スカウト
ブランソースは概ね好評だったらしく、詳しい作り方と販売しても良いかと説得され続けた。最初は興味で作っただけだから、販売までは考えてなかった。それに、自分が生み出した訳ではなく、記憶頼りだったのもあって断ってた。断ってたんだけど、顔を合わせる度に熱っぽく語られるから、頷いてしまった。
……まあ、宿が半値になったのと、儲けが出たらきちんと報酬は払うって言われたし。決して報酬に釣られた訳じゃない。でも、いつまでってのは決めてないんだよなあ。ずっと、ここにいる訳でもないし。報酬の為だけに残るのも嫌だし。第一、金に困ってる訳じゃないからなあ。この町にいる間って事にしようかな。
「(本当にそれで良いの?)」
「(何が?)」
「(ブランソースって新しい物を作ったのよ? 上手くすれば冒険者をやらなくても稼げると思うんだけど?)」
「(新しい物を作ったとは言っても、たかが味を変化させるだけだろ? 幾ら何でも冒険者よりも稼げるとは思えないね。それに、金がないと困るけど、金の為に冒険者をしてる訳じゃないしな)」
「(甘い甘いわね! たかがって言ったけど、それだけでも世界中に商会を構えられる程よ!? それに、食事って生きていくのに絶対に必要よ。そこに新しい味が加わったのよ? 広まれば、冒険者よりも稼げると思うわよ。だって、アロは一人だけど、食事をする人って子供から老人まで冒険者を出来ない人も含まれるのよ)」
「(そんなに凄いの!? でも、こっちの人に合うのかな?)」
「(そんな事言ってぇ。アロだって美味しいと思ったでしょ? それに、食堂を見てみる事ね)」
そりゃそうなのか? 食べなければ死んでしまう。だから食べる。食べるなら美味しい物の方が良い、と。そうだな。味が気に入れば毎日食べる可能性もあるのか。儲けは少しでも食べる人が多いと魔物よりも稼げる、か。
「(分かったよ。朝飯を食べるついでに見てみるよ)」
「ナック、起きてるか?」
起きて直ぐだったから、キューカの話しが全然入ってこない。いや、理解と言うか言葉では分かった。分かったけど、理解が追い付いていないと言うか。まあ、そんな寝ぼけた頭のまま向かいの部屋の扉を叩いた。ロッチでもそうだったけど、ここでも部屋は別にしてる。同じ部屋にした方が危険に対処しやすいとか、金を節約出来るってのもあるんだけどね。でも、一人でいる時も必要だと話し合ったので、そうしてる。
「ふぁあ、もう飯か?」
旅に出て気付いた事、それはナックは朝に弱いって事だ。今も開いてるのか分からない目を擦りながら、出て来た。船で良い思いをさせてくれたんだから、何か出来ないかな。例えば朝一の依頼とか。……いや、それだと俺の負担が大きいか。駄目だな。何か仕返し……いやいや、今考える事じゃないな。
「顔洗ってこいよ、先に食堂に行ってるからな」
そう言い残して俺は一階の食堂へと向かう。ナックは……まだ寝惚けているんだろう、無言で部屋に戻った。部屋に備え付けてある水場で顔を洗うのだろう。そうしないと、目覚めないからな。
「おはようございます!?」
何でこんなに混んでるの? まだ朝だよ? それに、この宿ってこんなに泊まってたっけ? いやいやいや、全部屋泊まっていたとしても、食堂は余裕があるはずなのに。どうして?
