成長
「凄いや、父さん。あんなに遠くの獲物狙えるなんて」
「ははは、そうだろう。弓ならば誰にも負けないさ」
自信満々で言ったが、内心はヒヤヒヤだったりする。
(ふう、何とか当てられたな)
「この近くに池があるから、そこで解体しよう」
「え? ここで解体するんじゃないの?」
「ん? ああ。解体の仕方は省略するけど、中の臓物を取って血を抜いて、冷やさないと臭くて食べられないんだ」
「へー、そうなんだ。でも、どうして冷やさないと駄目なの?」
「これは詳しくは分かってないんだよ。でも、今までの経験から冷やすのが一番良いんだ。多分、死んだ瞬間から腐っていくんじゃないかな」
「へー、そうなんだ。父さんは何でも知ってるね」
「はは、そうか? でも、何でも知ってるわけじゃないぞ。外の世界は全然知らないからな」
「外の世界?」
「アロはまだこの森から出た事ないから分からないだろうけど。外の世界は私たち、森人族以外の人たちがいるんだよ。父さんが外に出たのは随分昔だから、変わってるだろうけど、楽しかったぞ」
「どうして、森から出ようと思ったの?」
「そうだな。お、池に着いたからまずは獲物を解体しようか。池で冷やしてる間に食べられる野草も摘んでおこう。そしたら休憩中に、その時の事を話してあげよう」
池の畔に座って、獲ってきたばかりの獲物を解体しはじめた。その様子を興味津々で見るめる息子の視線を受けて、解体の手順や注意点などを解説しながら進めていく。解体が一通り終わったら、今度は野草も摘んでいく。その際も、食用の物や毒草、薬草の見分け方も解説しながら順調に集めていく。
そうして、野草も摘み終わり池に戻ってきた。今日の昼食はラパンの蒸し肉と麦粉と香草を練ったトルだ。蒸し肉をトルに挟んで大口で食べる。ラパンは好物なので、今日の昼は当たりだと思いスイに感謝する。二人とも食べ終わったので、さっきの話に戻る。
「それで、どこまで話したかな?」
「えっと、何で森を出ようと思ったのかってとこ」
「ああ、そこか。それはね、族長の話を聞いたからだよ」
「爺様の?」
「ああ、違う違う。今の族長ではなくて、前の族長の事ね。その人はね、森を出て色んな場所を旅をしたんだよ。それを大人になる前に聞いて興味を持ってね。それで、大人の儀式が終わったら森を出たんだよ」
「森の外には何があるの?」
「そうだな、まずは色んな種族の人がいる事だな。私たち森人族だけじゃなくて、見た目が全然違う人もいたな。初めは喧嘩なんかもしたけど、段々と分かり合えて一緒に旅したりね。後は、旅の面白さと言ったら、食べ物だろうね。今でも思い出すよ」
昔の事話してたら、色々と思い出すなあ。アイツ元気にしてるかな、そういや国に戻ってやりたい事があるって言ってなあ。アイツと飲む酒は美味かった。口当たりはさっぱりしてるのに、直ぐに酔っちゃうんだよな。
「へー。ねぇねえ、父さん。どこの食べ物が一番美味しかったの?」
「そうだな、酒はタルパって国が美味しかったよ。直ぐに酔っちゃうんだけど、果実水みたいにたくさん飲めちゃうんだ。食べ物は、珍しい物ばかりでどこも美味しかったんだけど、やっぱりここでの食べ物が一番かな」
「へー、そうなんだ。父さんの他には外に出た人はいなかったの?」
「ん? そうだな。父さんの幼馴染はみんな出なかったね。森の中だけでも生活は出来るからね。外に出る必要もなかったんだよ」
「ふーん、じゃあ外に出なくても良いんだ」
「まあ、そうだな。でも、父さんは外に出て良かったと思ってるよ」
「なんで? 出なくても生活できるのに?」
「それはスイに出逢ったからだよ」
「母さんに? どうして外に出て母さんに出逢うの? 母さんも森人族だよね?」
「確かに森人族だよ。でもね、ここの森で産まれたわけじゃないんだ。森人族が住んでる森はここだけじゃないからね。旅の途中で別の森人族の森に訪れる事があってね。そこで、スイに出逢ったのさ。凄く魅力的に見えてね、何度も会って話して。それで、一緒に旅する事になったんだよ」
「森人族ってここだけじゃないんだ」
「そうだぞ、世界は広いんだ。スイが住んでた森以外にもあるかも知れないな。父さんは世界全部を旅したわけではないからね。途中でここに戻ってきたんだよ」
