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新味覚

強烈でいて嫌な匂い→強烈な腹を刺激する匂い (2017/9/23) 寝惚けて逆の意味にしていました。

受け → 請け (2017/11/1)

 「おい、スポル。一角が多すぎないか?」

 

 「ははは! 俺にかかれば、こんなもんよ! と、言いたいがな」

 

 あの一角の群れを狩りつくしたら、その後は何事もなく港に帰ってこれた。あの群れが何だったのかって位に。でもお陰で、数もそうだが大きさも今年で一番になれそうだ。いや、もしかしたらこれまでで一番かもしれない。それ程に凄い事だ。何より、港に帰ってきた時の皆の驚きったらねえ。数で驚いて、その後に水揚げされた物を見て更に驚いて。あれは何度経験しても気持ち良いものだ。

 

 「違うのか?」

 

 「ああ。あそこにいる坊主達のおかげだ」

 

 「あの坊主達が? 本当か?」

 

 「何だ疑ってるのか?」

 

 こいつとは幼馴染で同じ船乗りで、いつも競っていた。いや、今もか。だからだろうな、俺の力だって言わないで、坊主達のお陰だって言うのが信じられねえんだろう。

 

 「そりゃ疑うだろ。疑うなって言う方がどうかしてると思うぞ」

 

 まあ、言ってる俺も信じられねえな。でも、この目で見ちまったら信じるしかねえじゃねえか。

 

 「でも、本当なんだがな。まあ、実際に見ないと分からない、か。まあ、あの坊主達の事を覚えておいて損はねえと思うぜ」

 

 「お前がそこまで言うんだったら、覚える位はしておくか」

 

 まだ信じられねえって顔だな。あの坊主達が依頼を請けるかどうかは分からねえが、一緒になったら嫌でも分かるだろう。

 

 「おう、そうしとけや」

 

 

 「スポルさん、組合に行きましょうか」

 

 「おう、そうだな。じゃあな」

 

 

 「あんな坊主達がねえ。見かけに騙されちゃ駄目って事か?」

 

 

 

 「スポルさん、報酬が多いんですけど」

 

 「良いって事よ。それだけの仕事をしたんだからな」

 

 「でも、一角の角まで貰って……」

 

 「良いんだよ。あれだけの数だ、こっちだって稼げるんだ。何だ? 金はいらねえのか?」

 

 「いえ、そうじゃないんですけど」

 

 「だったら、受け取ってくれや。金には困ってねえかもしれんが、少ないよりは良いだろ?」

 

 「そう、そうですね。じゃあ有り難く受け取っておきます」

 

 「おう。じゃあ、依頼はちょくちょく出しておくから、暇な時にでも請けてくれや」

 

 「分かりました。その時はまた」

 

 「またな!」

 

 スポルさんは笑って右手を上げながら、港の方へと歩いていった。報酬を多くしてもらったからには、もう一度位は依頼を請けないと駄目だろうなあ。もしかして、それを見越して? ……まあ、それでも良いか。

 

 「なあ、角なんてどうするんだ?」

 

 「ん? 鋭いし硬いし鏃には良いかなって思ったんだけど、どうかな?」

 

 「ああ、だから先端だけなのか。まあ、やってみれば分かるだろ」

 

 「それもそうだな」

 

 「それでどうする?」

 

 「決まってるだろ? 丁度昼飯時なんだ、肉を喰う!」

 

 「だよな!」

 

 「行くか!」

 

 船に五日だったかな? たったそれだけって思うかもしれないけど。船にいる間は魚ばっかりだった。それもその筈で、周りは海なんだから喰い放題って訳だ。だから、そこでは肉は喰えない。陸なんて港を出てからは一度だって見てないからな。喰えないってなると余計に喰いたくなるんだ。

 船にも肉はあった。あったけど、干し肉じゃあ満足は出来なかった。出来ないどころか、余計に肉を喰いたくなった。それも焼きたての塊りの肉を!

