足掛かり
受け → 請け (2017/11/1)
「本当に良かったのか?」
「良いんだよ」
もう何度目かになる問い掛けに、同じ言葉で応える。
「第一、一つ作っただけだぞ? それだけで調理人を続けられるとは思えないね。それに、俺は調理人になる為に森を出たんじゃないぞ? 旅をする為だ」
「まあ、そうか」
「そうだよ」
まったく。一つ作っただけじゃないか。それも、俺の思いつきじゃなく記憶を頼って作った物だ。まあ、それは誰も知らないから俺が作ったと思ってるだろう。でも、調理人になる為の技術は身に付けていない。そんな俺が調理人? 何をどう考えたら、調理人にならないかって勧めるんだ? 分からん。
「(調理人になれば技術は教えるって事じゃないの?)」
「(いや、そうだとしてもさ。新人どころか、それ以下だぞ? どうして誘おうと思ったのか不思議だよ)」
「(それはさ、新しい物を作ったアロを囲い込みたかったんじゃない? それに、もしかしたらまだ新しい物が出てくるかもと)」
「(あー、その可能性か。確かにまだ新しいのは出てくると思うけど。あるんだよね?)」
「(あるにはあるわよ。ただ、作れるかどうかと、食材があるかどうかが問題ね)」
「(なるほど。まだ作れる物がある、と)」
あ、そうそう。残った食材は半値でドーレさんに売っちゃった。他の卵でも試したかったんだけどね。でもさ、フォコが空色、キュクは赤色、メールは黒色だよ? 白が見慣れてるってのもあると思うんだけど、余りにも奇抜過ぎて……。
食べてみると、美味いんだよ。何と言うか、見た目に騙されて美味さが引き立ったと言うのか。それでいて、生の卵を割るとどれもが黄色と透明なんだよ。割ったからには使おうと思って、一応ブランソースにしたんだよ。どれも美味しかったよ? でもさ、掻き混ぜるだけなのに結構疲れてさ。身体強化しても慣れない事だからか、疲れたんだ。ドーレさんなんて、美味しいけどそれまでの作業が辛すぎるから、引きつった顔で卵を買い取ってたよ。これから、どうやって使うのか悩ませるだろうな。
「アロ、獲物だ」
俺が深く考え事をしていたら、ナックから獲物発見の声が掛かった。そう、俺たちは依頼を請けて森に入っていたんだ。警戒はしてるけども、こんなにも他の事に意識が向いてるのはあり得ない事だろう。
だけど、俺達は森で生まれ育ったし、森の事は知ってるつもりだ。まあ、生まれたのはこの森じゃないけどな。それに、頼めば精霊が教えてくれるし。
「どれどれ。グリエか」
こいつは……説明するまでもないな。散々狩ってきたし、試験でも狩ったしな。特別注意する事もない獲物だな。
「依頼の獲物ではあるけど、どうする?」
確認の為に聞いてきたけど、答えは分かってるんだろう。既に弓を構えて狩る準備が整っている。
「どうするも何も、もう構えてるじゃないか」
「当然だろ? 依頼何だから。そう言うアロだって、構えてるじゃないか」
バレた? だって仕方ないじゃないか、依頼なんだから。その後で別のを狩れば良いんだしな。
「じゃあ、最初は譲るよ」
「お、良いのか?」
「良いよ。だけど、止めは譲れよ」
「分かったよ」
まあ、最初位は良いだろ。止めは任せてもらうけどな。最初は譲るからナックに合わせられる様に、弓を構える。合図なんかいらない。俺は合わせるだけで良いんだから。狙いが定まったのか、引き絞る音が聞こえる。それに俺も合わせる。
ヒュッと音を残しながら、頭に吸い込まれる様にして突き刺さる。相当痛いのだろう、悲鳴を上げながら周りの木々に当り散らす。一頻り暴れ終わってら、今度は鼻息荒く攻撃された方向を探している様だ。目はそれ程良くないはずだから、匂いで俺達を探している。探し当てたのか、迷わず凄い勢いで突進してくる。俺は弓を背に剣を握ったところで、あっ、と思った時には遅くナックが駆け出していた。
唖然として見ていると、ぶつかると思ったら横っ飛びし、樹を足場にして横っ腹に蹴りを叩き込んだ。グリエは悲鳴を上げながら、地面を転がり樹にぶつかって止まった。
「おーい、来いよ」
そう言われて、ようやく唖然として見ている事に気付いた。文句の一つでも言ってやろうと急いで駆け寄る。
「お前なあ、止めは譲れって言っただろ?」
「何言ってんだ? 殺してないぞ」
「はあ!?」
そんな訳あるかと思って、倒れてるグリエに近づいて腰を落とす。
