変化はなかったです
「とりあえず、こんなもんで良いか」
「だな。戻るか」
今、何をしてるかと言うと朝の狩りだ。俺達はあくまでも冒険者だから、狩りが出来なくなるのは困る。それを代官のラウンさんに伝えると、一日中話し合うって訳じゃないから、昼過ぎ位に来てくれれば良いって言ってくれた。それを言われて正直、嬉しかった。狩りもしないで一日中、それも何日もってなると耐えられそうにない。
でも、依頼を請けておいて何だけど、こんな適当で良いのかな?
「(適当って言うよりは、一日中ずっと話してられないってのがあるんじゃないの? 休憩とか他の事をやっていると、良い解決案とか出るかもしれないし)」
「(なるほどね。俺が耐えられないってのもあるけど、向こうもって事か)」
「(まあ、後はアロ達に気を使ったんじゃない? これから料理大会の事について話し合おうって言うのにさ。……まあ、殆ど話した後だから遅いと思うけどね)」
「(でも、本当に何でだろう。今更何を話せって言うんだよ。えっとあそこに通う様になって……)」
「(四日よ)」
「(そう四日だよ! 初日もそうだけどさ、何も話す事ないよ。ラウンさん達に話した事の繰り返しだけだし。俺からは何も新しい事なんて出てこないし。何よりさ、冒険者の俺に頼ってちゃ駄目なんじゃないのかな? 俺なんかよりも優秀な人ってたくさんいるでしょうに)」
「(もしかしたらだけどさ、冒険者を辞めてコライの役人に誘うつもりなんじゃないの?)」
「(それこそあり得ないでしょ。料理大会を提案したからって、これからも同じ事が思い付くとは限らないんだし。と言うか、無理だよ)」
「(でもねえ、これはアロがどうこうじゃなくって、相手がどう判断するかだからね)」
そんな事にはならないと思うんだよな。もし俺が代官だったら、料理大会の事は確かに町の発展とかを考えると良い事だとは思う。思うけど、雇うかって話まではいかないんじゃないかな。
「はい、これが依頼の報酬引き換え券です」
「……はあ、四日目となると驚きはしないですけど。呆れはしますね」
「そうですか?」
「ええ。代官様からの指名依頼なのですから、他の依頼を請ける事はないと思うんですよ。指名なので、報酬も通常よりは多いですし」
「まあ、そうなんですけどね。狩りをしていないと冒険者として鈍っちゃいそうで」
「まあ、分からないでもないですけどね。ただ、変わってると言うか凄いですね」
「そうですか?」
「ええ。朝に依頼を請けて昼前には怪我なしで帰ってくる。本当にⅢですか?」
「同じ事を前にも聞かれましたけど、Ⅲですよ」
「それが不思議なんですよねえ。まあ、良いわ。はい、これが報酬ね」
「確かに」
何だか疲れた様な顔をした、受付の人から報酬を受け取る。狩りの腕が鈍るから依頼を請けてるけど、報酬は増えるばかりだな。今は何か大きな買い物ってないんだよなあ。何時かは馬車ってのも考えてるけど、それまではなあ。狩りの邪魔になるんだよ。
「(そんな事言ってると、そのうちに足りなくて苦労するかもよ)」
「(とは言ってもさ、無駄には使いたくないよね。折角、苦労……はしてないけど、命を懸けて稼いだ金だからな。意味のある物に使いたいよな)」
「(とは言っても、今は装備品くらいでしょ、買っても)」
「(そうなんだよなあ。必要のない物を買っても旅に邪魔になるだけだからな。だから、食べる事くらいしか見付からないな)」
「(まあ、今はそれしかないでしょうね)」
とは言っても、別に高価な物を喰いたいとかないんだよなあ。美味い物を喰いたいってのはある。それが結果として高価って可能性もあるけどさ。
「それじゃあ、どこまで話しましたっけ」
「都市を四つに分割して、まずはその内の一つで試そうと決まったところじゃ」
「そうでしたね。じゃあ、そこまでで何か疑問とかってありますか?」
「ちょっと良いかな?」
「はい、どうぞ」
この人は料理大会の事で話し合う場で、良く質問してくる人だ。薄毛なのに、口ひげが逞しい人族の四十代の男だ。ここの役人の中では上の人なのか、率先して質問してくる。
「料理大会を開催すると決まったので、それについては異論はありません。ただ、炊き出しの時とは違い、対象がこの都市の民だけではなく、もしかしたら周りの町から来る事もあるでしょう。そうなれば、我々だけでは対処出来ません。何しろ、初めてなのですから」
「そこはワシから説明しよう。初めてだから不安はあるだろう。どの位の人が来るのか、準備にどれ位掛かるのか、開催中にどんな騒動が起こるのか」
「はい、何しろ初めてですから。予想のしようもないのです」
