王都タルパ 弐
「王都、か」
こんな感想が出てきたのは、訳がある。昨日は遠くの山の中に建物があるなあ、って事くらいしか浮かんでこなかった。宿に着いた時には夜だったし、窓から見える景色も明かりがあるとは言え朝や昼の様に何でも照らす訳じゃない。だから、改めて町の様子を見て驚いている。
「山に穴が開いてるなって思ってたけど、こうやって見上げると凄いな。小さい穴で建物が少しだけかと思ったけど、町丸ごと入ってるな」
ナックも同じ事を思ってたみたいだ。これじゃあ山の中に町があるのか、町が山に飲み込まれてるのか分からない程だ。それに、奥行きもかなりある様で、どうして崩れないのか不思議だ。
「驚くばかりじゃなくってさ、町中を回ってみよう」
「ああ、そうだな」
俺達が泊まった宿は一番高い山の中腹にある、クライブって所だ。この更に上にも穴があって、そこにも町と王宮と精霊殿がある。山は一つじゃなくって、幾つも連なっている。それぞれに名があるらしいんだけど、タルパ連山って呼ばれているらしい。
「どこから行こうか」
「これだけ広いからなあ。下から見て、それでここに戻るってのはどうだ? 多分、一日で全部見て回る事なんて出来ないだろ」
「それもそうか。じゃあ、下から行くか。でも、余りここで遊んでいられないぞ。今までの稼ぎがあったから今の宿に泊まれるんだぞ。もし、他の宿が空かなくて暫く王都にいるようなら、金がなくなるぞ」
「ああ、そっちの問題があったかあ。まあ、全部を見て回るまで依頼を請けないって訳じゃないんだから大丈夫だろ」
そうなんだよ。今までの稼ぎがあったからクライブに泊まれたけどさ。もし、なかったらどうするんだ? 野宿でもしろって? 兵士に勧められたけどさ、もしかして騙された? いや、騙されたってのは言いすぎかもしれないけど、高い所から紹介していくのかな。いや、それもなあ。あのクライブって冒険者を泊めたくないって感じだったしなあ。
「うーん、王都だから何かが違うのかと思ったけど、町並みが変わっただけで他は変わりなさそうだな」
「何だろう、コライでも同じ事言ってた気がするぞ」
「いや、あの時はさ、同じ港町だから何か違いがあるかもとは言ったよ。だけどさ、ここは王都なんだぞ? この国の中心なんだからもっと違うのかと思ってたんだよ。何をとは言えないけどさ」
「まあ、その気持ちは分かる。後、違うのは人の多さじゃないか?」
「ああ、だな。もしかしたら今回の在位五十年で多いだけかもしれないしな。それよりも、色んな所を回ってみよう」
そこからはとにかく色んな所を見て回った。食堂、商会、中央広場にと歩き回った。組合はあったけど、その内に行くから今回はどこにあるかだけ見て、寄ってない。道端でも物を売っていたりと、どこも活気に溢れていた。
「せっかく王都に来たんだからさ、装備品を見てみよう」
「ああ、そうだな。何か掘り出し物があるかもな」
組合に行けば、どこの商会が冒険者にとって良いのか教えてくれると思う。思うけど、今は町の様子も知りたいから敢て歩いて探している。それに、下の町なら新人向けの装備が揃ってそうだしね。
「鍛冶屋プロ、か」
外観は木の黒色と土の茶色と石の灰色で、合ってるんだか合ってないんだか良く分からない。分からないけど、何だか強そう。鍛冶屋に強そうってのは変かもしれないけど、そう思える外観だ。
まあ、最初だからどんな所でも良いだろ。まずは王都ではどんな物が売られているのか、どんな物に人気があるのか。それの調査を兼ねているから。
「そう言えば、鍛冶屋って初めてじゃないか?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。武器防具を扱ってる商会はあったけど、鍛冶屋はなかったぞ」
「ふーん、そっか。まあ良いや、まずは入ろう」
木の扉を引いたら音もなく、開いた。ギシだとかカランとか一切鳴らなかった。別に鳴らないと駄目だとかじゃなくて、今までの所が鳴ってたから変だなって思うくらいだ。でも、何かが引っかかる。
「誰もいない、な」
「ああ。好きに見て良いって事か?」
「だろうな。にしても、盗まれるとか考えないのかな」
「さあな。とりあえず見ようぜ」
扉を開けると誰もいなく、武器、防具が壁に飾ってあるだけ。中は狭く、泊まってる宿よりは小さい。小さいけど、泊まってる宿が大きすぎるから比較出来ないけどね。武器は斧と剣、防具は盾と鎧が飾ってある。他は武器じゃないけど農具と、鉱石採取に使う道具? なんかもある。
「今までも色んな武器を見てきたけどさ、弓ってないな」
