誕生
「おぎゃあおぎゃあ」
その日、ある家で小さな産声をあげて子供が産まれた。
「スイ、やったな。無事産まれたな!」
夫と思われる男が、産声を聞くなり勢い良く部屋に入ってきた。
「おお、この子かあ。まだしわくちゃだけど、可愛くて元気な声をあげてるなあ」
そう言うと、産まれたばかりの我が子をまじまじと見つめて感慨深げに呟いた。
「はぁはぁ。あなた、私も見たいわ。抱っこさせてくれる?」
「ああ、いいとも」
そう言って、布に包んでそっと抱きかかえて、妻の腕にそっとあずける。
「こんにちわ、私たちの子。3人目だけど、この瞬間だけは良いものね。さっきまでの痛みを嘘みたいに忘れさせてくれるわ」
我が子を自愛に満ちた顔で覗き込んでいる。どれだけ、見つめていただろうか。
「おいおい、いつまで独り占めしてるんだい? 私にも見せておくれよ」
「あら、ごめんなさい」
あ、と思って抱いたまま顔が見える様に体勢を変えた。そして今度は二人して黙ってじっと見つめるのだ。
「まだしわくちゃで小さいけど、見てて飽きないなあ。髪は私似で、瞳はスイ似かな。これは確実に容姿に優れた立派な子になるだろうな」
「うふふ。あなた、産まれたばかりなんだからまだ分かりませんよ。それに、その言葉も3回目ですよ。……まあ、私は容姿よりは立派に育ってもらいですね」
「随分前の事なのに、良く憶えていたね。まあ、そんなスイも同じ事言ってるけどね」
「あら、そうでしたっけ? うふふ。まあ、いいじゃないですか。二人とも立派に育ったんだし。それに、容姿だって悪くないと思うのよ。それを考えると、この子も立派に育ってくれると思うのよ」
「そうだね。まあ、その為にはしっかりと育てないとね」
産まれたばかりだと言うのに、成長後の事を話し合っている。そんな二人に産婆としている人物が徐に会話にはいった。
「産まれたばかりだと言うのに、二人とも気の早いことだね。その前にしなくちゃいけん事があるでしょうが」
「あ、婆様。ありがとうございます。婆様にはうちの子、全員取り上げてもらいましたね。婆様が取り上げたから、立派に育ったんじゃないですかね。だとしたら、この子も」
「馬鹿言ってんじゃないよ。あたしが、どんだけ取り上げたと思ってるんだい。お前さんたちだってあたしが取り上げたんだから。そんな事言ってないで、親がまずしないといけない事があるだろう」
「あ、そうでした。スイは何か考えていたかい?」
「いいえ、男の子か女の子か分からなかったし。なにより、無事に産む事だけを考えてましたから」
「そうか、僕は考えてたんだよ。男の子ならアローニ、女の子ならフラってね。だからこの子には、アローニって名前を贈ろうと思うんだけど、どうかな?」
「アローニ、アローニ。ええ、良い名前ね。響きも良いし。あなたはこれかはアローニよ。よろしくね」
名前が決まった事が分かったからなのか、アローニは笑いながら何かを掴む動作をしながら眠りについた。
「さあ、名前も決まった事だし。もう良いだろう。スイは産んだばかりで疲れてるんだ。休ませてやりな」
「あ、そうですね。じゃあ、スイは寝な。僕は眠るまでここにいるからさ」
「ええ、じゃあそうさせてもらうわね」
そう言うなり、直ぐに寝息を立ててしまった。余程、疲れたのだろう。
「あんたもだよ。ここにいても良いけど、起こさない様に静かにしてるんだよ。何かあったら呼んどくれ。あたしは戻るから」
「はい。もう一度言わせて下さい。ありがとうございました」
荷物を片付けて、部屋から出て行った。部屋に残るのは親子のみとなった。
「アローニ、元気な子に育つんだよ。そして、父に自慢させておくれ」
誰も聞いてないけど、そんな言葉を産まれたばかりのアローニに言っている。それから暫くは静かに眺めていたのだが、静寂が眠気を誘ってきたので椅子の上で眠る事にした様だ。
「ふう、やっと産まれてくれましたか。ここまで長かったですね。まあ、ここまでは何もしてないんですけどね。では、長い事考えてた演出をするとしますか。あの者は驚くだろうか、それとも……」
「あ、産まれた事を迦具土様にも報告しないと」
これからの事を考えると、業務が増えるだけなのだが、代わり映えのない日々に刺激が足されるとあって思わず口角があがってしまった。