試食会
「まさか、今日も休みにしようって言うんじゃないよな?」
「いやー、そう言おうと思ったんだけど、先に言ってくれて良かったよ」
「おい、昨日も言ったよな? 料理にばかり気を取られるなって。忘れたのか?」
「いやいや、もちろん覚えてるって」
「じゃあ、どうしてだ? まさか、冒険者を辞めて料理人にでもなるつもりか?」
「違うって。お前も言ってただろ? 完成したら喰わせろって。だから、一緒に喰おうと思っただけなんだけどな」
「ああ、そうか。ってか、もう完成したのか!?」
「ああ、苦労したぞ。ノモノさんが」
「アロじゃないのかよ!?」
「俺も苦労したけど、料理人のノモノさんがいてこそ完成したんだぞ」
「まあ、そりゃそうか。じゃあ行くか」
危ねえ。流石に三日連続は怒るよなあ。俺だって怒るよ。休みにしたって、一人で何をすれば良いんだって話だよな。休みなんだから町の中を散策ってのも、絶対に飽きるよな。狭くて見る所がないって意味じゃなくて、広いから見る所が多すぎて飽きる。と言うか、疲れると思う。目的があって、散策するなら良いけど。かと言って依頼を請けるってのもなあ。
「待ってたよ。さあ、一緒に作ろうか」
「え? ノモノさんが作るんじゃないんですか?」
「何言ってるんだい。アローニ君が思い付いたんだよ? アローニ君が作らなくてどうするんだい?」
「いやー、俺が作るよりはノモノさんが作った方が美味しいですし」
「そうかもしれない。でも、思い付いたのはアローニ君で一緒に苦労して作ったじゃないか。それを披露するんだから、一緒に作ろうじゃないか」
「良いですけど、手伝いくらいしか出来ませんからね」
俺達二人は、昨日散々試した組み合わせの中で、一番美味しい物と手に入りやすい物を作る事にした。色々な部位を試したけど、脂が多かったり筋が多かったりで触感が大分違った。とは言っても、味にはそこまで差はない。同じヴァンだし、何より細切れにしてるから食感は変わらない、と思う。俺は違いには気付かなかったけど、ノモノさんは確かに違いがあるって言ってた。でも、その違いも食べ比べとかをしないと判らないくらいらしい。
「これが昨日完成した肉料理とソースです」
作った物を四階の食品開発部屋の横にある、小さな卓に運んだ。今回、一緒に食べるのはもちろんグリさんだ。それに、シャーさんもいる。シャーさんはここコライの責任者の鮫魚人族だ。最初見た時は凄い怖い顔で、驚いたけど話してみるとそうでもなかった。外見は、顔だけじゃなくって肌が青白くて硬い。後、特徴と言えば歯が鋭いって事かな。あと、リアンさんは呼んでいない。今頃は食堂の準備で忙しいだろうから。
「ほほう、良い匂いがするな。これは何と言う料理なんじゃ?」
「いやー、作っただけで名は考えてないですね。まあ、何の肉を使ってるのかは食べて当ててみて下さい」
「ふむ、そうか。じゃあ、食べてみるとしようか」
グリさんの言葉が合図で、同時に食べ始める。もちろん、作った俺達も一緒だ。俺達は昨日食べたから味は分かってる。俺は食べてるだけだけど、ノモノさんはグリさんとシャーさんの反応が気になるのか、チラチラと見ている。不安になる事はないと思うんだけどな。味に納得してるから、こうやって出してるんだし。
「おっほ、こりゃまた美味いのお。何とも言えん味じゃな。それに、食感が初めてじゃ」
「うむ、今まで食べた事のない味だな。しかし、私はもう少し噛み応えが欲しいな」
「美味いな、これ。大蒜ソースみたいな匂いもないし」
ふむ、味は概ね好評って事かな。まあ、完成したからと言って不味い物を出す訳ないんだけどね。
「どうですか? 何の肉か判りましたか?」
「んん? 匂いもそうじゃが、初めての食感じゃからなあ……」
「私は判りましたぞ。これはヴァンですな」
「おお、良く判りましたね。細切れにしてるから食感は初めてな筈なのに」
「ふふん。これでも肉は好きだからな。当然だな」
「でも、どこの部位を使ってるかまでは判りませんよね?」
「部位? 部位、部位、ぶい……。そこまでは判らんな」
鮫魚人族の事は良く分からないから、何とも言えないけど海の肉よりは陸上の肉を好むらしい。肉を好むとは言っても、流石に部位までは判らないらしい。まあ、判らないだろう。これで、判ったら凄いよ。凄いって一言じゃすまないでしょ。
「ではノモノさん、正解を」
「一つはヴァンの中でも一番美味しいと言われてる背です。もう一つは脂が少なく筋肉と腱ばかりの脚です」
「「なんだと!?」」
それが意外だったのか、まだ残ってる肉を見詰めている。味はもしかしたら違いが判るかもしれないけど、中を幾ら見ても違いは判るはずはないだろう。
