指名、入りました
「さあ、今日も依頼をサクサクやるか」
「やるのは良いけど、昇格はどうする?」
「うーん、まずは指名と昇格を同時で請けられるか聞いてからだな。同時に請けたとして、昇格の方は期限があるのかもこの際聞いておいた方が良いだろうな」
「ああ、そうだな。こういうのは組合に聞くのが一番か」
朝飯を食い終わって、依頼を請けに組合に歩き出す。冒険者として活動を再開したから、組合への道もこれまで通りだ。昨日も考えてたけど、料理大会の事で指名が入るのは絶対なんだ。でも、それがいつなのかさっぱり分からない。いつですか、って聞きに行くってのも変だしな。
「それで、どうですかね?」
「基本的に依頼を同時に請ける事は禁止されています。もしそれが出来るなら、位階の高い冒険者が依頼内容に係わらず請けていきますからね」
「なるほど。基本的って事は例外があるって事ですか?」
「例外はもちろんあります。依頼が長期間に亘って拘束される場合、依頼を達成していない状態でも他の依頼を請ける事が出来ます」
「長期間掛かる依頼ってあるんですか?」
「もちろんありますよ。町から町への護衛や商会や代官様に雇われての書類整理などがあります」
「へー、そんな依頼があるんですね。知らなかった。じゃあ、その依頼を請けると他の依頼も請けられるって事ですね?」
「いえ、その中にも例外がありまして。護衛依頼の場合、採集は良いんですけど狩猟は基本的に請けられません。請けても肉や血などを新鮮な状態で運べないからです。それでも請ける方は、新鮮な状態ではなくても良い素材を剥ぎ取れる方に限られます」
「例外の中にも例外があるんですね。例えば、昇格依頼と他の依頼を同時に請ける事は可能ですか?」
「それもさっきと同じですね。後、付け加えると狩猟は同時に請けられません。ただ、個人とグループでの依頼数は別です」
「と言う事は、俺達は狩猟の依頼を三つまで請けられるって事ですね」
「そうなりますけど、普通は請けませんね。グループで狩猟を一つと他は採集というのが一般的ですね」
「でも、駄目って訳ではないんですよね?」
「まあ、禁止されている訳ではありませんから。でも、依頼を達成できない場合は組合からの信用はなくなりますね」
「それだけですか? 罰金とかはないんですか?」
「罰金は基本的にはありません。ですがこれも例外がありまして、他の冒険者や依頼主に危害があった場合はその限りではありません。額はその時々によって変わるので、一定ではありません」
「なるほど。冒険者なのにそこまで知りませんでした」
「まあ、冒険者になったからと言って全てを知ってる人は少ないと思いますよ。それに、必要のない事も多いですからね」
ふむ、今までは依頼を請ける事しかしてなかったから、そこまで決まりがあるなんて知らなかったよ。いや、知ろうとしなかっただけか。もしかして冒険者になった時に説明されてたか? 覚えてないなあ。
「あ、この依頼を請けます。後、昇格をしたいので手続きをお願いします」
「あの、さっきまでの説明を聞いてましたか?」
「もちろん聞いてましたよ」
「じゃあ、どうして依頼書が三枚あるんですか!?」
そう俺達が請けようとしているのは、三つの依頼だ。でも、三つとは言っても全部狩猟じゃない。そこはちゃんと考えている。まあ、説明を聞く前にどれにするか決めてたんだけどね。
「三つとは言っても狩猟一つに採集二つですよ。大丈夫だと思うんですけど」
「……はあ、分かりました。カードを出して下さい」
「はい」
「依頼数は上限超えてないから、この依頼は請けても良いです。ですけど、一応忠告だけはさせて下さい。Ⅲなので、罰金とかは少ないので依頼をたくさん請けたいんでしょうけど、命は一つですからね。焦らずにゆっくりとやっていきましょうね」
「はい、分かってますって」
「……はあ、本当に分かってるのかしら」
そんな事を言いながらもカードを渡してくれる。何だか疲れた顔してるな。きっと、説明をされたのに同じ事をしたヤツが大勢いたんだろうなあ。
「(アロ達の事じゃない)」
「(俺達は違うでしょ)」
「(どう違うのよ)」
「(説明されて上限まで依頼を請けるのと、説明をされないで上限まで依頼を請けるじゃあ違うでしょ)」
「(どっちもどっち、と言うかアロ達の方が質が悪いわよ)」
「(そうかな?)」
「(そうよ)」
うーん、俺達の方が問題か? どっちも相談されても、上限数まで依頼を請けるって事は同じだから、どっちが質が悪いって事はないと思うんだけどな。
「じゃあ、行くか」
「おう」
今回の依頼はグリエと薬草と香草にしてみた。別にどの依頼でも良かったんだけど、グリエは最近狩ってなかったから。もちろん、海関連の依頼は外した。冒険者への依頼ではあるんだけど、手伝いだけで狩りをしてるって思えないから。後は、いつ指名がくるか分からないからってのもある。
