王都タルパ 参
「今日はどうする? 直ぐにプロさんの所に行くか?」
「そうだなあ。ここを隅々まで歩き回るなんて、どれだけ掛かるか分からないから、プロさんの所に寄って武器を手入れしたいな」
「ああ、そうだな。じゃあ、手入れにどれだけ掛かるか分からないけど、出たついでに組合に行って依頼を請けようか」
「それが良いな」
昨日は下の町を歩き回った。そこで偶然、良い感じの鍛冶屋に出会った。まだ他の所を覘いてないから、品質とか鍛冶の腕は判断出来ないけどね。だけど、話した感じは良いと思う。まあ、これから行って弓とか剣の状態を見て、何て言うのかで大体は分かると思う。何しろ、俺の弓は精霊樹なんだからな。
あ、この弓の事ナックに言ってなかったんだった。どうしようか。
「(もし気付いて指摘されたら、その時に伝えれば?)」
「(ああ、それで良いか。でもさ、そうするとさ、どうして精霊樹で弓を作れるんだってならないかな?)」
「(当然、そうなるわよね。だから、その時に私と契約したって言えば良いじゃない)」
「(精霊長と契約してるって自慢と言うか、何か変に思われない?)」
「(ちょっと! 私と契約してるのって変なの? 精霊長なんだから名誉だとか光栄だとか思わないわけ!?)」
「(いやいや、そうじゃないよ。そうじゃなくってさ……。今まで話してないのに、ついでみたいに話すのはどうなのかなって)」
「(それはさ、契約した時から言ってるじゃないの。それに、多分気付いてると思うわよ)」
「(そ、そうかな?)」
「(そうよ。前に、精霊術で木を成長させた事あったわよね。その時に驚いてたでしょ、俺には出来ないって。多分、その時に教えられたと思うわよ)」
「(うーん、そうかな)」
「(絶対にそうよ。でも、自分からは言わないと思うわよ。アロから話して欲しいと思うの)」
「(でもなあ)」
「(ついでに話されるのとアロから話すのだと、印象は随分と違うわよ? アロだったらどっちが良いの? それに、記憶の事まで話せとは言ってないわよ)」
あー、そうか。キューカと契約してるって事を話すのは、記憶を引き継いでる事も話す事だと勝手に思い込んでたな。そうだよな、記憶を引き継いでるなんて、想像出来るはずないよな。父さん達は教えられてたから、別だけど。キューカと契約してるのは、今までの事で大体知られてるか。流石に精霊長とは思ってないのかもしれないけど、な。
「(分かったよ、キューカと契約してる事は言うよ。記憶の事は話さないけど)」
「(ええ、それが良いわよ)」
「……なあ、ナック。話があるんだが」
「ん? 急にどうした」
「……いや、飯を喰いながらで良い」
「?? そ、そうか」
どうしたんだ? 別に恥ずかしい事を言う訳じゃないのに、何だか急に恥ずかしくなった。心構えと言うか、準備と言うか、何もしてなかったから、か? うん、大丈夫。飯喰ってる間に何とかしよう。
「で? 話って何だ?」
「いきなりかよ!? 喰いながら話そうと思ったのによお。今座ったとこじゃねえか」
「アロが話があるって言ったんだろ? 気になって飯を喰えねえよ」
「う、うん。じゃあ言うな?」
「ああ」
「あのな、その、俺が持ってる弓なんだがな、その、精霊樹なんだよ」
「おう」
「だからな、その、俺の契約してる精霊何だがな」
「精霊長様なんだろ?」
「うん、それでな……ん?」
今、何て言った? 俺の契約している精霊が精霊長だって分かってる? 分かってるよな? だって、驚いてないしな。
「……知ってたのか?」
「知ってたってのは間違いだな。一緒に旅をして、一緒に狩りをしてて気付いたってのが正しいな」
「いつからだ?」
「んー、最初にあれって思ったのは、契約して森で鍛錬してた時だな」
「そんなに前から!?」
思わず少し大きな声が出てしまった。でも、俺の事を責めないで欲しい。さっきキューカから言われたのは、精霊術を木に使った頃だった。俺もそうだと思ったのに、それよりも前と言うか、契約して直ぐだったとは。思いもしないじゃないか。
「そんなに前からなのか?」
「ああ。だって、小さい頃から一緒に育って精霊と契約したのだって一緒だぞ。それなのに、鍛錬の時に差が広がってたんだぞ。変だなって思うのは当然だろ」
「そ、そうか」
「それで確実と言うか、相当上の精霊と契約してるんだなって感じたのはボスコーを狩った時だな」
「ああ、あの時か」
「だろ? 俺の精霊が言うには、そうだってさ。まああの後、俺は試してはないけどな」
「うーん。でもさ、一緒に狩りをしてても俺だけで狩りをしてるって事はなかっただろ?」
「そりゃあ、俺だって負けたくないから努力はするさ。例えそれが精霊長様と契約しててもな」
「そ、そうか。でも、それでも確実じゃなかったんだろ?」
