山に大きな穴が
「ちょっとここらで休憩しようぜ」
「そうだな」
俺達はラウンさんに伝えた次の日にはコライを発った。スポルさんは丁度海に出ていたから会えなかったけど、門の外で暮らしているテトラちゃんには会えた。別れの挨拶じゃなくて、いつか一緒に旅しようねって改めて約束をした。もちろんバナナは買ってある。
「それにしても、もっと引き止められるかと思ったけど簡単だったな」
「そりゃそうだろ。幾ら指名だとしても、あれ以上の事は出来ないんだから続ける意味なんてないし。俺達Ⅲだから依頼料は安いけど、無駄に払う事はしないだろ」
「そっか、そうだよな。俺なんてあそこにいただけなのに、二人分の報酬だもんな。しかも、指名だから増額だし」
「それを言うなら俺だってそうだろ。ラウンさんには話してあるのに、呼ばれたんだからな。あそこで俺が話す意味が分からないよ」
「んー、それは最後に言ってた役人にしたかったからじゃないのか?」
「いやいや、役人ってそんな簡単になれるものでもないだろ? ……知らんけどさ」
「ま、いっか。終わった事だしな」
それで終わりとばかりに、座って昼飯を食う。旅の途中で食べる飯はトルと乾いた肉って決まっている。どちらも保存が利くから、冒険者に限らず旅に出る商人にも常識だ。だけど、今回は違う。リアンさんに別れの挨拶をしに行ったら、コライステーキを渡された。あれから何度も試作を重ねて、そろそろ食堂にも出そうかって時に俺達が発つって言うから急いで作ってくれた。
食べた感想は直ぐには言えないけど、リアンさんの事だからきっと美味しいはずだ。
一口頬張る。
噛む、味わう、飲み込む。
冷たくはなっているけど、今までの乾燥した肉よりはずっと良い。干し肉が硬すぎるって訳じゃないけど、柔らかいのが良い。それに、口に中の水分がなくならないのも良い。しっかりと肉汁とソースがあるから食べやすくもある。渡されたのは手のひら大のが二つ。気付いたら一つは食べてしまった。
隣を見ると、トルで挟んで美味そうに喰っている。しまった、そういう食べ方もあるのか。確かにトルだけを食べるってのは味気ない。食べるなら一緒か、交互に食べるべきだったな。
「(あれは、ハンバーガーってのに似てるわね)」
「(あるんだ、そういうの)」
「(まあ、詳しくは違うけど大体あってるわよ)」
「(ふーん。じゃあ、これも教えておいた方が良かったのかな)」
「(んー、そこまでは良いんじゃないかしら。それに、誰かが思い付くと思うわよ)」
「(そんなもんか。じゃあ、次に会う時が楽しみだな)」
俺はナックに倣ってトルで挟んで噛り付く。うん、これはありだな。噛めば溢れてくる肉汁とソースが、うまい具合にトルが吸い取ってくれてるのも良いな。トルで挟んでるから、手を汚さないのも良い。だけど、トルが麦色でコライステーキが赤茶色。旅に出てる訳だから余り贅沢は言えないけど、色合いが物足りないかな。
いや、そもそも野菜を新鮮な状態で持ち運ぶってのが出来ないか。まあ、野菜がなくても困りはしないし、特別食べたい訳じゃない。ただ、色合いが物足りないって理由だけなんだ。旅に出ると、どうしても美味い物よりは保存が利く物を優先するからな。これは仕方ないか。
「ふう、喰った喰った。こりゃ冷めても美味いな。これだったら、干し肉よりは絶対にこっちだな」
「まあ、美味いのは認めるよ。だけど、これはまだコライでしか教えてないんだぞ。これからの旅では喰えないだろ」
「何言ってるんだよ。これはアロが考えたんだろ? だったら、作れるじゃないか」
「はあ!? ナックこそ何言ってるんだよ。確かに俺が考え付いたよ。だけど、だからって俺に毎回作らせるのか?」
「いや、そんな事言ってねえよ。毎回とは」
「て事は何回かに一回は作れって事だろ?」
「……駄目か?」
「くっ」
真顔で言うのは止めてくれよ。まあ、ナックに可愛く上目遣いで頼まれるはもっと嫌だけどさ。美味いのは認めるよ。だって、リアンさんが作ったんだから。でも、これと同じ物を求められてるなら無理だ。だけど、一応作れはするんだよなあ。それに、俺も干し肉には戻りたくないしな。
「作れはするけど、どこで作るんだよ。これから行く王都には知ってる人なんていないんだぞ?」
「んー、グリさんの商会じゃ駄目かな?」
