旅路 弐
受け → 請け (2017/11/1)
「ううっ」
どこだ? ここ。天井が見える。右を向けば窓から陽が覗いている。どこにいるんだ? 下が柔らかいから寝台かな? とりあえず起きるか。
そう思って身体を少し動かした途端に、頭が何だか分からない痛みに襲われた。
「いっっっっ」
今までに感じた事のない痛みに、起き上がる事は出来なくてまた寝転がった。今の痛みで目ははっきりしてきたが、頭には何だか靄がかかった様に記憶が曖昧だ。何かで叩かれているかの様にガンガンと頭に響く。
「(昨日、強いお酒を飲んだのよ)」
「いっっった。急に話しかけないでくれよ。頭に響く」
「(ごめんなさい。でも昨日お酒を飲んだのは本当よ。覚えてない?)」
「えー、そうは言ってもなあ……。ヘラクさんに会って……何したっけ」
「(こことクリスタであった群れの戦いの事を話したのよ。その後にお礼でお酒を飲んだのよ)」
「覚えてる様な気がするけど、確かじゃないな」
「(まあ、アロが覚えてなくても、しっかり記憶には残ってるから)」
「んー、何か変な気分だな。俺は覚えていなくても記憶には残るって」
「(そんなものよ。見聞きした物を全部思い出せるなんて、あり得ないと思うわよ)」
「まあ、そう言われるとそうなんだけど。でも、昨日の事すら曖昧なんてって思っただけ」
「(そう。それはそうと、さっきから口で話し掛けてるわよ。そろそろ気を付けなさいよ)」
「あ」
何とも間抜けな声が出てしまった。普段は声に出さないで、心の中で話し掛けていると言うのに。こんな簡単な事を忘れるなんて。そろそろ起き上がるか。話してたら少しは楽になったかな。
起き上がってはみたものの、何だかフラフラするし頭も身体全体も重い。魔物を幾ら狩ったとしてもこんな事にはならなかったのに。酒って凄いな、悪い意味で。
てか、陽が昇ってるって事は朝なんだな。昨日は夜に起きたからどうしようかと思ってたけど、こうなると良かったのかな。あー、でも飯を喰う気分じゃないな。
「おはよーございます」
ヨロヨロと食堂に行って、水だけを頼んで椅子に座る。周りは騒がしく飯を喰ってるが、今は声も匂いも害だ。上手そうな匂いが漂って来るが、喰いたいとは思えない。それが例え肉だとしても、だ。声は小さくして欲しい。目覚めた時に比べれば良くはなったけど、まだ響く。普段だったら、気にしないのに。
「昨日は悪かったな」
顔を上げてみれば、ヘラクさんが申し訳なさそうに対面に座っていた。
「いえ、驚きはしましたけど。何とか」
「そうか。まさか酒にあんなに弱いとは思わなくてな」
「弱いと言うか、飲んだ事自体が初めてですよ」
「え? 本当か? この国の酒は水よりも多いって噂がある位なんだぞ。しかも強い酒が多い。アッチャ族なんて酒を水の様に飲むぞ」
「うわ、そんな事知りませんでした。酒場にも行った事ないし、アッチャ族の知り合いはいますけど誘われた事はないですね」
「おいおい、幾らなんでもそれは酷いと思うぞ。国の政治とか政策とかは知らなくても良いだろう。だけど、何が有名で何を売り出してるのかは知っておいた方が良いと思うぞ」
「そんなもんですかね」
「そりゃそうだろ。例えばこの国だと、アッチャ族がいるからか鉱石が豊富だ。そうなると、その加工も得意だ。冒険者としては、この国で装備を揃えるのが目標だろうな。それに、他の冒険者や商人等と話す時の話題にもなるしな」
「へー」
そんな事、考えもしなかったよ。ただ、依頼を請けて成功させて、そして色んな所を旅をする。それが約束だと思ってた。そうだよな、色んな所を旅するんだから景色も料理も装備品も、全部見て感じての約束だよな。うん、これからは酒にも挑戦していくかな。
「まあ、これからでも遅くはないんだ。色んな事を経験しておけよ」
「ええ、そうですね」
「よし! そうと決まれば飲もう!」
「え?」
何言ってるの、この人。昨日の事を忘れたんですか? 飲んだ時の記憶がないし、今もまだ頭が痛いんですけど。
「えっと、まだ朝ですけど……」
「何言ってるんだ。さっき色んな事を経験するって言ったじゃないか。それに、酒は夜飲むって決まりがあるのか?」
「そ、それは……」
酷い。それは余りに酷いじゃないか。確かに色んな事を経験しようって決めたさ。そうさ、決めたよ。でもさ、今じゃなくても良いんじゃない? それに、酒は夜飲む決まりじゃないって。それってむちゃくちゃじゃないか。
「ほら、今度は弱いのにするから」
そう言って、既に注文してあった酒を俺の前に持ってくる。色は黄色っぽくて透明だ。匂いは昨日のよりは強くはない。強くはないけど、今の俺にとっては嗅ぎたくない匂いだ。俺は恐る恐る少しずつ飲む事にした。
ナーック! 早く起きてこーい!
