湾岸都市コライ
「同じ湾岸都市なのに、クリスタよりも壁が低いな。それに、壁の外にも町みたいなのがあるし」
ここまでの道のりは、驚くほどなにもなかった。別に何かを期待してた訳じゃないけど、これまでは何かが起こっていたからだ。まあ、これが普通だと思う事にした。
湾岸都市に近づくにつれ、風にのって海の匂いが運ばれてくる。匂いだけじゃなく、湿っていて肌に纏わりつく風だ。森にいた時も海はあったから、新鮮だと思う事はないんだけど、懐かしく久しぶりだと言う感じが占める。
「何かは分からないけど、クリスタとは違う何かが待ってそうだな」
「何かって何だよ、何かって」
「そりゃ、何かだよ」
「「……」」
まあ、違う町に来たから何かが違うと思うのは分かる。それが何かは分からないってのも分かる。
「そんな事よりも、早く入口に並ぼう」
俺達は町へと入る審査の列に並んだ。今までの町で一番大きなクリスタでも、列に並んでたのは五十人位だったと思う。でも、ここはそれ以上に見えた。この列に並ぶしか町に入る手段はないので、素直に並んだ。この時だけは何もする事がないから、凄い暇だ。暇だからと言って、優先して短縮出来る方法は知らない。
「お兄さん達、これ買ってください」
暇で暇で欠伸しかする事がない時に、声を掛けられた。声のした方を見ると、小さい女の子が見上げていた。背は俺達の腰より少しあるかなって程度で、頭に獣特有の耳が生えていて尻尾もある。今まで会った事のない種族なんだろうな。何だろ?
「あの、これ買いませんか?」
「ん? ああ、ごめんごめん。初めて見るね、これは何?」
じっと見詰めていたのに、何も返事がなかったからおずおずと話し掛けてきた。駄目だな、折角話し掛けられたのに黙ってしまうなんて。両手で籠を持っていて、その中に見慣れない物が幾つか入っていた。
「はい、これはここの畑で取れたバナナって言います。甘くて美味しいですよ」
「バナナ? 初めて聞くな。これはここでは有名なのかい?」
「はい! ……最近売り始めたんですけど」
少し緑っぽく全体的には黄色くて、長さは左右の手を合わせた位で、太さは片手で丸を作った位だ。真っ直ぐではなくて、少し曲がっている。
「ふむ、何もする事がなかったんだ。一つ買おうかな」
「はい! ありがとうございます」
籠一杯に入っているバナナは、十本位が束になっていて、器用に一本を根元から折って銅貨一枚と交換した。
「ところで、これってどうやって食べるの?」
買ったは良いけど、食べ方が分からない。持った感じは軽く、少し弾力がある。まさか、そのまま食べるって訳じゃないと思うけど。
「ちょっといいですか?」
買った物を食べ方が分からないから、直ぐに渡す。他人から見ると間抜けに見えるんだろうな。食べ方も味も分からない物を何で買うんだ、と。分からなくもない。でも、この何もしない暇な時を過ごすよりは良いと思う。それに、新しい物にはどんどんと挑戦しようと決めたから。
「はい、どうぞ」
と、そんな事を考えてたら、見事に皮が剥け中身が出てきた。外見は緑や黄なのに、中身は白っぽいのが出てきた。全部は剥いてないから、食べながら剥いていくって事だな。では一口。
「ん? ……んぐ。おお、甘いな」
食感はグニュグニュと歯に纏わりつく様で、新しい。ポムと比べると柔らかすぎる位で、だけど甘さはこちらの方が上だ。ふむ、これは良い物を知る事が出来たな。
「おい、お前だけ食ってないで、俺にもくれよ」
「ん? ああ」
そうだった、ついつい新しい物に夢中になってナックの事を忘れてしまった。こいつも暇だったから、俺が何かをしてるのを気付いてたけどいつまで経っても声を掛けなかったから、って感じだな。
「へー、犬人族って言うんだ。初めてみたなあ。でも、七歳で手伝いをしてるなんてテトラちゃんは偉いんだねえ」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです。あたしも森人族は初めて見ました。人族と余り変わらないんですね」
あれから列は余り進んでいない。進んでないって事は、何もする事が出来ないから暇だ。だから丁度バナナを売りに来たテトラちゃんと話し込んでいる。列に売りに来ただけなのか、暇そうなのを見付けて売りに来たのか。まあ、どっちでも良いんだけどね。暇がなくなれば。
「まあ、森から出ないし特徴がないからね。人族って言われても仕方ないね。俺達も人族とは会ってるけど、見分けがつかないからね。だから、森人族って言うと珍しがられるし、疑われるね」