「でもな、炊き出しも同じだろ? それまでやった事のない事を始めたんだ。もちろん予想なんて出来なかった。それが今や、本来の対象じゃない民までも加わっている。これを最初から予想出来てた者はいるか? いないだろ。それに、何事も初めては不安ばかりで、始めたくないと思うだろう。だがな、明らかに失敗が見えていないのと町と民が活性化するならやらない手はないだろ?」
「ま、まあ、そうでしょうけど……。ただ、やはり新しい事を始めるとなると人手の問題がありまして」
「ふむ。それについても大丈夫じゃろう。準備とは言っても広場に出す簡易な食堂は各工房に発注するし、引き換え券の販売は読み書き計算が出来る子か働けない者に任せる。その間の警備はもちろん軍にやってもらう。ワシ等がやるのは、事前に説明する事と不正を監視する事だ」
「まあ、それだけなら大丈夫の様な気がしないでもないのか?」
「ま、初めてやるんだ。戸惑って当然だ。最初から何もかも上手くいく何てワシも思っておらん。こういうのは徐々に改善していけば良いと思っておる」
四日目だけど、話し合いは行ったり来たりだ。ラウンさんがやると言っても、はい分かりましたって感じじゃなかった。だけど、こうやって何度も説明をしていくと段々と分かってもらえる様だ。何かを始めるのって中々勇気がいるよね。それも大掛かりとなるとね。
と言うか、俺達ここに必要ないよね? だって、ラウンさんの中で、料理大会をどういう風にして行くのか明確になってる。それに沿って役人達が色々と動くんだ。本当に何でいるんだろ。
「俺達が呼ばれたのは、こういうのをやったら楽しそうだなって事を提案しに来ただけです。実際にやるのは皆さんなので、どういう風に進めて行くか色々と考えて下さい。でも、こうやったら盛り上がるかもって言うのも幾つか話したいと思います。それは……」
「なるほど、な。んー、そういう盛り上げ方もあるか。だが、最初から何でもやろうとするとワシ等が潰れてしまうぞ。これは一回限りじゃなくって、この都市の名物になる様に続けたいからなあ」
俺は考え付く限りの(殆どダイスケの記憶頼りだけど)案を出していった。それを話し終えると、ラウンさん達は腕組みをして難しい顔だ。隣の人と話し込んだり、目を閉じてピクリとも動かなかったり、天井を見詰めていたりと様々だ。
まあ、そうなるよなあ。だって、言ってる俺でさえ無理じゃないのかって思ってるし。記憶にあったの流石に全部話した訳じゃないから、やろうと思えばやれる……のか?
俺からは頑張ってくれとしか言えない。それに、俺がやる訳じゃないから気楽なんだけどね。だから、案を一杯出した訳だし。どうなるのか、楽しみではあるよなあ。
「(そんな事言ってると、手伝わされるわよ?)」
「(いや、ないでしょ。流石に。やるとしても……警備くらい? いや、それも軍だしな。それに、町の名物にしたいって言ったから、冒険者が最後まで係わるってのはないんじゃないかな)」
「(まあ、それを言われちゃうとそうなんだけどさ。でも、炊き出しは冒険者も係わってたわよ)」
「(まあ、そうだけどさ……。もし指名がきても断るよ)」
「(断れるなら、ね)」
え、断れる、よね? 指名って言っても、必ず請けないと駄目って決まりはないはずだよな。それだったら、グリさんの依頼を断ろうかって話にはならないはずだし。
「なあ、ナック」
「ん? 何だ」
「俺はもうこの事についてやる事はないと思うんだ。だから、この間に王都に行かないか?」
「良いのか? 最後まで手伝わなくて」
「流石に最後まで手伝わなくて良いだろ。俺は案を話しただけ、後はラウンさん達がやる事だ」
「ふむ、それもそうか。じゃあ、どれくらいで開催出来るのか聞いてから、ここを発つか」
「だな」
俺達はこの事だけで呼ばれたけど、他の役人達はこれだけをやっていれば良いって訳じゃないので、少し話し込んだら解散していった。で、俺達はラウンさんに今後の事を伝えに別の部屋に移った。
「今日もすまんな。中々に良い話が聞けた。で、話って何じゃ?」
「この料理大会ってどれ位で開催出来そうですか?」
「んー、これから色んなところに説明して回るからな。結構掛かると思うぞ。それに、役人達はやるまでが遅いんじゃよ」
「そうですか……」
「どうしたんじゃ、一体」
「俺達が協力出来るのはここまでだと思いますので、ここを発とうと思いまして」
「ん? いきなりじゃな。もう少しと言うか、役人にでもなってもらおうと考えていたのに」
「あははっは、面白い事言いますねえ」
危ねえ。キューカの言った通りになるところだったよ。まあ、流石に強制なんて出来ないと思うけどさ。
「まあ、それは頭の片隅にでも入っておれば良いさ。じゃあお前さん達にこれまでの報酬を払わないとな。後でベンダーと組合に行ってくれ」
「分かりました」
「それで、相談なんじゃがの……」