「ううむ。もしそれが本当なら、今まで筋ばかりで美味くなかったのが、こうすると喰えるぞ。しかも、それが美味い」
「ええ、これは儲けの好機ですな」
二人とも、見合わせるなり悪い顔で笑っている。笑顔なんだけど、声を出して笑っていない。それがまた怖さを一層増している。と思ったら、グリさんが俺に向き直って凄んでくる。
「これの作り方を教えてくれんか!」
「お、教えるも何もノモノさんと一緒に作ったんで」
「じゃあ、これを広めても良いんじゃな?」
「ええ、それは良いですよ。でも、ただ焼くよりも手間が掛かりますけど良いんですか?」
「そうなのか?」
それを聞いて、今度はノモノさんに向き直る。その勢いに押されてノモノさんが少し仰け反ってる。
「ええ、まあ」
「それは簡単に出来そうか?」
「出来ると思います。ただ、肉を冷やす倉庫が必要になるので、それなりの食堂でなければ作る事は難しいと思います」
「……ううむ、氷か。氷なんてそうそう仕入れてる所なんてないぞ」
「はい」
「それでしたら、氷と倉庫も一緒に売るとか、ここで作った物を各食堂に配ると言うのはどうですかな?」
「ううむ、それもなあ。これの為に新しく倉庫を作るのか? これが売れて儲かれば、倉庫を買った事を後悔どころか喜ぶじゃろう。だが、もし儲けられなかったら無駄になるぞ。それも、後悔してもしきれない程に。儲けられると分かれば良いが、こればっかりは、な。それに各食堂に配るってのも、どれだけ売れるか分からないから、こちらも作る量を計算出来ないし。まあ、それは食堂側もじゃな」
「ううむ、難しいですな」
難しいよねえ。記憶には物を冷やすれいぞうこがあるから解決してたけど。そう言えば、そのれいぞうこはどうやって作るんだ? それと、れいぞうこがない時にどうやって冷やしてたんだ? やっぱり氷か?
「(このハンバーグが作られた時は知らないけど、やっぱり氷で冷やしてたみたいよ。ダイスケは氷で冷やすのは使った事がなくって、そんなのがあったって程度よ。もちろん、冷蔵庫の作り方なんて知らないからね)」
「(と言う事は、はんばーぐもそうだけど冷たい物を作るのは無理って事?)」
「(まあ、無理でしょうね。と言うか、料理に限らず色々な物が駄目ね)」
「(色々な物? 例えば)」
「(食べ物しか頭にないようだけど、高い建物とか馬より速い乗り物とか遠くの人と話出来る物とか)」
「(ああ! ダイスケと一緒に見た記憶がある。そっかあ、あれは無理なのかあ)」
「(使ってはいたけど、作り方は知らないみたいね。それがどうやって動いてるのか原理も分からないみたいね)」
「(なるほど)」
食べ物ばかりに気を取られていたけど、あの世界の物の再現は難しいか。空を飛ぶ事とか移動が楽になる事とか、そっちの方が気になってて建物とかは凄いとしか思えなかったんだよな。
「あの、これをどうやって売るのかはグリさん達に任せます。任せますけど、広く皆に知らせる方法がありますよ」
「そんな方法があるのか!?」
「ええ、近々りょう……」
「アロ!」
「どうしたんじゃ?」
小さい声で呼ばれたから、声のした方を見るとナックが小さく顔を横に何度も振っている。ああ、料理大会の事はまだ言っちゃ駄目だったな。駄目、か? リアンさんに協力するかもって事だけは伝えたから、それは良いって事だったはず。でも、グリさんに教えるのは駄目か? ……駄目か、駄目だな。料理大会の事を教えたら、色んな食堂に食材を売って儲ける事も出来るし、一番になって欲しい食堂に高価な食材を売るってのも考えられるか。
「いえ、何でもないです。リアンさんにも教えたいなと思って」
「……なるほど、な。確かに、肉の事ならコライではリアンんとこが一番じゃな。あのリアンが納得するんじゃったら、売れる可能性はあるな」
「ああ、やっぱりそうなんですね。俺達はこの町の食堂を全て知ってる訳じゃないですからね」
「うむ、肉に煩いシャーが常連だからな」
「へー、そうなんですね」
「と、それは良いとしてだ。この料理とソースはお前さんがリアンに教えるって事で良いんじゃよな。後は、これの名をどうしようか」
「まあ、俺が教えるのが良さそうですけど、名は何でも良いんじゃないですか?」
「いいや、駄目じゃ! いい加減に付けた名だと、これから売ろうってのに良くないわい。じゃが、何でも良いんじゃな。アローニ焼きとか?」
「いやいや、駄目でしょ!? それだと、俺が焼かれてるみたいじゃないですか!」
名なんて何でもいい気がするんだよなあ。でも、はんばーぐってのはないな。どんな意味なんだって聞かれても説明出来ないしな。まあ、今決める事でもないか。




