料理大会を提案させられ……てないです
白い建物に入る前に大きな門があったから、町に入る時と同じに列に並ぶのかと思ったら、馬車のまま素通り出来た。代官の代理のベンダーさんがいるからと思ったら。違った。窓から見ていると、身なりも種族も性別も年も関係なく出入りしている。その事を聞くと、
「ここは代官様の住居であると共に、この都市の中枢機関なのです。ですから、代官様への陳情もそうですが、ここで働く者や住民が頻繁に出入りしているんです」
「中枢機関とは、何をするところなんですか?」
「国で決められた税の徴収や、住民の管理や工事等を決めたりですね。この都市に関係する事は全部ここで決まります」
「へー」
森で言うと族長やガシさんみたいな感じかな? 決めると言っても、あの森だからな。宴会だったり、精霊殿の担当を決めたりだったかな。
……あ、近場の村との行き来を決めるのもあったか。それでも、森と比べるのは駄目だな。人数も種族も比較にならない程多いんだ、決める事だって多いだろうしな。
その後は、どこをどう通ったのか分からない程に、右へ左へと何度も曲がった。そう言えば、こんなに大きな建物に入ったのはクリスタの軍施設以来かな。あそこもここも木じゃなくて、石で出来てるみたいだな。それにしても、良くこんなに大きな建物が作れるよな。道幅は広いし天井は高いし。つい珍しくてキョロキョロしてしまう。
「(記憶にもあったわよ。それも、これ以上の高さの物がね。精霊樹よりも高い物だってあったわよ)」
「(本当に!? 精霊樹だって相当高いと思うんだけど。って事は、同じ物を作れる?)」
「(それはどうかしら。私は土や石に詳しくないから出来るとは言えないわね。でも、どうやって作ってるのかは分からないわね)」
「(そっかあ。作れたら凄い自慢出来るんだけどな)」
「(自慢は出来るでしょうけど、作ったら冒険者を辞めるの? 作るだけってのも、ねえ)」
「(ああ、そっか。作るとしても、旅が終わってからか。まあ、作らないと駄目って訳でもないから、拘らない方が良いか)」
「こちらです」
いつの間にか一つの扉の前まで来ていた。最後に階段を上った様な気もするけど、キョロキョロしてたしキューカと話してて分からなくなった。ここで勝手に帰れと言われたら、間違わずに帰れる自信がない。最後の手段は窓から飛び降りるしかなさそうだ。
「では、こちらに座ってお待ち下さい。代官様をお呼びしますので」
そう言い残して、部屋を出て行った。部屋の中は、外観とは違って落ち着いた雰囲気がある。必要な物しかない感じだ。椅子に卓に壁に何枚かの絵が飾られていて、卓には花が添えられている。物は少ないけど、高価なんじゃないだろうか。その証と言えるか分からないけど、今座ってる椅子は馬車の物とも宿の物ともリアンの食堂の物とも違い身体が沈みこむ柔らかさだ。
「なあ、こんなところに連れてきて何の話だと思う?」
「ベンダーさんは依頼じゃないって言ってたよな。でも、俺達に話がある。何だ? この町に来て少ししか経ってないよな。その間に何かやったか?」
「この町でってなると、一角鮪をたくさん狩った事か?」
「ああ、あれか。でも、そんなに大事にする事か?」
「分かんねえぞぉ。何が大事なのかは、これから会う代官が決める事だしな」
「う、ううむ。そう言われるとそうか」
ここではまだ偶然魔物を狩ったりしてないぞ。だから組合からも注意もない筈だし。大人しくしてる、よな? 俺達に身に覚えがないと、呼ばれた理由が分からないから不気味だよな。
「待たせてすまないね」
それから直ぐにベンダーさんと男が二人入ってきた。一人は頭が見事に禿げ上がっていて、逆に顎には見事に髭を生やした多分アッチャ族だと思う。小柄だけって事だけど、アッチャ族の知り合いと言えばグリさんだけだ。だから、確実とは言えないけどね。そしてもう一人は何故かリアンさんがいる。何で?
「それで、どうしてここに呼ばれたのか説明はされたかな?」
「いえ、依頼ではないってだけですね」
「そうかそうか。じゃあ説明するな。リアンにも聞いたが、直接君に聞きたくてな」
「はあ、何をです?」
「料理大会の事だよ」
「え!?」
どうして? こうならない様にリアンさんに詳しく話したのに。あれ以上の事なんて、俺からは出てこないぞ。何せ俺が経験した訳じゃないし、俺が考え付いた事じゃないからな。
「(ほらあ、言ったでしょ)」
「(言ったけどさあ。それを見越しての事だったんだけどな)」
「料理大会の事と言われても、リアンさんに言った事が全てですけど。代官は何を聞きたいんですか?」
「様!」
「「??」」
声をした方を見ると、ベンダーさんが凄い目で睨んでいる。え? 何か悪い事言ったか?