「まあ、そうだけど。これだけじゃ不満か?」
「不満って訳じゃないけど……」
「まだあるぞ。ペルルに行く途中に群れを討伐した事あったろ? その時も木を巨大に成長させて攻撃までしただろ? あれも驚いたぞ。これは確実だってな。それに、一緒に戦ってた……クローコ族だっけ? あの人達も驚きすぎて、最初は動きが止まってたぞ」
「お、おう」
何だか、悩んでたのが馬鹿になる程に色々とやらかしてたんだな。これで気付かれてないと思ってたのか。そうだよな、俺にキューカがいる様に、ナックにも精霊はいるんだ。ナックには分からない事でも、同じ精霊なら分かるのかもな。
「(ほら、言ったでしょ? 気付いてるって)」
ふふん。と鼻息荒く胸を反らすキューカが思い浮かぶ。思い浮かんだけど、正直にそれを認めるのも何か嫌だな。キューカが嫌いって訳じゃない、もちろん。でも、何だか嫌だな。上手く説明出来ないけど。
「(はいはい、凄い凄い)」
「(ちょっと!? そんな心のこもってない言い方しないでよ!? ……まあ、褒められても困っちゃうけどさ)」
「話はそれだけだろ? 早く喰ってプロさんの所に行こうぜ」
「あ、ああ」
それからは特に話す事もなく、飯を喰い始めた。今日はまだ始まったばかりだけど、もう一仕事終えた感じだよ。精霊長に選ばれたって事は自慢になりそうだったけど、言って良かったな。一緒に旅をしてるんだから、隠し事は出来るだけしない方が良いな。特に精霊とか能力とかは。それに、これからあるか分からないけど、もし精霊長と契約する事になったら打ち明けやすいな。
「プロさーん、いますかー?」
飯を喰ってから直ぐにプロさんの所に来たけど、前と同じで誰もいない。本当にここって鍛冶屋なのかな? いや、鍛冶屋だとしても冒険者と軍には人気がないのかな? 狭いとは言っても、誰かいても良いと思うんだけど……。もしかして、見る目はあっても鍛冶の腕はない、とか?
「なんじゃ! ここにいるわい! 何だ、お前さん達か」
そんなに大声で叫んだつもりはないんだけど、なあ。
「昨日言ってたじゃないですか。だから、持って来ましたよ」
「おお、早いな。じゃあ早速見せてもらうとしようかな」
怒った顔で出て来たと思ったら、俺達だと分かると戻って、武器を持って来たと言ったら揉み手で寄って来て笑顔になった。怖いわ、こんな短い間に顔の変化を見るなんて。
「うーん、こりゃ中々お目にかかれない物じゃな。特にお前さんの」
弓を一通り触って確認してたら、顔を上げて呟いた。はい、そうです。森人族でも精霊樹で弓を作るなんて、そうそうないです。
「分かりますか?」
「正確になんの樹かまでは判らん。じゃが、相当な古木なのは判るし、何より精霊力を良く通す。そんな物がただの木の筈がないじゃろ」
「ええ、まあ」
「で、何の樹なんじゃ?」
「精霊樹です」
「おっほ! こりゃ驚いたな。まさか、この目で拝めるとは思わなかったぞい」
「そんな驚きますか?」
「驚くなって言うのが無理じゃろ。鍛冶屋や武器を扱ってる所なら、一度は使ってみたい素材じゃからな。何しろ見た目じゃ判らんし、直接行っても問答無用で追い返されるだけじゃからな」
「そうなんですか」
「そうじゃよ。そんな物が今目の前にあるんじゃぞ? ワシでも興奮もするわい」
「な、なるほど。それで、強化は出来ますか?」
「これをか!? 扱ってみたいとは思っていたが、これは完成されているからな。下手に手を入れたらワシでも逆に弱くなりそうじゃな」
「そ、そうですか」
まあ、精霊樹を使ってるからな。森人族にとって、いや弓を使う人にとっては最高の素材なんだと思う。他の人に聞いた訳じゃないし、他の素材を知らないけどね。
「じゃが、そうじゃな。弓本体には手を入れられないが、糸なら何とか出来そうじゃな」
「本当ですか?」
「うむ。お前さんは糸で、お前さんは弓の方も改良してみるか」
「ありがとうございます」
「後、剣は拘りがないなら新しいのが言いと思うぞ」
「剣に拘りはないですね。今使ってるのは刃こぼれも少ししてますし、斬れも悪くなってますからね」
「俺も同じです」
「そうか、分かった。ここにあるやるで気になる物を持って行ってくれ。実際に使って良さそうなら、それを買うって事で」
「良いんですか? そんな事して」
「構わん構わん。狩りで使ってみて、使い心地を確かめないと無駄な買い物になるじゃろ。その間に弓の方は仕上げておくから」
「分かりました。じゃあ弓は預けて、依頼を請けに行きますね」
俺の弓自体に強化は出来ないけど、糸ならもしかしたら出来るかもって感じだ。でも、それでも強くなる可能性があるならやるしかないだろ。まあ、剣の方は研ぐよりは買った方が良いって事だしな。