「へー、そうなんですかあ」
別にただ、話し込んでる訳じゃないぞ。籠にあったバナナを全部買ったから、こうやって話し込んでるんだぞ。って、誰に説明してるんだ俺は。
「テトラちゃんは色んな種族を見てきたの?」
「はい。数は覚えてないですけど、この町は国で二番目に大きいですから一杯来ますよ」
「二番目? へー、どうりでね。クリスタとは違う訳だ」
「何が違うんですか?」
「壁で囲われてるのは同じなんだけど、壁の外までこうやって町が出来てるのが違うかな」
「へー、そうなんですかあ。あたしはここ以外に行った事がないんですよ。だから、さっきの二番目に大きいってのもお父さんに教えてもらったんです」
「なるほど。冒険者とか商人以外は旅なんてしないだろうしね」
「そうなんですよ。でも、いつかはこの国だけでも旅してみたいんですよ」
「へえ、それは大きな夢だね。でも、外は動物とか魔物がいるから大変だよお」
「そ、それは怖いです。で、でも、それでもいつかは!」
ふん、と可愛いのか可愛くないのか分からない鼻息を荒く見詰めてくる。そうなると、自分が強くなるか冒険者を雇うか、だな。
「そっか、じゃあいつか旅出る時には俺達を雇えば良いよ」
「お兄さん達をですか?」
「そうさ。これでも冒険者だからね。テトラちゃんが旅に出る時にはもっと強くなってるさ」
「じゃあ、その時はお願いします!」
「おう、お願いされました。まあ、今は二人だから護衛となると少ないと思うけどね」
「お兄さん達は冒険者なんですよね? 位階って幾つ何ですか?」
「俺達はまだⅢなんだ。冒険者になってまだ少ししか経ってないからね。それに、森から出て初めての国がここだしね」
「じゃあ、一緒に強くなりましょうね。あたしも旅に出るまでには強くなりますので」
「俺達を雇うんだから、強くなる必要ないんじゃないの?」
「そうなんですけどぉ。でも、もしもの時に備えないと。それに、あたしだけ戦わないのも悪いかなって」
「それは俺達の事を信用してないって事かな?」
「い、いえ、そうじゃないんですけど……」
随分としっかりした考えの子だな。雇うんだから、守られるのが普通だと思うんだけどな。
「アロ、テトラちゃんを困らせるなよな。さっき会ったばかりだぞ? 俺達を信用出来るって言う方が可笑しいぞ」
「分かってるって。ちょっとからかっただけだよ」
「ったく。列が進まないからって何してんだよ」
「仕方ないだろ? 何かしてなきゃ欠伸しか出ないんだから」
「それはそうだが、テトラちゃんで遊ぶなよなあ」
「分かったよ」
ったく。さっきからずっとバナナを食ってたと思ったのに。耳だけはこっちに向いてたか。
「お兄さん、あたしの事からかったんですか?」
「ちょっと、ね。でも、旅に出るなら雇われるってのは本当だよ。それに、魔物とかが怖いのも本当だしね」
「はい。じゃあ、その時を楽しみにしてますね」
「うん、楽しみにしててね。あ、でも俺達って色んな国を旅するから、ずっと先になっちゃうよ?」
「大丈夫ですよ。今すぐって言われるても準備出来てませんし。大人になってからゆっくり待ちますよ」
可愛いなあ。目をキラキラとさせて、尻尾もぶんぶんとさせて、外に何があるんだろうって期待に満ちてるんだろうなあ。これは、約束を守らないとな。
列に並んでもう直ぐって時に、横を豪華な馬車が通り過ぎた。時々見る、商人が乗ってる様な馬車じゃない。馬は二頭で、荷車の方には金や銀を使ってるのだろう、光を反射して眩しい位だ。誰が乗ってるのかは分からないけど、見るからに豪華そうな作りだから乗ってる人は偉い人なのかな?
「テトラちゃん、あの馬車は誰が乗ってるの?」
「さあ、初めて見ますね。代官様の馬車とは違いますし、誰ですかね」
ふむ、テトラちゃんが分からないんだったら、俺に分かる筈もないか。でも、あの馬車に乗ってる人は特別なのかな? ここには馬車で列に並んでるのも見掛けるのに。と、不思議に思ってると、その馬車から大声が聞こえてきた。
『私は、タロスの貴族だぞ! 列になぞ並んでられるか! 早く入れんか!』
何やら大声で喚いてるけど、言葉が分からないから何を言ってるのかさっぱりだ。門で審査をしてる兵士達も、いきなり大声で怒鳴られてポカンとしている。
何だろう、全然嬉しくない事が起こりそうって思うのは気のせいだろうか。
町に入れませんでした。すいません。




