湾岸都市コライ 参
「数はどれくれえだ!」
スポルさんが大声で見張り台の乗組員に聞いている。さっきの声で他の乗組員達が急いで出てくる。俺達は元から外にいるから、皆して船の前後左右に分かれて周りを見渡す。
「前方、見えるだけで二十はいそうです!」
「どれだけ離れてる?」
「俺が見えるぎりぎりなんで、このまま進めば夜前にはぶつかります!」
「っち、夜か。夜は避けてえな。仕方ねえ、今日はここで夜を過ごすか。陽が昇ると同時に出発する。見張りは交代でやるぞ!」
「「うす!」」
「と言う訳だ。一角がこっちに向かって来なければ良いんだがな。あいつ等の角は鋭くて船底を貫通しやがるんだよ。だから、群れは避けてえんだ。二頭位なら寧ろ狩りてえんだがな」
「そんなに危険なんですね。俺達に出来る事ってありますか?」
「んー、ねえな。見張りもこっちでやるし、もし狩るとしてもこっちでやるからなあ」
「分かりました。じゃあ休んでますんで、もし必要になったら呼んでください」
まだ昼を少し過ぎた位だから、停泊して昼食にする事になった。もちろん見張り台には常に一人上っているから、残りで食事だ。海の真ん中だから、肉は保存食しかなく食べるのは魚だ。その魚も釣ったりはしない。何故なら、さっき獲ったのがまだ水槽で生きてるからだ。それと、少しの野菜と果物がある。まあ、本当に少しだけだ。
「それでどうするんです?」
「決まってるだろうが、あんな数は流石に船に穴が開いちまう。そしたら沈没だろうが。一頭二頭なら狩るが。こっちに気付かなければ良いんだがな」
「じゃあ警戒だけは怠らない様にします」
「おお。それと、狩るかもしれんから、槍も準備してけ」
「「うす」」
と、こんな感じで食事の間は一角との対策で終わった。まあ、こっちは警戒と準備はするけど、どうなるかは一角次第って事。
「なんだか大変な事になったな」
「何で嬉しそうなんだ?」
「え? そうか?」
「うん。お前、ニヤけてるぞ。海の上だから暴れたりないって顔してる」
「うっ。ま、まあ、そうだけどさ。アロはどうなんだよ」
「確かに暴れたりないよ。でもさ、ここって海の上で足場がここしかないんだぞ? どうやって暴れるんだ?」
「そ、そりゃ……跳び乗るとか?」
「無理に決まってるだろ。乗れる程大きいのか? それと、潜られたら駄目だろ。それに、もし跳び乗れたとして戦えるのか?」
「何だ、アロも考えてたのか」
「そりゃそうだろ。一角がどんなヤツかは分からないけど、何か出来るかもってな。でも、船だろ? 俺達が出来る事なんて、乗組員の方が得意だろ」
「た、確かに」
「だったら、何もしないで待つ。いつでも手助け出来る様に心構えをしておく、位じゃないか?」
「うーん。それしかないのかな?」
「ないだろ。剣を使う事なんてないし、弓なんて矢の無駄遣いになるだろ」
「それもそうだな」
この日は、何事もなく一日が終わった。船で寝るのも三日目だから、揺れるのも狭いのも少しは慣れてしまった。こんなのに慣れたくないと思うのと反対に、慣れないと陽が昇ってる時の活動が鈍いって事だ。それに、もしかしたらこれからの旅で安心して寝れない事もあるだろう。そう考えると、練習を出来たって思う事にしよう。
うん。その方が俺の心には良い気がするな。
「お、起きたか坊主達」
「「はい」」
「良かったな、一角が襲って来なくて」
「そうですね。寝てる間に気付いたら、沈没してましたってのは嫌ですからね」
「ははは、ちげえねえ。まずは腹ごしらえでもするか」
船の一室から出て、まずは外の空気を吸って食堂に行く。今日も晴れになりそうだ。まだ、陽が遥か彼方に覗いているだけだけど。それに、風もあるから進めないって事はないだろう。
「こうも魚ばかりだと肉が恋しくなりますね」
「まあ、そう言うなよ。魚だって立派な肉だぞ。それに喰いたくてもここには海しかねえ。だったら魚を喰うしかねえんだよ。陸の肉を喰いたきゃ、干し肉があるぞ」
「いえ、良いです。喰えないのは分かってますから。それに喰いたいのは干し肉じゃなくて、焼きたての塊り肉ですから」
「「じゅるっ」」
涎の音が聞こえたと思って、周りを見ると食事の手が止まっている。もしかして、焼きたての肉を想像したんだろうか。それだったら悪い事をしたな。
「おい、肉の話は止めろよな。でっけえ肉が焼ける音と味を思い出しちまったじゃねえかよ」
「す、すいません」
「お前こそ、止めろよな。思わず想像しちゃったじゃねえかよ。どうしてくれるんだよ。ここでは、肉の話はナシって決まりだろ?」
「すまねえ。まだ三日だってのにな。だけど、肉の話が出たからつい、な」
「まあ、良いけどな。でも、帰ったら肉奢れよ」
「お前等、無事に帰ってからにしな」
「「……うす」」
うん。絶対に悪い事しちゃったな。でも、魚を獲る事を仕事にしてる位だから、魚ばっかり食べてるのかと思った。もしかして、陸から離れるから余計に肉が恋しくなるとか?