 

 

 

 「ここなんか良さそうじゃないか?」

 

 コライに来て直ぐに依頼を請けたから、街中の事が良く分からない。でも、肉の匂いだけを頼りに歩き回った。歩き回った結果、目の前の一軒に辿り着いた。匂いはもちろん肉だ。だけど、嗅いだ事のない鼻と腹を刺激する匂いまで混ざっている。

 

 外観は平屋で窓には透明なガラスが填められている。ガラスは見た事はあったけど、ここまでたくさんの大きなガラスは今までなかった。その窓から中の様子を見る事ができ、中々に賑わっていそうだ。屋根は三角で赤く塗られている。入口の扉も同じく赤だ。

 

 「おう、良いんじゃないか。何だか美味そうな匂いもしてる事だし」

 

 

 

 カラン

 

 「何名ですか?」

 

 扉を開けると、何かの仕掛けなのか金属音が鳴った。それに少し驚いていると、給仕が近づいてきた。

 

 「えっと、二人です」

 

 「では、席に案内しますね」

 

 なるほど、音で客が来たかどうかが分かるって事か。考えられてるな。でも、駄目だな。何だか、いつもの自分らしく振舞えてない気がする。

 

 「こちらがお品書きです。決まりましたら、手を挙げて下さい。給仕の誰かが聞きに来ますので」

 

 「は、はあ」

 

 それだけを伝えて去ってしまった。駄目だ、何もかもが新しくて戸惑ってしまう。座った席も宿にある様な木だけの椅子だけじゃなくて、何かの毛皮なのか敷いてあって柔らかい。卓もただの木だけじゃなくて、白と赤の布が敷いてあって、木の部分が見えない様になっている。

 周りを見ると、宿の食堂とは違って騒いだりしてる客はいない様だ。話し声は聞こえるけど、静かだ。時々笑い声が聞こえてくるだけで、静か過ぎる。給仕の人も動き回ってはいるけど、音を出していない。歩いていれば、音位は聞こえるものだと思うんだけど。もしかして訓練したのか? うーん、あの音を出さない歩き方は狩りにも役立ちそうだな。あ、あの人達は本当は給仕じゃなくて、狩人とか?

 

 あの人は、耳と尻尾からすると、犬人族かな? 他の給仕と同じ服を着てる。同じにする意味ってあるのか?

 

 「おい、アロ。おい」

 

 うーん、分からない。どうして同じ服を着てるのか、どうして静かに歩けるのか。もしかいて、凄く良いところに入っちゃったのかな。持ってる金で足りないって事はないと思うんだけど、どうだろ。

 

 「アロ、おい!」

 

 「ん? なんだ?」

 

 「何だ、じゃねえよ。さっきから話しかけてるのに、無視しやがって」

 

 「すまんすまん、気付かなかった。ところで、何で小声なんだ?」

 

 「いや、何となく」

 

 「そ、そうか」

 

 周りが静かだから、騒いじゃ駄目って思っちゃうな。普通に話せないだけで、こんなにも緊張するものなのか。

 

 「で、どうする?」

 

 「どうするって言われてもなあ」

 

 渡された品書きを見る。肉を喰いたいってだけで入ったからな。何の肉を喰いたいとかはないんだよな。でも、こうやって見ると肉って言っても何種類もあるんだな。ランとかグリエは喰い慣れてるからなあ。

 

 ん? ヴァン豚? 喰った事はないな。ヴァンと豚は喰った事はある。だけど、ヴァン豚なんて名じゃなかった。想像は出来ないけど、喰ってみるか。

 

 「俺は決まったぞ。ナックは?」

 

 「……俺も決まった」

 

 俺は静かに手を挙げた。すると、さっきと同じ人がこちらにやって来るのが見えた。本当に手を挙げただけで、分かるんだな。

 

 「ご注文はお決まりですか?」

 

 「はい、ヴァン豚の1ミリシム・ポワで」

 

 「焼き加減はどうしますか?」

 

 「え? 焼き加減?」

 

 「はい。中までしっかりと焼くダンか、少し生の部分を残すアムか、表面を焼くだけのレアか」

 

