ペルル迎撃線
「何だか大変な事になったなあ」
「本当だぞ。折角行き先も決まって、楽になったと思ったのに」
愚痴を言いたいのも分かる。行き先も決まって楽になったと思ったら、魔物の群れだ。ここに来る途中にも群れが向かって来たぞ。ここには何かあるのか? しかも、今回は夜戦になりそうだ。俺達とは違う森かららしいけど、そんなにいたっけ?
「なあ、群れって言うけどさ。ここって、そんなに襲って来る所なのかな? この間もそうだけど、そんなに群れで来てたら森の動物や魔物がいなくなるんじゃないか?」
「そんな事俺に言われても分からねえよ。でも、もし群れで襲って来るのが定期的に起こるのだとしたら、何かがあるんだろうな」
「何かって何だよ」
「そ、そりゃ何かだよ」
「「……」」
その何かが俺じゃない事を祈るしかないな。とは言っても、俺だって言う確かな証なんてどこを探してもないけどな。
「で、今回はどうするんだ?」
「さっき聞いた通りだろ? 数は分からないけど、基本的には軍が迎え撃つ。俺達冒険者は何かあった時の為に待機だと」
「そりゃそうだな。俺達はこの町の為に戦う必要はないんだ。こんな時の為に軍がいるんだからな。それに、一緒に戦った事もない人から指示を受けるのも何だかなあ」
「言えてる。ここに来る途中でも群れと戦ったけど、あの時は軍はいないけど冒険者はいた。だけど、いきなり連携は無理だからって事でお互いに好きにやったからな」
「そうだ。まして今回は夜だろ? 夜ってだけで狩りが難しくなるってのに、好きに出来ないってのは苦労するだけだな」
「だよな。どうやって周りと連携を取るのかとか、明かりはどうするのかとか色々な。考えるだけで面倒だよ。とりあえず待機なんだ、宿の食堂で飯でも喰おう」
宿で夕飯を喰い、待機と言われたから、何をするでもなく組合近くの食堂に場所を移して暇を持て余していた。
「なあ、待機ってどれ位だ?」
「さあ」
「「……」」
見詰め合う二人。気まずくなってお互いにそっと顔を逸らす。
「お前さん達、緊張してるのか?」
「「はい?」」
横を向くと、大柄でいて優しそうな顔の男が近づいて来ていた。ここにいるって事は同じ冒険者だと思うけど、誰だろ。見た事ないな。こんな人いたか?
「緊張してて話も出来ないか?」
「いえ、そうではなくて。貴方は誰ですか?」
「ああ! こいつはすまなかったな。俺は拳闘団ってグループのヘラクって言う。一応、頭だ」
「拳闘団? すいません、聞いた事がなくて。俺達はヴェールって言います」
「聞いた事がないのも無理はない。今日ここに着いたばかりだからな」
「ああ、そうでしたか。じゃあこんな事に巻き込まれて災難でしたね」
「ははは、そうでもないさ。冒険者をやってると、こんな事は良くあるさ」
そう言うと、俺の隣に座って来た。大きいとは思ったけど、隣に座ると余計に大きく感じるな。ナックも大きいけど、それ以上だな。もしかしたら、兄さんと同じ位かも。
「良くある事何ですか?」
「おう。俺の生まれた村では、大体年に一回は起きてたな。大体は不作の時で、森でも実りが少ないんだ。そうなるとどうするかって事なんだが、動物は森を出て村を襲うのさ。豊作の時でも襲った事があるから、不作が原因って訳ではなさそうだけどな」
「豊作でも、ですか」
じゃあ何なんだ? 動物は村を襲う習性があるとか? いや、俺達の森ではなかったな。うーん、分からないな。
「だから、群れで襲って来るって言われても驚きはしないのさ。ただ……」
「ただ、何ですか?」
「流石に魔物が混じってる事なんてなかったから、な」
「へー、そうなんですか。あ、ところで」
「ん? 何だ?」
「魔物ってどうして生まれるんですか? 俺達の森では見掛けたのは一頭だけだったので。この国に来てから魔物の数が多いと不思議に思ってたんですよ」
「ほう、その口振りからだとお前さん達はレントの森生まれの森人族って事か」
「分かりますか」
「ああ、すまん。冒険者ってのは生まれを隠すヤツが多いから、つい気になって声に出ちまった。これからは、仲間でもないヤツには気付かれない方が良いぞ」
「どうしてですか? 父からはどんな精霊と契約してるかは、教えては駄目だと教わりましたけど」
「もちろんそれは正しい。それでも、だ」
生まれを知られても問題ない、よな? 何が駄目何だ?