「何だか、久しぶりだなグリエを狩るのは」
「そうだっけ?」
「そうじゃなかったか?」
「覚えてないよ、そんな事。ナックは?」
「覚えてる訳ないだろ。何となくだよ、何となく」
「だと思ったよ」
こんな軽いやり取りをしつつ、森へと入る。狩りなんだからもっと緊張感を持てと思うかもしれないけど、俺達には慣れた獲物だから今更ってのがある。そりゃ、いつも目的の獲物が見付かるとは限らないし、何頭か一緒の時もあれば見慣れない獲物に出会うかもしれない。それでも、会話が出来ないって程じゃない。緊張はするけど、張り詰めた緊張ってのはないってだけだ。
「今日も狩れて良かったな」
「だな。俺達以外にも冒険者はいるんだから、もっと狩られてるかと思ったけど。そうじゃなかったな」
「ああ。それに、他の冒険者と出会うって事もないよな」
「ああ、それは確かに思った。広い森だとは言っても、どこかで会うかもって思ってたけど今まで一度も会った事ないよな」
「そうなんだよ。それもコライだけじゃないからな。もしかしたら、俺等が知らないだけで良い狩場があるのかもな」
「まあ、仮にそんなのがあったとしても、獲物に出会えてないって事はないんだから良いんじゃないか?」
「それもそうだな」
目的のグリエも見付かり、血抜きをしている間に、薬草採集をしている。俺達は広い森の中の少し入ったところで狩りをしてるんだけど、今まで他の冒険者に会った事がない。こう言うと会いたいのかって思うだろうけど、別に会いたいってわけじゃない。だけど、不思議だなってくらいだ。
「はい、これが依頼の報酬引き換え券です」
「……本当に成功しちゃったのね。それも怪我なしに今日中に」
「ええ、まあ」
「あなた達、本当にⅢなの?」
「Ⅲですよ。カードにも書いてあるでしょ」
「それはそうなんだけど……。もしかして私の認識が間違ってるのかしら」
「それは良いとして、報酬を早く」
「ああ、そうね。……あ、そうだ。あなた達に指名依頼が来てるわよ。それも代官様から」
「代官から?」
そう言われて依頼書を二人で見る。内容は雑務ってなってるけど、料理大会の事だろう。随分と早いな。もう少しかかると思ったんだけど。まあ、早くても問題はないから良いか。
「どうしますか?」
隣を見ると、迷いなく頷いている。まあ、前もって知らされてたから、悩む事はないよな。
「請けます」
「分かりました。カードにもその様に記載しておきますね。……あ、そうそう。この依頼中は他の依頼は請けても良いですけど、昇格の依頼だけは中止ね」
「「え?」」
「え、と言われても。この依頼は長期とまでは言わないけど、ある程度纏まった日数を予定しているの。一日中なのか朝方だけなのかは分からないの。そんな状況だから、昇格依頼の試験管を待たせるかもしれない。昇格って言うのは試験管の都合に合わせるものだから、今回は見送るしかないわね」
「は、はあ」
言われてる事には理解はした。したけど、納得はしてない。そりゃ、指名依頼がくる事は分かってたさ。分かってたけど……。そりゃ、位階には拘ってないけどさ。もしかして本当に一日中なのか? いや、それはどうだろう。一日中も話し合う事なんてあるのか? うーん、分からない。それに、俺にはあれ以上の事は話せないぞ。話した事の繰り返しになるんじゃないか?
「なあ、何だかさ大変な事になってないか?」
「うん。だよな」
「昇格の依頼が請けられないってのは良いとしてだ。もしかして、狩りをしちゃ駄目って事はないよな?」
「うーん、どうだろ。そこまでは禁止するつもりはないと思いたい。それに、前に話した以上の事なんて俺からは出てこないぞ」
「これは困ったな。もし一日中で何日もってなると……」
「なると?」
「アロを残して、俺は狩りをしようかな」
「おい! そりゃないだろ。この依頼は二人にってきたんだぞ!?」
「そうかもしれないけど! だけど、前の時もそうだった様に、俺が話しに加わっても良い案なんてないぞ」
「うううむ。それでもだよ。俺だけが狩りを出来ないなんて許せない」
「何だよ、許せないって」
「許せないもんは許せない! ……ってかさ、代官にその辺の事を話したら案外許してくれるんじゃないか?」
「……そう、か? まあ、無理だとしても俺は一人でも狩りに出掛けるからな」
「そりゃないだろ。そうはならないように、道連れにするからな」
「ひでっ!!」
まったく、何日も一日中料理大会の事だけしか出来ないなんて。考えただけでも恐ろしいわ。俺は冒険者なんだ。狩りをしてこその冒険者なんだよ。何日も狩りから離れてたら鈍っちゃうじゃないか。
……まあ、それも代官と話をしてからだな。