 「じゃあ、アムで」

 

 「ソースはどうしますか?」

 

 「ソース? 何種類もあるんですか?」

 

 「はい。匂いが気にならないのでしたら、大蒜ソースを、果実や野菜を煮詰めた少し甘いグレイソースを」

 

 「じゃあ、大蒜ソースで」

 

 「付け合せの野菜の……」

 

 

 

 「ふう、注文するだけで疲れちまったよ」

 

 「だな。あそこまで、と言うか詳しく、それもこっちに決めさせるなんてなかったぞ」

 

 「うん。それなのに今までの所と比べても凄い高価って訳じゃない。どうなってるんだ?」

 

 「分かんねえな。まあ、喰ってからそれを判断すれば良いんじゃねえか? 美味かったら儲けものだし、美味くなくても、こういう食堂もあるんだなって思えば良いさ」

 

 「まあ、そうだな」

 

 肉が喰いたいからって一番重いヤツにしちゃったけど、どうだろ。美味しくなかったら、残すってのはしたくないしな。あ、ヴァン豚ってどんなヤツなのか聞くの忘れちゃった。まあ、良いか。美味かったら聞けば。それにしても、焼き加減なんて気にしたことなかったな。て事は、ここで厨房にいる人はそこまで拘ってるって事だな。あ、そう考えると期待しても良さそうだな。うん。

 

 「(そうそう。記憶でも、この店と同じ様な所に行ったってのがあったわよ)」

 

 「(へー、そうなんだ。じゃあ、肉の種類とか焼き加減も記憶にある?)」

 

 「(そうねえ。ヴァンは牛って動物なのよ。それで、豚はあっちでも豚ね。種類は違うから、合わさったものなんてないはずよ。それに、焼き加減もそうだけど、大体同じね)」

 

 「(へー。肉って言ったら何の種類が多いの?)」

 

 「(んー、そうねえ。ヴァンが多いみたいね。こういうところだと、ヴァンが多くて、豚と鳥は少し用意してるって感じね)」

 

 なるほど。ヴァンを主に扱っていたと。そして、ヴァンと豚が合わさった物は知らないと。そうなると、ヴァン豚ってのはダイスケも喰った事がないって訳だな。じゃあ、これを喰ったらダイスケに自慢出来るな。例え美味くなくても。

 

 

 

 「お待たせしました。ヴァン豚のアムです」

 

 そう言って、俺の前に皿を置いた。置いたけど、ただの皿じゃない。恐らく鉄か何かの金属で出来てるんだと思う。焼きたてって分かる位に肉から匂いがするし、皿からも熱さが伝わってくる。それにしても、肉の上に乗ってる白っぽいのは何だ?

 

 「仕上げをしますので、こちらを胸の高さまで持ち上げていて下さい」

 

 仕上げ? もうこれ以上は何もないと思うんだけど。まあ、良いか。言われた通りにするか。多分、厚手の紙だと思う物を、広げて胸の高さまで持ち上げる。

 

 すると、紙越しでじゅわあっと音と匂いが強くなるのが分かった。何をしたのか覗き込むと、ソースを掛けただけらしい。でも、この仕上げでソースが焼ける匂いが、入る前に嗅いだ匂いと同じ事が分かった。何だろう、目の前でこの強烈な匂いを嗅がされると、早く喰いたいって思ってしまう。

 

 「鉄板でソースが焼けて飛び散りますので、落ち着いたら紙を下ろして召し上がって下さい」

 

 ナックの方にも同じ事をしているが、もう何も目に入らない。今は、ソースが落ち着くのを目と耳に集中しているんだ。これは期待するなって言う方がどうかしてる。この強烈な腹を刺激する匂いを前にまだ喰えないなんて! 

 さっきから、俺の腹が鳴っていて喉がカラカラに渇いている。早く喰いたい。どんな味なのか早く喰ってみたい。まだか、まだなのか。

 よし、落ち着いたな。落ち着いたって事にしよう。では、喰いますか!


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