トマトケチャッ……プ??
人族で年は三十六の妻子がいる。→人族で年は三十六で妻子がいる。 (2017/11/4)
「それってどんな物を探してるんですか?」
「そうですねえ。考えてるのは肉料理で、使おうと思ってるのはヴァンなんですよ」
「ヴァンですか。どの部位を使いますか? 一応、頭から尻尾まで取り揃えてますけど」
「んー、そうですね。細切れにするので、どの部位でも良いと言えば良いんです。でも、そのまま焼いても美味しい所じゃなくって、余り使われない脂が少ない所が良いですね」
「え? 細切れですか?」
「考えてるのは細切れにして、それを集めて焼くんですけど」
「細切れにして、また集めて焼くのかい? それだったら細切れにしないでそのまま焼いちゃ駄目なのかい?」
「それだと今までと同じじゃないですか。この細切れにする理由は、柔らかくするのと肉の部位を選ばないってのがあります」
「う、ううむ。どんな物に仕上がるのか想像が出来ないな。じゃあ脂が少ない所を用意するよ。それで、他には何がいるんだい?」
「そうですね。果実ほどじゃなくって良いんですけど、少し甘みがある野菜を何種類か。トルでもパーネでもどちらでも良いので、それも。後は卵も欲しいですね、これも何種類かを」
「本当に肉料理なんだよね?」
「もちろんですよ。それとソースも作りたいので、酒と野菜と酢が欲しいですね」
「どんな物になるのか私にはさっぱりだから、全部持って来るよ。それで、試していこうか」
「そうですね」
ここはグリさんの商会の四階にある、食品開発の部屋だ。さっき話してた人は、商品開発部門の食品を担当しているノモノさんだ。人族で年は三十六で妻子がいる。背は俺より頭一つ位小さいけど、横が俺の倍はあると思う。だからか、小さいとは感じない。逆に俺よりも大きいって感じる位だ。まあ、食品担当って食べる事が仕事みたいなもんだから、太るのも分かるんだけどね。でも、笑い声もないのに笑い顔なのは何だか憎めない感じがする。
「よいしょっと。とりあえず肉以外を持ってきたよ。まだまだあるからね」
「まだあるんですか!?」
「当たり前じゃないか」
「分かりました。手伝います」
「ああ、助かるよ」
想像してたのは、二、三種類かと思ってた。多くても五は超えないと思ってた。だけど、今箱の中には色も大きさも違う野菜で溢れている。酒も酢も卵もないのに、まだまだあるって言う。どんだけあるんだよ。
「(何言ってるのよ。グリの商会は国で一、二を争う商会なんでしょ? そこの食品開発だったら、これ位は当然でしょ。寧ろ、どれだけ少なく考えてたのよ)」
「(いや、いつも食べる物は完成した物だから、どんな物が使われてるとか知らないんだよ。野菜だって、森では見慣れてる数種類しかなかったし、色んな町で食べた物だって一々聞かなかったし気にした事なかったんだよ)」
「(……まあ、そうよねえ。森に生ってる果実とか薬草とか野草だけだものね。気にしなさいって言う方が無理、かな)」
「(だろ?)」
「(でも、だったらこれを機会に覚えれば良いじゃない? どうせ、また同じ様に作る事になるんだろうし)」
「(ど、どうせって何だよ、どうせって)」
「(でも、作る気はあるんでしょ?)」
「(……うん)」
「(ほら、だったら覚えておいて損はないと思うわよ。今回みたいに何かを作る事がないとしても、知っていれば毒のあるなしとかも分かる訳だしね)」
「(分かったよ。気になった物を出来るだけ可能な限り覚える様にするよ)」
「(……その言い方だと、分かってないわね)」
分かってるよ。いや、分かってるつもりかな。野菜の種類を覚えて何の意味があるってんだ。食べられれば良いじゃないか。食堂に行けば喰えない様な物を出すなんてあり得ないんだから。
「さむっ! こ、ここは?」
「驚いたかい? ここは食材の倉庫だよ。さっき運んだのは野菜と果実だけなんだけど、肉とかは奥の倉庫なんだよ」
そこは何の変化もない部屋だと思ったら、さっきまでいた部屋とは違って寒かった。森にいた時でも、こんなにも寒くなった時はない。もちろん、旅に出てからもだ。この部屋には木箱が幾つも積まれている。
「どうして、ここは寒いんですか?」
「それはね、痛まない様に冷やしてるんだよ」
「ああ、それもそうなんでしょうけど。どうしてここは冷えてるんですか? さっきの部屋とは大違いですけど」
「ああ、そっちか。ここはね、冬の間に出来た氷を運び込んでるんだよ」
「こおり? ここに来るまで見た事も聞いた事もないですね」
「そりゃ普通に暮らしてたら見る事はないだろうね。寒くなると水は固まるんだよ。専用の倉庫を用意しないと直ぐに溶けちゃうから、ウチみたいに大きな商会じゃないと必要のないものかな。だから、冷えた物を食べようとすると凄く高価になるよ」