「ああ、丁度良い所に! 見てくれよ、この数!」
「ええ」
いつもは厨房から出てこないドーレさんが笑顔で話し掛けてくる。そりゃそうだ。飯時でも半分より少し多い位だったのに、今は空いてる席を探す方が大変だ。
「ナック君も直ぐに来るんだろ? 席はこっちだよ」
呆然としてる俺をよそに席に案内してくれる。いつもだったら、空いてる席に自由に座ってくれって感じで案内された事なんてない。それだけ、嬉しいって事かな。
「いつもので良いのかな?」
「ええ、それでお願いします。ナックも直ぐに来ると思うので」
了解とばかりに、笑顔で厨房の方へと小走りで行ってしまった。いつもは感情を余り出さないのに、あんなにも感情を出すなんて。
「(ほら、言ったでしょ?)」
「(まだブランソースって決まった訳じゃないだろ?)」
「(そうだけど、作る前はこうなってなかったでしょ?)」
「(まあ、そりゃそうなんだけどさ)」
分からなくはない。でも、本当にソース一つでこうも変わるのか、と。納得出来ないと言うか、納得したくないと言うか。何とも不思議な気持ちだ。
「おい、なんだよこりゃ。朝から何かあったのか?」
そこへ顔をさっぱりしたナックがやって来た。ブランソースについては何も言ってない。だから、何かあったのかと不思議に思うのも納得だ。
「いや、何もないぞ。それより、いつものを頼んだけど良いよな?」
「ああ、良いけど。本当に何もないのか?」
「俺だって来たばかりだぞ? 知ってる訳ないだろ?」
「そ、そうか」
「(嘘ばっかり。本当はアロのせいじゃない)」
「(良いだろ? 言わなくても。それに、まだ確実じゃないじゃないか)」
「(確実だと思うけどねえ)」
まだ確実じゃないさ。確かにいつもよりは客がいる。だけど、それがブランソースなのかは不明だし。自分の目と耳で確かめないと納得出来ないし。
「は~い、おまたせ~。グリエ包みと果実水ね~」
俺たちが他愛の無い会話をしてると、ピークさんがゆったりとした声で運んで来た。まあ、動きは接客に相応しく素早いんだけどね。
「この白いのは何ですか?」
いつもの料理が目の前に来て、見慣れない物があったからつい興味で聞いたんだろう。聞かない方が変だと思うけどな。
「それは、ブランソースって言います~。味付けが変わるので試して見て下さい。野菜に付けても美味しいですよ~。あ、因みにアローニさんが考えた物ですよ~」
では~、と手を振りながら笑顔で他の客の所に行ってしまった。そんな、ついでみたいに言わないでくれよ。俺から言おうかなと思ってたのに、ナックのジト目が辛いぜ。
「おい、やっぱり何かあったじゃないか」
「や、やっぱりって何だよ、やっぱりって」
「俺が何かあったのかって聞いたら、何もないって言ったじゃないか」
「あのな、このブランソースは確かに俺が作った物だ。だけど、それで食堂がこんな状態になるなんて、思いもしないだろ?」
「そ、そう言われると……。でもこんな状態が、このブランソースが原因じゃなくても俺には言っても良かったんじゃないか?」
「まあ、な。遅いけど、実物を見てから話したかったんだよ。それに、美味いかどうかは食べないと分からないだろ?」
「ったく、隠す事じゃないだろうに。まあ、いっか。先ずは食ってからだな」
納得したのか腹が減ってるのかは分からないけど、これ以上の追求はなかった。ナックは恐る恐るブランソースが入った皿を持ち上げ、じっと見詰めて匂いを嗅いで指先に少し付けて味見をしてた。少しだと分からないのか、勧められた野菜で、次にグリエ包みにと試していった。その顔は面白く、眉間にシワが寄って考え込んでいたかと思えば、目を見開いたりして忙しかった。もちろん、手と口もいつも以上に動かしてた。
ふむ、ナックも気に入った様だな。そうなると、益々簡単に教えたのは失敗だったのかと思いがこみ上げて来る。でも、自分で売るなんて考えたくもない。もし人気になったら、作り続けないと駄目なんだろ? そうなると、冒険者として活動が出来なくなってしまう。
「(もしかして、ダイスケの記憶って結構稼げるのか?)」
「(んー、どうかしら。確かに今までにない物を作り出せば稼げる可能性はあるわ。だけど、それがこっちでも受け入れられるかは別問題よ。それに、使い方次第では危険な物もあるわよ)」
「(じゃあ、今回は仕方がないとして、これからは記憶にある物や知識を広めない方が良いのかな?)」
「(良いと思うわよ。但し、どんな影響があるのかは良く考える事ね)」
まあ、このブランソースが良い結果だとしても、他のも同じとは限らないしな。今回のは偶々、上手くいっただけで。しかも、これが続くとも限らないんだよな。
「(そう言えばさ、まよねーずって名前にしなくて良かったのかな?)」
「(良いんじゃない? 例え同じ物でも、同じ名前にしないと駄目だなんてないわよ。それに、その名前にした場合どうやって説明するのよ)」
「(え? 思い付きって事にしようかと)」
「(記憶でも曖昧なんだけどね。地名が由来らしいわよ)」
「(あ~、それは説明出来ないな。地名だったら、クリスタソースとか分かりやすい方が良かったかな)」
「(別に名前は良いんじゃない? 拘りとか思い入れがある訳でもないんだし)」
そっか、そうだよな。どんな名前になろうが味は変わらないんだ。まあ、変な名前だと味見すらしないだろうけどさ。
俺も早く食わないとな。ナックを待たせちまうからな。
「アローニ君! うちで調理人にならないか?」
「は!?」
果実水で口を潤してたら、小走りでドーレさんが来てこう切り出した。




