湾岸都市コライ 弐
へ、なるほど→へー、なるほど(2017/10/6)
受け → 請け (2017/11/1)
目線 → 視線 (2018/1/19)
青い海、押し寄せる白波、そして青い空、白い雲。陽は真上まで来ていて、遮る物がなくて眩しい。だけど暑いとは感じない。
と、言うより感じてる暇がない!
「ここはどこなんだ~!!」
「海に決まってるじゃないか」
ナックさん、そこは冷静に現実を教えないで欲しかった。海なのは分かってるよ、依頼を請けたんだから。もちろん船に乗ってる。前みたいな酷い状態にはなってない。なってないけど……。
「分かってるよ! ここが海って事位! でもさ、見渡す限り海じゃないか! どうしてだ!?」
「そりゃ依頼を請けたからに決まってるじゃないか」
「そうだけど、そうじゃなくて! 俺が言いたいのは、何で船で寝泊りしてるのかって事だよ!」
「だから、依頼を請けたからだよ」
「船酔いは克服したさ。だけども、あの時は陸が見えたぞ。今回はどうして海の真ん中なんだよ!?」
「何度言わせるんだよ。依頼を請けたからだよ」
「だから、何でこの依頼を選んだのかって事だよ!」
「そりゃ、クリスタとは違う依頼が良いかなって思ってさ」
「相談位してくれよ~。俺達仲間だろ?」
「うっ。まあ、な」
「まあ、な。じゃないだろ!? ったく、今回が初めてじゃないから別に良いけどさ」
そう俺達は海の依頼を請けている。クリスタとは違い、遠くまで出て来ている。船に乗った日に陸は見えなくなった。ジットさんの船よりは大きく速いし、乗組員も多い。乗組員は俺達と同じ位の年頃から船長位までいて、年は関係なさそうだ。でも、年が上に行くにつれて、肌が焼けて筋肉がはち切れんばかりだ。
大きいから揺れないのか、海が穏やかだから揺れないのかは俺には分からない。分からないけど、揺れないのは有り難い。有り難いんだけど、景色が変わらないってのはそれはそれで苦痛だ。だって、陸が見えなくなって二日だぞ。他の船がいる訳でもなし、どこに向かってるのかなんて俺達には分からない。苦痛もそうだけど、段々と不安になってくる。
「坊主達、何してんだ?」
「あ、スポルさん」
この人は今回の依頼主のスポルさん。魚人族の年は五十四だって言ってた。魚人族と一言で言っても、全員が同じ姿形じゃなくて、それぞれ祖となる魚が違うのだ。だから当然、姿形は違う。違うけど、呼ぶ方は魚人族って呼んでいる。本人達は纏めるなって思っていて、魚人族って呼ぶと余り良い顔はしない。だから、魚人族って呼ばない様に注意している。
スポルさんは鯛が祖で、陽に焼けた訳でも酒の飲んでる訳でもないけど、顔は赤っぽい。耳はあるんだけど、その位置にはヒレみたいなのがついている。目は黒目で大きく、口は突き出ている。尚且つ唇は太い。髪はない。禿げてる訳じゃなくて、元からないそうだ。あ、ちなみに乗組員全員、魚人族だ。
「で、何してるんだ?」
いけね、ついつい見詰めてしまった。別に性的な意味はないぞ。ただ、初めての種族だから見ちゃっただけだよ。って、誰に良い訳をしてるんだか。
「いやー、この船はどこまで行くのかなって」
「おお、そうかそうか。でも、もう少しだぞ。もう少しで坊主達の仕事が待ってるぞ」
「あの~、依頼を請けておいて何なんですが。どこに向かって何をするんですか?」
「はあ? 依頼書を見てねえのか!?」
「ええ、俺は」
ジロっとナックを睨むと、すっと視線が合わないように顔を逸らした。ったく、どうして海関連だと俺に相談しないんだ? まあ、聞かなかった俺も悪いけどさ。
「もう少し行くと良い漁場があるんだがよ。そこで網で一気に掻っ攫うって方法よ。まあ、時々大物が来るからそれも仕留めるがな」
「へー、なるほど。種類は特に決めてないんですか?」
「種類は決めてねえな。網にかかった物が獲物だ。だが、そうだな。鯛の大きなヤツとサルモの産卵を控えた太ったヤツだな。大物はやっぱり一角鮪だな」
え? 聞き間違いかな。鯛って言った様な……。確かスポルさんは鯛が祖なのに、獲る事とか食べる事には反対しないのかな?