「へー、そうなんですね」
「っと、話は後にしてとりあえず運び出そうか」
「そうですね。ずっといると寒くて動けなくなりそうですよ」
「そこに空き箱があるから、一種類ずつ選んで運ぼう」
うう、寒い。もしこんな寒いところで狩りをする事になったら、危ないかもな。少しなら良いだろうけど、獲物を探して動き回ってたら狩りをするどころじゃないぞ。寒くていつも通りに動けなくなるだろうし、そうなると感覚が鈍って狩られるかもしれない。こんな寒いところがあるって知れたのは良い事なのかもな。
「それで、何から作るんだい?」
「そうですね。まずはソースを作ろうと思います。でも、名も味も知らないのでまずは味見からですね」
「分かったよ。生のままにする? それとも焼いてからにする?」
「まずは、生のままで」
運び込んだ野菜を片っ端から少しずつ食べていく。ノモノさんは名も味も知ってるから味見はしないで、どこの野菜なのかとかどういった風に食べられてるとかを教えてくれた。生で食べると苦い物や甘い物、柔らかい物硬い物、焼くと味が変わる物や生では食べられない物まで色々だった。でも、野菜だけだけど、こんなに食べるんだから太るのも納得するな。
「一応全種類食べたわけだけど、何か使いたい物はあったかい?」
「そうですね。まず、ラマットとケーパとにんじんが気に入りましたね。これってそのまま食べるのが普通なんですよね?」
「そうだね。後は形がなくなるまで煮込んでソースにする事はあるね。でもそれは、家ではやらないかな。リアンさんのところのグレイソースも野菜を煮込んだ物だよ。種類までは分からないけどね」
「そうなんですね。じゃあまずはラマットからやろうと思います」
「ラマットか。ソースにするって言ったけど、どうするんだい?」
「これも生で食べるのが普通ですよね? なので、形がなくなるまで煮込もうと思います」
「煮込む、か。その後は?」
「んー、基本的にはそれだけですね。味を調える為に塩とか酢はいれますけど」
「それだけ!?」
「ええ。これって他の物に比べると水分が多いじゃないですか。だから、ソースに出来ないかなと」
「なるほど、ね。じゃあ早速試してみようか」
それからが長かった。ラマットは記憶にあったとまとと形が同じだから選んだだけだ。味は多分、同じだと思う。だけど、記憶にあるのは赤いのにここにあるのは緑だ。食べ頃じゃないのかと思ったけど、ここではこれが食べ頃らしい。それに、皮が硬いとかもなく柔らかく美味かった。
美味かったけど、それをどうやってソースにするのかは記憶にもなかった。ダイスケも知らなかったみたいで、とまとのソースとしか情報がなかった。他に何が入るのか、何をしないといけないのかさっぱりだった。
「うーん、確かにソースっぽいのにはなったけど……。ソースにしては水っぽくないかい? それに味が生のままより薄いね」
「そうですね。このままだとソースとは言えないですね。目指すのはブランソースみたいに、もっとドロッと硬い物なんですよね。もう少し煮込んでみますか」
「(ねえ、何か解決策とかない?)」
「(さあ。何から作られてるとかどうやって作ってるのかなんて知らないわよ。トマトを使ってるくらいしか)」
「(あ、そう)」
「ドロッとはしてきたね、味もまあまあだ。でも、舌触りがちょっと気になるね」
「……確かにそうですね。気にならないと言えば気になりませんが……」
「そうだね。敢て形を残すってのもあるけど。まあ、その前にこの舌触りを改善しようか。ちょっと、待ってて」
そう言うと、厨房の端にある何かを持ってきた。それは四角い木枠に中が縦横に区切られている。何本もの鉄かな? が均等に並んでいて、凄く小さい四角に区切られている。
「何ですか? これは」
「これはねシノワと言って、スープやソースにしたい時に余分な物を取り除きたい時に使う物なんだ」
「へー、そんな物があるんですね」
「とりあえず、やってみせるよ」
結果から言うと、上手くいかなかった。いや、ちゃんと余分な物を取り除けて舌触りは良くなったんだ。だけど、ドロッとした物だったから、取り除くのに結構掛かった。その後は色々と試して、一応ソースと呼べる物になった。
だけど、ソースを作るだけでもう夜になっちゃったよ。肉料理を作るって言ったのに、まだ肉を見てもいないよ。まあ、ブランソースの時もこんな感じだったか。ノモノさんに言わせれば、一日で出来るとは思わなかったそうだ。普通は、何日も悩んで悩んで、それでも完成しない事が殆どだそうだ。
まあ、俺の場合は記憶ってのがあったからな。でも、まさか作り方を知らないとはな。予想外だよ。
シノワは円錐形で知られていますが、ここでは形は平らにしました。