「その顔からすると、分からないって事かな?」
「はい」
「まず一つ……」
右手の指を一本ずつ立てながら、丁寧に説明してくれる。説明してくれるんだけど、少ししか話してないのに、ここまで俺達の事が分かってしまうものなのか。でも……
「と、言う訳だ」
「は、はあ」
要約すると、森人族だから樹の精霊と契約している。そして、森から出ると魔物を良く見掛ける。だとすると、ここにいるって事は他の精霊と契約している可能性は低いって事。
うわ、生まれを言うって事はここまで分かってしまうものなのか。確か精霊と契約してるとは言わなかったけど。
「その顔だとまだ分かってないのか?」
「いえ、分かりました。どんな精霊と契約してるのかは言ってないのに、貴方には分かってしまった。それはつまり、敵となった場合に俺達が不利だと言う事ですね?」
「何だ、分かってるのか」
優しそうな顔には似合わない、不敵な笑みをした。
「その通りだ。俺達が会ったのがこの国じゃなくて、別の国だったら分からなかったんだけどな。逆に俺の事は何が分かる?」
「うーん。生まれは……分からないですね。と言う事は精霊と契約してるのかも分からない、と。でも、その筋肉の塊りの様な身体と拳闘団と言う名から殴る蹴るのが得意って感じですかね」
「ほほう、良く見てるじゃないか。そうだ、同じ冒険者だからと言って気を許しちゃいけないな。いつ倒す敵になるか分からないんだ。良く見る事だな。まあ、これは冒険者に限らず動物、魔物にも言える事だけどな」
「良い事を教わりました」
「何、良いって事よ! お前さん達みたいな若いもんを見ると、ついつい教えたくなっちゃってな。もう俺も年かな」
「老ける年でもないですよね?」
「まあ、な。でも冒険者なんてやってると、いつ死んでも可笑しくないからな。俺が知った事を伝えようと思ってな」
「なるほど。でも、変な言い方ですけど、殺しても死ななそうですけど」
「ぷっははは! 確かに、そうだな。まだまだ若いもんには負けんさ」
こんな筋肉の塊りの人をどうやって殺すんだよ。俺なんて殴られたら吹っ飛ぶだけじゃ済まないぞ。腕もそうだけど、首回りとかどんだけ太いんだよ。倍どころじゃないだろ。もし、精霊術も使えるとしたら……。それこそ、粉々になりそうだ。それに、冒険者としての経験もあるから手強いだろ。
「……ああ、それで魔物がどうして生まれるかは分からん。動物や植物が魔物化するのは確かなんだが、魔物化する瞬間を見たヤツは誰もいなくてな。気付いたら魔物になってるって訳だ」
「ああ、そう言えばそんな事を聞いてましたね。忘れてましたよ。植物も魔物化するんですか?」
「もちろん。ただ、動物に比べると数は少ないけどな」
「だとすると、人も魔物化するんですか?」
「……する」
それまで優しい顔で話していたのに、急に厳しい顔になった。もしかして、知り合いがなったとか、襲われた事があるとか?
「本当は教えちゃ駄目なんだが、な。気付いたなら危険がある事を教えておいた方が良いか。位階がⅦから組合から討伐の依頼がある。基本的には拒否出来ないから、命令みたいなもんだ」
人も魔物化するのかよ。どうやってなるのか分からないから、対処出来ないな。なったらなったで、諦めるしかないか。
「人も、ですか。でも、良い事を知りました」
「おいおい、俺は危険だから教えた訳で、力を試したいからって戦う事を勧めた訳じゃないんだぞ」
厳しい顔のまま、こちらを睨んで来る。さっきまでの優しそうな顔の時は目が開いてないんじゃないかって思う程だったのに、今は鋭く細く開いていて茶色い目がこちらを見ている。こえー。でも……。
「いえいえ、その情報を知ってるって事は、低くても位階はⅦって事ですよね?」
鋭い目が見開いて、口も開けてこちらを見ている。一瞬の沈黙の後、
「あはははっは。こりゃまいった。でも、俺もお前さん達と同じで誰かに教えてもらっただけとは考えないのか?」
「それも考えました。でも、話したって事は力を認められたか、もうすぐⅦになるのか、どっちかかなと」
「こりゃまいったあ。こんなにも早く俺の事が知られるとはな」
まいったと言いながら、太い指で頭を掻いている。その顔は知られて失敗した、と言うよりは何故か楽しそうだ。
「ま、何だ。もし応援を頼まれたら、お互い死なない様にしようや」
そう言って席を立って仲間らしき人の所へと歩き出した。
「何だか色んな意味で凄い人だったな。俺もあれ位筋肉が欲しいぜ」
「おいおい、それ以上欲しいのか?」
「当たり前だろ? あんな筋肉を見せられたら」
「筋肉を付けるのは良いけど、それで動きが遅くなるのは駄目だぞ?」
「分かってるって」
絶対に分かってないな。何で筋肉に拘るんだ? 森人族には珍しい体格だよなあ、兄さんもナックも。まあ、良くないけど良いさ。言っても聞かないし。ふう、このままだと軍だけで片付くんだろうな。
「すいません! 冒険者の皆さん、至急西門まで来てください!」
はあ、折角このまま終わる流れだったのに。どうしてだよ、全く。
「(これもお約束の一つって訳ね)」
はあ。