「動かないけど、死んでない?」
良く見ると、ピクピクと動いている。浅いけど、息もしている。
「な?」
後ろを見ると、ナックが自信たっぷりに腰に手を当てている。その姿にカチンときた。
「止めは譲れって言っただろ!」
「だから、死んでないだろ? さあ、止めを刺せよ」
「お、おま」
「死んでないだろ?」
念押しで同じ事を言ってくる。……はあ、もういいや。何を言ったところで変わらないか。それに、止めは刺してない訳だし。俺は剣を喉に突き立てた。一瞬大きく身体が跳ねたけど、暴れる程じゃなかった。
「止めを譲れって言ったのは、こんな形じゃないんだけどな」
立ち上がりながら、言ってやった。
「試したかったんだから、仕方ないじゃないか」
仕方ないとは言いつつも気まずいんだろう、顔を逸らした。
「別に怒ってやしないさ。呆れてるだけ。ただ、試すなら一言言ってくれよ」
「お、おう」
そう、怒ってない。止めは確かに俺だった。ただ、あの蹴りは止めに等しい一撃だった。それに、文句の一つ位言っても良いと思う。
「冗談はここまでにして。狩りを続けるか」
「冗談かよ!」
ジト目で見るとまた顔逸らされた。冗談だと分かると元気になるんだから。調子の良いヤツだな。
「グループの依頼はこれで良いとして、後は個人の依頼だけだな」
「それじゃあ行くか」
それからは簡単……それからも簡単だった。グリエもそうだけど、ランも狩り慣れた獲物だ。危ない場面もなく町へと戻る仕度をする。
「なあ、そろそろ次の町に行かないか?」
「ん? もう移動するか?」
「いやさ、依頼を請けるだけなら良いよ。でもさ、新しい獲物を狩りたいと思わないか? このままだとさ、腕が鈍るとは思わないけど、成長出来ないんじゃないかと思ってね」
「ああ、そうだな。森で狩ってた獲物だけしか見てないよな。でもさ、他の町に行って新しい獲物っているのかな?」
「んー、その辺は組合に聞けば分かるんじゃないか?」
「よし、じゃあ帰るか」
この日は、偶然魔物を狩る事を止めた。狩っても良いんだけど、金には困ってないからな。盾とか食材で使ったけども、それは今までの稼ぎからしたら痛手ではない。金はあって困る物じゃないけど、あれば持ち歩く事になるからちょっとした荷物にもなるんだよ。だから、あまり貯め込まない様にはしてる。
「それでどこかないですかね?」
例によって、分からない事は組合に聞いている。冒険者組合何だから、ここで聞くのが一番だろう。
「そうですねえ。普通はⅢであれば、ここの狩場でも問題ないと思うんですけどね」
「問題ないのは分かってるんです。ただ、新しい獲物を狩りたいんですよ」
「そう言う方は結構いるんですよ。ただ組合としても、簡単には教えられない訳ですよ。それは自分の能力を過信して、上の位階の獲物を狙おうとするからです」
「うぐっ」
そう言われてしまえば、納得するしかないか。幾ら力があったとしても、組合の決まりを破ってまで特別には扱えないよな。もし、そんなのを認めたとしたら組合として機能しなくなるだろうし。
でもなあ、地道に位階を上げるってのも良いんだけど。んー、じゃあ偶然魔物でも狩るか? いや折角、旅に出たんだから見た事もない獲物を狩りたいんだよ。
「偶然魔物を狩るとかは駄目ですよ」
くそっ、先読みされたか。ロッチでも注意されちゃったからなあ。これ以上というか組合から目を付けられるのは避けないとな。
「……それではペルルはどうですか?」
「ペルル?」
聞き慣れないと言うか、聞いた事がない。そもそもこの国の町の名前と場所なんて知らないんだよな。まあ、この国に限った事じゃないけどな。
「その町の近くに廃鉱山がありまして、動物や魔物が棲みついているんですよ」
「そこには、ここの依頼にある様な物とは違うと?」
「そうですね。廃鉱になってから随分と経ちますからね。違うモノが棲みついていても不思議ではありませんね」
「だ、そうだけど。どうする?」
「そんなの確認するまでもないだろ?」
「だよな。で、それはどこ何ですか?」
それからは話が早かった。そのペルルの情報は聞き流したけど、行き方は覚えた。本当は前もって知っておいた方が良いんだろうけど。今は新しい場所や新しい獲物に興味がいってるから、それ以外は入ってこない。
あ、この町を出るとなるとブランソースの報酬も整理しないとな。




