、考えすぎじゃないのか?」
「考えすぎって……。お二人が考えなさすぎなんですよ。国民なら誰でもこうなると思いますけど」
「ふーん、そんなもんか」
王宮の通路を歩いていると、ルークからこんな事が出て来た。不安、心配と言うよりも緊張からか? 馬車の中でも顔色が悪かったのに、今はそれに手足がガチガチに固まって歩きがぎこちない。王族に会うって言うのはそこまでなのか? 俺達で例えると族長、じゃないな。精霊長様、か? 今でこそ、キューカって呼んでるけど、契約する前は緊張して……なかったな。契約する時は緊張してたけど、それまでは自分には関係がないから考えられなかったな。
「それではこちらの部屋で王に会って頂きますので、装備品は私が預かっておきます」
幾つかの通路、階段を上り目的の部屋の前までやってきた。ここに来るまでに何人か見掛けたけど少ない。王宮って人がいないのかな。それとも、人に会わない様に進んだのかな。まあ、それは俺には分からないか。俺達は言われた様に装備品をシバさんに渡していく。それを部屋の前で待機していた別の人と分担して持っている。三人分あるのに、上手い事持てている。
「王は後ほどお越しになりますので、中で寛いでお待ち下さい」
「はい、分かりました」
そう言われて部屋の中に入る。中は外とは違い全て石や岩という訳ではなく、木の椅子だったり卓がある。四隅には植物もあり、派手さはないけど清潔感がある。色合いも土色だけじゃなく、緑もあって目に優しい。じゃあ、椅子に座って待ってますか。
「おお、馬車のも柔らかかったけど、こっちはもっと柔らかいぞ。身体がどこまでも沈み込む」
「おお、本当だ。何でこんなに柔らかいんだろ。何使えばこんなに柔らかい椅子になるんだ?」
「さあ? 中に入ってるのは干草じゃないよな。何だろ」
「お二人とも、気楽で良いですね。僕なんて……」
「ルーク、お前まだそんな事言ってるのか? ここまで来ちゃったんだから、覚悟を決めろよ」
「そんな簡単に覚悟なんか決まりませんよ。それに、もし何かしてしまったらと思うと」
「何かって。それに手紙を出したのは俺だぞ? だから話す相手は俺になると思うから、ルークはそこで聞いてるだけで良いと思うぞ」
「はあ、そうなる様に祈っておきます」
幾ら父さんと知り合いだとは言っても、俺は王の事は知らない。それに、何を話すのかも不明だ。王が会いたいって言うから来ただけで、話す内容は決めてない。それも王が勝手に話すだろう。俺は聞いていてば良いだけだ。まあ、父さんの冒険者時代の事を聞いてみたいから、俺からも話すと思うけどね。
だから、ナックとルークには話はいかないと思うんだよね。ルークは国民だから、何か国民目線の事を聞かれるかもしれないけど。
ま、それも会ってからじゃないと何とも言えないな。
「王がお越しになりました」
部屋で少し寛いでいたら、シバさんの声と共に何人も入ってきた。
「待たせたな」
面倒事じゃなければ良いな。ただの会話で終われば良いな、と。