「おい! どんな感じだ?」
「昨日と変わりません! 何故かあそこに居座ってます!」
「数も同じか?」
「はい!」
「昨日と同じ? 何でだ?」
食事が終わって、スポルさんが見張り台の乗組員に聞くと、変わってないってきた。それを聞くと、手で顎を摩り目を瞑り、首を傾げながらぶつぶつと何かを呟いている。余りに小さいから何を言ってるのかは聞き取れない。これからの事をどうするか考えてるんだろう。船長のスポルさんが決めないと、何も始まらない。
「よし! どうして居座ってるのかは分からねえが、右に大きく迂回するぞ! 少し予定より掛かっちまうが、あんな数とぶつかったら沈没しちまう」
「「うす!」」
それからは早かった。風を良く受ける為に帆を調整したり、見張り台を交代したり、槍の手入れをしたり、スポルさんは操舵室に行ったりと。手際が良いとかじゃなくて、身体が勝手に動いてるって感じだ。
そんな訳で、俺達は暇だ。何もする事がない。陽は徐々に昇り始め、風も強すぎず弱すぎず心地良い。波も荒くない。と、くればやる事は一つしかない。
「寝る!」
こんな暖かい陽で揺れも少なく、寧ろ眠りを誘う位だ。これで寝るな、なんて言えるだろうか。いや、言えないはずだ。何しろ、隣ではナックも横になってる。大丈夫、甲板は広いし邪魔になってない筈だ。それに、寝転がって目を瞑ってるだけだ。寝てる訳じゃない。寝てる訳じゃ……。
「おい、坊主達! 起きろ!」
「んあ? どうしたんですか?」
「迂回してたんだが、一角の群れがこっちにもいた。すまんが、協力してくれ」
「分かりました。で、何をすれば良いんですか?」
「とりあえず、うちの乗組員と同じ事をしてくれりゃ良い。狩ろうとは思わなくて良い、追い払えば良いんだ」
危うく寝るところだった。ふう、目を瞑ってただけだから、大丈夫なはずだ。陽が真上に来てるなんて気のせいだ。うん、気のせいって事にしておこう。
「それで俺達はどうすれば?」
船首では、乗組員が槍を手に海に投げ込んでいた。槍じゃなくて、長い棒で海を叩いてもいた。船は進んではいるけど、さっきよりは緩やかになってる。
「おう、あんちゃん達来たか。そこにある槍を投げつけてくれや。槍には紐がついてるから、外しても何度でも投げてくれ。当てるのは目的じゃねえから、遠慮はいらねえぞ」
「分かりました。でも、当てても良いんですよね?」
「ああ? 当てられるならな。ただ、当てたら気をつけろよ。血の臭いでもっと寄って来るからな」
「だとよ。どうする?」
「もちろん。当てるに決まってるだろ」
聞くまでもなかったか。暴れたりないって言ってたしな。まあ、俺もだけど。そう言えば、槍を投げるなんてした事なかったな。遠い獲物は弓だったし。そもそも槍自体、使わないしな。
「難しいんだな」
「そりゃそうだ。直ぐに当てられたら、ワシ達の立場がなくなっちまう」
俺が小さい声で呟いたのに、隣にいた乗組員のおじさんが笑顔が応えてきた。そう言うおじさん含む乗組員は何頭か狩っていて、辺りは血で真っ赤に染まっている。しかも胴体じゃなくて、頭に突き刺さっている。流石としか言い様がない。
でも、段々と掴めてきた。何回も投げてれば、いつ投げれば良いのか予想出来る。それに、乗組員達の動きを近くで見れてるのは大きいと思う。
「あんちゃん達、すげえな。適当な数を狩ったら逃げると思ったのに、逃げるどころか寄ってくるんだからな。しかも、それをワシ達と一緒に狩っちまうんだからな」
一緒に狩った一角鮪を、血抜き処理しながら笑顔で話しかけてくる。俺もこんなに当たるとは思わなかったよ。大きさは角まで入れたら俺の倍位はあるんじゃないかな。しかも、角が俺と同じ位だ。重さは俺とナックを合わせても足りない位だと思う。よく、こんな大きな角を持ったヤツを狩れたな。こんなのが海にいたら、危なくて泳ぎも出来ないな。でも、クリスタでは聞いた事もなかったよな。ここでの特有の魚なのかな。確かに、これだけ大きくて硬く鋭い角だったら、底なんて簡単に穴が開くだろうな。底だけじゃなくて、身体も貫けそうだな。