「グリさんのとこかあ。確かに国で一、二番目の大商会だから王都にもあるだろうけどさ。借りられるのかな?」
「借りられないかな?」
「コライは丁度グリさんがいたから、何とかなったけど……。流石に無理じゃないか?」
「無理、かな? アロの事を話せばいけないか?」
「いやいや、どんだけ喰いたいんだよ」
「だって、可能性があるかもしれないんだぞ? アロだって喰いたいとは思わないのか?」
「そりゃ、俺だって干し肉には戻りたくないさ」
「じゃあ」
「それでもだよ。大体、外で飯を喰う時ってないだろ。依頼だって、早ければ昼前には終わっちゃうし。町への移動だって行き来する訳じゃないんだし」
「ああ、そっか。そうだよな。何だか、無理に喰おうとしてたけど、そもそも外で飯を喰うのって今までも少なかったな」
「だろ?」
危ねえな。危うく作らされるところだったよ。俺だって、こっちの方が良い。だけど、それを俺が作るのは面倒だな。だって、依頼に行く前に作るって事だろ? これを作るのに俺はいつ起きれば良いんだって話だよ。そうなると、依頼を請けるのが仕事じゃなくて、コライステーキを作るのが仕事になりそうだよ。
王都でも喰えれば良いけど、絶対にこれじゃなきゃ駄目って訳じゃないしな。コライステーキも喰える様に選択肢が増えると良いよな。グリさんの商会で肉の喰い方を広めてくれないかな?
「この国に入ってから、平坦な道が多かったけど、王都に近付くほど起伏が多いと感じるのは俺だけか?」
「いや、それは俺も思った。俺の勝手な想像だけどさ、王都だから人の行き来が多いと思うんだよ。だから、起伏はあっても道は整備されてると思ってた」
「ああ、それな。……でもさ、それだったら俺等以外の人がもっといても良いはずだよな?」
「……確かに。そう言えば、前までだと、町を出る時には結構いたよな。なのに今回は少なかった。もしかして、王都とは言うけど余り行き来がないんじゃないのか?」
「あるいは、別の道があるか出掛ける時が違ったのか」
「うーん、でも誰も何も言わなかったよな。まあ、どうやって行くかとか道とかは聞いてないけどさ」
「どうだろな。それにしてももう少しいても良いと思うぞ。王都からも少ないし。何かあるんじゃないのか?」
「何かって何だよ。変な事言うなよ。前みたいに引き返すなんて嫌だぞ」
「そうは言っても、なあ。これだけ人を見掛けないとなると何かあると思っちゃうだろ」
「ないない。あんな事、そうそうあってたまるかよ」
こんな軽口を言い合いながら、順調に進んでいく。辺りは大小様々な石がゴロゴロと転がっていて、木は道沿いには少なく外れたところには多い。起伏はあるけど、苦しくて止まる程じゃない。それと、動物たちは見掛けるけど襲ってくるとかは一切ない。遠目にこちらを見てるだけだ。だから、旅としては楽といえば楽だ。
「何だ、ありゃ」
「……」
隣のナックも口を開けて立ち止まって、眺めている。動物や魔物の群れが見えるとかではない。そうじゃないんだけど、何と言うかただただ驚いている。それは三つある。
まず一つは遠くに山々が見えるんだけど、雲でどこまでの高さがあるのか分からないって事。
二つ目はその山々の所々に大きな穴が開いていて、そこに建物らしき物が見える事だ。どうやら、山をくり貫いてその中に町があるみたいだ。
三つ目はそこに至るまでに門が幾つかあるんだけど、並んでる人の数が異常だという事だ。コライでも並んでたけど、あれの比じゃない。あの時は列に並んでいればその日中には入れるって思えたけど、これは……。
「どうする?」
「……どうするって言われても、なあ。並ぶ以外にどうする事も出来ないんだろ」
「そうなんだよなあ」
これに並ぶの? 並ばないと入れないのは分かってるんだけど、さあ。コライの時は直ぐ目の前に門があったけど、最前列の人が遠すぎて霞んでるよ。これが分かってるから、俺達と一緒に町を出た人が少なかったのか。はあ、こんなに凄いんだったら、ラウンさんとかグリさんから何か言って欲しかったよ。
山の中に町があるってのは凄いと思うけどさ、それを間近で見れるのはいつになるんだ? 絶対に今日中に入れないだろ、これ。俺達と一緒に来た人達もどうしようか迷っているみたいだ。まあ、町に入りたいなら迷ってても仕方ないんだけどね。
「はあ、じゃ並びますか」