「どうして早く起きて来なかったんだよ」
「そ、そんな事言われてもなあ」
あれからヘラクさんに酒を朝から飲まされた。迎え酒とか言われて、弱い酒を昼飯時位まで飲まされた。経験だとか慣れだとか言って。まあ、飲んでるうちに慣れてきたと言うか麻痺してきたと言うか。
「お前丁度良い時に起きて来たよな」
「そうは言うけど、あの酒だぞ? いつも通りに起きろってのが無理だろ」
「俺はいつもと同じに起きたけどな」
「……」
はあ、昼飯になったから解放されたのか、ナックが起きて来たから解放されたのか。まあ、酒の怖さと言うか美味さと言うか、経験出来たから良しとするか。
「ったく、美味そうに昼飯だけ喰いやがって」
「仕方ないだろ、昼時だったんだから。それに、昼から飲むのか?」
「俺は朝から飲んだけどな」
「……」
船の仕返しはこれ位で良いか。余り責めるとこれからの旅が辛いからな。
「今度からはこうならない様に、酒に慣れていこうか」
「そ、そうだな」
「責めてないよ。あれは仕方なかったんだからな。それよりも次の町の事でも考えようぜ」
「ああ。でも、次の町って湾岸都市だろ? 海関連の依頼が多いと思うけど、大丈夫なのか?」
「まあ、大丈夫だろ。クリスタでだって、最後は慣れたんだし。同じ国だし同じ海だぞ? そんなに違わないだろ」
「まあ、アロがそう言うなら大丈夫か」
「それよりもⅣに上がる依頼があるかどうかじゃないか?」
「ああ。そう言えばクリスタではなかったよな? じゃあないのかもな」
「ま、急いでⅣに上がる必要もない訳だし。気長に行くか。あ、でも良い装備品を売ってくれないのは止めて欲しいな」
「あー。そうだな。だとすると、やっぱり位階を上げる必要があるんじゃないか?」
「あ、そっか」
組合でも言われたからなあ。欲しかったら実力を示せって。まあ、分かりやすいのは位階を上げる事だよなあ。偶然、魔物を狩ったとしても認められないのかな。
「まあ、それは着いてから考えれば良いとして。今日はあそこで休もう」
「おお、丁度いい所に平屋があるな。って、ここら中間なんだろうな。あって当然だな」
「今日はここで休むとして、まずは飯だな」
「今回は俺達しかいないんだな。まあ、その方が楽だから良いけどな」
ここにある平屋はクリスタとペルル間にあった物よりは大きく、数も多い。多いとは言っても三つだ。それぞれの広さは同じ位で、二十人位は寝られる程だ。水場はあって、簡易だけど火事場もある。ただ、寝袋とか調理器具等は置いてない。周りに動物や魔物が来るかもしれないけど、一応周囲を柵で囲ってる。まあ、突進でもして来たら簡単に壊れるだろうけどね。
「こうやって外で飯を喰う事になると、温かい物が喰いたいぜ」
「そうは言うけどさ、馬車は買えない訳じゃない。だけど、商人でもない冒険者、しかも位階がⅢの二人に馬車ってどうなんだ? 絶対に変なヤツに絡まれるし、悪目立ちするだろ」
「まあ、そうなんだけど。冷たい飯を喰うとさ、やる気もそうだけど気分も落ち込むんだなって」
「あー、それは分かる。偶になら我慢出来るかもな。だけど、この先に野宿が一回で町に着けるとは限らないしなあ。依頼だって今は夜には帰って来れる物だけだ。そう考えると、温かい飯って大事なんだよなあ」
「そうそう。まあ、今は冷たい飯で我慢しようぜ。人数と位階が増えたら考えようぜ」
「仲間を増やすのか?」
「いや、今じゃないぞ。今は二人でも依頼は大丈夫だ。でも、この先も二人だけで通用するとは思えないしな。ペルルでの群れの事もあるし」
「まあ、増やすのは俺も賛成だ。だけど、増やす事が目的じゃなくて、きちんと戦力になる仲間を探さないとな」
「そりゃ当然だ。足手まといが増えて弱くなるなんて避けたいからな。それに、弓と剣以外の攻撃手段が欲しいんだよ」
「まあ、それはゆっくり考えていこう。焦って変なヤツを仲間にしない様にな」
ふむ、普段はこんな事を話してないから、今日は良い日だな。俺も増やしたいと思ってたし、二人の考えが同じだって事が確認出来たのは良かった。そうなると、ルークを仲間にして鍛えるってのもアリだったかもな。まあ、今そんな事言っても仕方ないか。明日にはコライには着ける。もしかしたら、良い仲間に巡り合えるかもしれないしな。