「それって森のみんなに会えなくて寂しくて?」
「違うよ。スイと夫婦になる為さ。旅の途中でスイに夫婦になろうって言ってみたんだよ。そしたら、はい、って返事を貰ってね。そこから、スイの森に行って両親に夫婦になる事を報告して、ここの森に戻って来たってわけなんだよ」
「ふーん。じゃあ、父さんも世界中を旅したわけじゃないんだ」
「そうだな。今でも旅をしたいって思ってるぞ。でもな、今はアロが成長してからだな」
「そっかあ、その時は外の世界の事教えてね」
「アロは外の世界には興味はないのか?」
「うーん、分かんないよ。僕まだ5歳だよ。この森の事だって分からないのに。外の世界って言われてもなあ」
「そっか、それもそうだな。まあ、森の事も外の事も段々と知っていけばいいさ。あ、そうだ、忘れてた。旅に出て良かった事」
「え? まだあるの?」
「そうだよ、それはね。精霊と契約できる事だよ」
「精霊!? どこで? どうやって? ねえ? 僕にも契約できる?」
「こらこら、落ち着きなさい。精霊についてはアロが大人の儀式に契約する事になるよ。精霊ってのはね、この森だけじゃなくて、世界中に精霊と契約する祈りの場があるんだよ。そこで、契約できるんだよ。だから、父さんは樹の精霊だけじゃなくて、他の精霊とも契約してるんだよ」
「す、すごーい! じゃあ、僕も精霊と契約できるんだね。森の外に出たら、もっとたくさんの精霊と契約も出来るんだね?」
「そうだな、きっと出来るさ。よし、じゃあこの話は終わりにして。狩りをしながら帰るか」
この子は、今は森の外には興味がない。ないと言うよりも、森の中も外も知らないから判断がつかないってところか。でも、精霊には興味があると。ふむ、もしかしたら精霊と契約したいが為に旅に出るなんて言うかもな。そしたら、俺も一緒に行こうかな。いやいや、大人になったのに親が一緒では、恥を掻くのはアロだな。じゃあ、アロが旅立ってから暫らくしたらスイと一緒に旅に出るのも良いかもな。うん、今夜相談してみようかな。
「って言う、話をしたんだよ。外の世界ってのにはまだ興味らしいものはないみたいだけど、精霊とは契約したいらしいんだ。だから、もしかしたら大人の儀式の後に外に出たいって言うかも知れないな」
帰宅して夕食を食べて、アロを寝かしつけた後に、アロとの会話を妻にも聞かせている。今は食後のゆったりとした夫婦の時間だ。子供の成長に関して、共有しておこうというのが私たち夫婦の決め事なのだ。
「そんな話をしたんですか。でも、アロはまだ5歳よ。今は色んな事に興味がいくから、大人になっても精霊に興味があるとは限らないわよ?」
「まあ、そうなんだけどね。でもさ、トプロとミラの時は外の世界に興味なんてなかったぞ」
トプロもミラにも旅の良さを言ったのに、二人とも興味を示さなかったからなあ。その点、アロは少しは興味を持ってくれたからな。精霊に、だけど。
「そう言われればそうね。色んな事に興味があるのは良い事だわ。それに旅に出て、私も良かったって思ってるもの」
「そうなのかい?」
「ええ、そうよ。貴方と出逢えたんですもの。それに、森の中ではなかった楽しい事や苦しい事、そしてそれを分かち合える旅の仲間。これはやっぱり旅に出てみないと分からないものよね」
「スイ……。そうだね。スイに出逢えた事が一番だね。あ、それでね、相談なんだけど。アロが大人の儀式が終わったら、二人で旅に出ないか?」
旅に出て、良かった事が俺と出逢えた事なんて。嬉しい事言うじゃないか。もう、俺が喜ぶ事を十分分かってるな。もう、スイなしでは生きられないな。
「え? いきなりね。もしかして、旅での事を話してたら行きたくなっちゃったの?」
「う、うん。まあ、そうだね。それにさ、久しぶりにスイの両親にも会いたいしね」
「そう言えば、あの森を出てから一度も帰ってないわね。みんな元気にしてるかな?」
「そうだろそうだろ? だからさ、もう一度、旅に行こうよ」
「そうね、良いかもね。でも、アロが大人の儀式をするのはまだ先の事よ? 今から旅の事を話するのは早すぎない?」
「あ、それもそうか。あははは」
「もう、うふふ」
つい旅の事を思い出して、先走ってしまったな。まあ、アロが大人になるにはまだ時間があるんだ。ゆっくり考えていこうか。