「一角鮪ってどんなヤツなんですか?」
「鮪って見た事あるか? そいつに角を生やしたヤツなんだが」
「見た事ないですね」
「そうかそうか。じゃあ会える様に楽しみにしてろや! でも、大きくて凶暴だから海に引き摺り込まれない様に注意しろや」
「分かりました」
話し終えて満足したのか、甲板にある操舵室に戻っていった。
「おい、知ってたんだろ?」
「そりゃあ、な」
「だったら、教えろよな。船に乗るのだって、克服したんだぞ。隠す必要なんてないだろ?」
「まあ、そうなんだがな。つい、な」
「つい、で済ませるなよ。これからはどんな依頼でも相談して決めようって言ったじゃないか。どんな危険があるのか分からないからって。まあ、俺も聞かなかったから悪いんだけどさ」
「わ、分かった。今度からはそうするよ」
「ったく、頼んだぞ」
ふう、困ったもんだよ。一緒に旅をして一緒に依頼を請けるんだから、相談は絶対だよな。どんな罠があるのかも分からないし、準備だって必要になるだろうし。今回だってそうだよ。こんなに長い事海の上にいるとは思ってなかったから、飯なんて持ってきてないし。もしかしたら海に投げ出されるか遭難するかもしれないんだ。準備はやりすぎって位にした方が後悔しないで済むし。なにより、心の準備が大事だと俺は思う。
まあ、良いけどで済ますのは駄目なのかな。もし次、同じ事をしたら俺は行かないでナックだけで行かせるか? うーん、そうするとヴェールとしての信用がなくなるしなあ。どうしたもんかな。それとも、他の冒険者は相談なんてしないのかな? 俺が考えすぎなのかな? 分からない、他の冒険者に詳しく聞いた事なんてなかったからなあ。
「よーし、この辺で良いだろ! お前等、網を投げな!」
「「うす!」」
あれから本当に少し進んだ所で、スポルさんが大声を張り上げて乗組員に指示を出した。さっき話した所と今の場所の違いが俺には分からないけど、スポルさん達には経験に基づく何かがあるんだろう。
その合図で、船尾に移動して網を投げ始める。その網が長い事長い事。一体どれだけの網を投げ込むんだと思う程に。投げ込んだ先からどんどんと海に飲まれて行き、その間も船は進んでいるので、白波と網が沈んでいく様子に陽が照らされて何とも綺麗だ。と、俺が思っている間に全ての網が投げ終わっていた。
「それで、この後はどうするんですか?」
「船を進めるだけで、底についた網が魚を掻っ攫うんだ。適当な所で合図をするから力一杯引いてくれ」
「それだけですか?」
「それだけっちゃそれだけだが。何も一回とは言ってねえぞ」
「ちなみにいつもは何回やるんですか?」
「そりゃ船の水槽が一杯になるまでだよ。決まった回数なんてねえよ」
「わ、分かりました」
まあ、水槽がどの位の広さなのか、一回でどれ位魚が獲れるのか俺には分からないから、回数は気にしないでおくか。それよりも、魚がたくさん獲れる様に祈るか。こればっかりは、俺達にはどうしようもないからな。どこに魚がいるのか、どれだけ獲れるのか何て運だからな。幾ら俺達が精霊術を使えたとしても何の意味もないからな。
「よーし、そろそろ良い頃合だろ! お前等、引き上げな!」
「「うす!」」
投げた網の端は船尾に括りつけてあって、それを左右に分かれて息を合わせて力一杯引く。ただ、単純に引くだけなのに大勢と息を合わせるってのが思ったよりも大変だ。
「ふう、結構獲れましたね」
「一回でこんなに獲れたか。こりゃ直ぐに終わりそうだな」
その祈りと言うか勘と言うのか、確かに直ぐに終わった。こんな遠くまで来る意味があったのかって位に、呆気なく水槽一杯になった。なってしまった。余りに多すぎて、数えられてないし、もちろん種類も分からない。まあ、俺達が見ても種類なんて分からないんだけどね。
「よーし、一杯になったから帰るぞ!」
「「おう!」」
「いつもはもっと掛かるんだけどな。坊主達が一緒だからだな」
「そうだったら良いんですけどね。俺達としても早く終わる方が良いですしね」
はあ、ここに来るまで何だったんだ? 二日も掛けて来たんだぞ? それを、陽が落ちる前に終わってえ。いや、終わる事は良い事だよ。何もずっと漁をしたいって言ってる訳じゃない。ただ、二日も掛けて来たのに、目的の漁が直ぐに終わるなんてって思っただけだ。決して、物足りないとかは思ってない。思ってないぞ。
「(そんな事言ってるとぉ、何か起こるわよ)」
「(ま、まさか)」
「(分からないわよぉ。アロが関わってるってだけで、何か起きそうだし)」
「(そんな事ないだろ)」
「(今までの事を思い出してみなさいよ。何も起きなかった時なんてないでしょ?)」
「(た、確かに。で、でも、俺じゃなくてナックの方かもしれないだろ?)」
「(そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。まあ、何かが起きてるって事は確かよね)」
ううむ。確かに今回は物足りないって感じた。船に慣れて余裕が生まれたってのもあると思うけど、やった事と言えば網を引くだけだからな。冒険者じゃなくても出来る事だからな。別にこの依頼を軽く見てる訳じゃないんだけど……。
「一角の群れが出たぞーーー」
そんな事を思ってると、見張り台にいる乗組員からそんな声が上がった。
「(ほら)」
俺のせいじゃないよな? 違うよね?