「だよなあ。でもさ、ペルルでの戦いの時には軍も冒険者にも弓を使ってる人はいたぞ。だから、弓が珍しいって事はないと思うんだけどな」
「ああ、そんな事あったな。そうなると、弓ってどこで調達してるんだ? 自分で作ってるとか?」
「いや、それはないだろ。冒険者は分からないけど、流石に軍は自分では作らないだろ。しらんけど」
「んー、他の冒険者にどんな商会とか鍛冶屋が良いのか聞いとけばなあ」
「確かにな。でもさ、弓があったら買うつもりなのか?」
「いいや。ただ、ないのかなって思っただけだ。でも、強化出来るならしておきたいだろ。それに、弓だけじゃなくって剣も良いのがあったら何か出来ないかなって」
「確かにな。刃こぼれもしてるし、切れ味も悪くなってきてるからなあ」
父さん達はどうしてたって言ってたかな。旅を続けていけば、必ず武器、防具は壊れるだろう。それが依頼の最中だとしたら、命取りになるかもしれない。まあ、弓は精霊樹を使ってるから簡単には壊れないとは思うけど。でも、絶対に壊れないとは言い切れない。だとしたら、新しくするか強化出来るならした方が良いだろ。それに、剣はタルパが一番だって言ってたな。
「ん? 客か?」
部屋の奥から小柄なお爺さんか、おじさんが出てきた。多分、ここの主だろう。外見は肩下まである茶髪に、口ひげ、顎ひげを胸辺りまで蓄えた如何にもなアッチャ族だ。多分、アッチャ族だと思う。グリさんも同じ様な感じだったし。
「何じゃ? 客じゃないのか?」
「客ですよ。何かを買うって決めはいないですけどね」
「ふむ。お前さん達は森人族か?」
「分かるんですか?」
「昔に会った事があるんでな。てことは、弓を使うんじゃな?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、弓を見ていくか?」
「あるんですか?」
「あるには、ある。じゃが、弓ってのは人気がなくてな。剣や槍みたいに一撃で倒せる武器が人気じゃな。それに、弓の場合は矢を補充しないと駄目だから、それも不人気の理由じゃな。弓も他の武器と同じで手を抜いて作ってはないんじゃがな」
「まあ、確かにそうですね。弓で仕留めるって殆どないですからね」
「じゃから見ていかんか?」
「見るのはいいですけど、買わないと思いますよ」
「なんじゃ、そんなに良い物を使っておるのか?」
「ええ、まあ。これでも森人族なんで、弓には拘りたいんですよ」
「それもそうじゃな。でも、見てくれるだけで良いぞ。それに、強化出来るかもしれんしな」
「じゃあ、見るだけ」
それからは見るだけと言いつつも、試し射ちもした。材質も色々で、どこにでもある様な木もあれば樹齢百年を超える古木、宝石をはめ込んだ装飾過多な物もあった。中には身体強化しないと構える事も出来ない物まであった。こうしないと使えないなんて、一体誰を想定しているのやら。それに、糸も切れないんだよ。
「どうじゃ、気に入ったのはあったかの?」
「んー、やっぱり今使ってる物が良いですね。使い慣れてるってのもありますけど」
「ふむ、そうか。じゃあ、それを持ってきてくれんか?」
「どうしてです?」
「いやなに、一体どんな弓を使ってるのか、鍛冶師として興味が沸いてな」
「分かりました。いつ、とは言えませんがここにいる間に持ってきますよ」
「おお、助かる。その時は矢を何本かやるわい」
「本当ですか!? それはありがたいです」
「じゃあ、そういう事で」
「あ、ちょっと待って下さい。剣も試し斬りして良いですか?」
「ナック?」
「さっきも言ったけどさ、剣の調子が悪くなってきてるんだよ。だからさ」
「ああ、なるほどね」
「なんじゃ、そんな事か。良いぞ、好きなだけやってくれて構わんぞ。それに今は客はいないしな」
今度は剣を丸太に向かって試し斬りをした。普通は刃こぼれとかを考えて柔らかい物で試すんだけど、これ位じゃあ大丈夫だと言い張るんで試した。実際、丸太が驚く程に真っ二つになった。今、使ってるのもそうだけど、斬るっていうよりは重さで叩き割るって表現の方が正しいかな。まあ、それでも面白い位に割れる。
材質は弓よりも豊富で、鉱石から出来ているらしいんだけど、握り心地や重さや大きさは様々だった。剣だけじゃなくって、良い機会だからって事で槍や斧も試した。
ふむ。この感じだと武器はタルパが一番ってのは当たってるな。まあ、この鍛冶師が凄いって可能性もあるけどね。でも、武器を買っても良いかなって思える位には凄いかな。ま、他を見てから決めようかな。焦る事はないんだし、焦って悪い物を買っちゃうと命に係わるからな。