「えっと、何ですか?」
「代官様に様を付けて話しなさい」
「様? どうしてですか?」
「この都市で一番偉い方なんです。様を付けるのは当然です」
「当然と言われても」
「なあ、代官って一番偉いって言うけどさ、俺等で言う族長って事か?」
「じゃないか?」
「だったら、様を付けるのは変だよな? 族長の事を族長様って言った事ないぞ」
「だよな」
ナックが小声で話し掛けてきたから、俺もつい小声で応える。まあ、俺達で言う族長だからな。こう言うと族長の事を嫌ってる様に聞こえるだろうけど、そんな事はない。森の事を考え、森人族の事も考えてるんだ。俺は自分の事で精一杯なのに、凄いと思う。だけど、それだけだ。それに……
「当然と言われても、俺達は最近この町に着たばかりです。偉いと言うのは分かりますが、俺達は代官の名もどういった人なのかも知らないのに、様を付ける事はないです。それに、勝手に呼びつけておいて話し方を気を付けなさいと言うのは可笑しな話ですよね? 後、俺達は飯を喰わずに連れて来られたんですけど?」
「っっ!!」
ああ、言っちゃった。つい、ね。でも、嘘は言ってない。うわ、ベンダーさん顔真っ赤にして、さっきよりも睨みが凄い。飛び掛られるんじゃないか?
「あっはははははは」
え、何? いきなり笑い出して。笑う様な事でもあったか?
「こりゃすまん。これはこっちが悪いな。ワシはこの都市の代官のラウンじゃ。さっきも言ったが、リアンに聞いた料理大会の事を聞きたいんだが。まずは飯を喰うか。何が喰いたい?」
「「肉!!」」
話は後でって事で、食堂に場所を移した。ずっと海の上にいたんだ、肉が喰いたくなるのは当然だ。代官のところだからなのか、美味かった。何の肉なのか聞いたら、ヴァンとの事。ヴァンは何度も喰ったけど、こんなにも脂が多いのにそれが気にならないのはなかった。焼き方も違うんだろうけど、分からない。まあ、美味かったからお替りしたんだけどね。
「どうだい、この肉は」
「美味いですね。脂が多いのに、気にならないから何枚でも喰えますね」
「そうだろうそうだろう。何せこの肉は、王族に献上される肉と同じ所から買っているからな」
「王族、ですか?」
「何じゃ、もしかして王族も分からんか?」
「ええ。森から出てからは冒険者をしてますからね。国の誰が偉くてどんな人なのか知らないんですよ。冒険者が知ってても何もならないと思うんですよ。まあ今回は無理やりでしたけどね」
「まあ、冒険者には関係ない事だな。だが、知っていても損する事はないぞ。それに、知っておれば何かの役に立つかもしれないぞ。頼み事をするかもしれんし、人を紹介してくれるかもしれんしな」
「はあ、なるほど」
「で、さっきの話じゃが。王族と言うのはこの国の一番偉い人達じゃ。ワシはこの都市だけだが、王族は国全体で偉い人って事じゃな」
「へー、なるほど。王族って何かの種族なんですか?」
「へ? いやいや、違う。王族はアッチャ族じゃ。最初はただのまとめ役だったんじゃが、国を作る時にそのまま王になった訳じゃな」
「ああ、なるほど。俺達が国を作るとしたら、族長がそのまま王になるのと同じって事ですね」
「まあ、そんなところじゃな。でも、この国の王族は一つの家で成り立ってる訳じゃないいんじゃよ」
「王が一人じゃない??」
「ああ、いや王は一人じゃよ。でも、その王は三つの家で順番になるんじゃよ」
「順番、ですか。何だか難しいですね。それに、王族って言われても会う事もないでしょうし。そこまで知らなくても良いかな」
「まあ、そうじゃろうな。冒険者が王族と会うなんて、まずない事じゃな。同じアッチャ族だって会う事はないんじゃからな」
「そうですよね。それに、もし会う事になったら面倒事の臭いがしますよ」
「あっははは。王と会うと面倒、か。ワシなぞは会うってだけで喜ぶんじゃがな。そうか、冒険者とはそう考えるのか。こりゃ良い事を聞いたわい」
だって、面倒だろ。代官でさえ、面倒だと感じてるのに、国で一番偉い人に会うのってどれだけ面倒なんだって話だよ。俺達の都合なんて考えずに面倒を押し付けるだろうし。
「まあ、そんな偉い人に献上されてる肉だから、美味いに決まってるんじゃ。王族に献上するから美味いんじゃなくて、献上する位に美味い肉って事じゃぞ」
「なるほど」
俺、さっきからなるほどしか言ってない様な気がするな。なるほどって言っておけば、話を聞いてるって感じがするから良いよね。
「じゃあ、飯を喰い終わった事じゃし、料理大会の事を聞くとしようかな」
「分かりました」
ああ、忘れてなかったのね。こんなに美味い肉が喰えたんだから、断れないしな。それに、同じ事を話せば良いだけだしな。




